第5話 従者と私


 鍛練場での会話を終えて、私は今度こそ部屋に戻ってきた。すっかり夜になっていて、光源になっている魔力を帯びた石からの光を消す。


 周囲に見張りなんかの人の気配がないことを確認して、ほっと一息つく。そして、「出てきなさい、セバス」と呟いた。


「お呼びでしょうか、わたくしどもの女王様」


 音もなく私の影から出てきたのは、長身の男。長い黒髪を一つに束ね、執事服に身を包み、血のように赤い瞳が妖しく光る。その瞳の中には、右目にスペードのマーク、左目に『J』とある。人間とは思えないほどの美貌を目にした私は……。


「良かった……、セバスをちゃんと呼べて」


 心の底から安堵した。この忠実で口うるさい従者とのパス、私たちを繋ぐ見えない糸みたいなものが、もし切れていたらと考えると……。


「女王様、なぜもっと早く連絡してくださらないのですか。女王様とのパスが切れたとき、わたくしどもは大混乱に陥りましたからね……。それを収束させるのにどれだけかかったと。パスが戻ったとき、このセバス、もうなんと言っていいか分かりませんでしたよ」


 遠い目をするセバスに「だって仕方ないでしょう」とむくれて言う。セバスも大変だったかもしれないけど、私だって意識がなかったわけだし。

「わたくしどもも忙しかったんですよ。まあ、女王様に何が起こったのかは大体把握しておりますが。異世界に飛ばされるとは想定外です。それも、女王様目的ではなく」


 ん? 私の考えていた事が少し間違っていたみたいだ。


「この『勇者召喚』って私のせいで起こったんじゃないの? 魔力が高い者を召喚みたいなこと言われたからてっきり私のせいかと」

「女王様の影響がないとは言い切れませんが、この召喚の対象は勇者アマノ・タツヤで間違いないでしょう。ですが無理矢理こちらの世界に飛ばされた上、私たちとのパス……、もとい、女王様の本体とのパスが切れてしまったせいで女王様が昏睡するという事態が起きたのも確かですし」

 赤色の瞳がこちらをじっと見つめる。


「この世界くらい滅ぼしても問題ないわけですが」


 彼らは、私がやれと命じればこの世界くらい滅ぼすだろう。この世界の命運は、今、私にかかっていた。


「まさか! この世界を滅ぼしたらクラスのみんなの願いが叶わないでしょ」

「ですが、女王様のご学友の記憶を消して元の世界に戻すというのも可能なのでは」

「しつこいよ、セバス。私はこの世界をみんなと救うって決めたの。私がぐーすか寝てる間にみんなは覚悟を決めてたの。その覚悟を無駄にしようとするなら、セバス、分かるかしら」


 少しだけ威圧しながら言えば、セバスは平伏した。


「申し訳ございません。出過ぎたことを申しました。この身、女王様の思うように」

「もうっ、何もしないよ。私の覚悟をセバスにも分かってほしかっただけ」

「ですが、魔王……、悪魔ですよね。それを倒すとなると、弱体化された今の女王様では……」

「そうなんだよね」


 悪魔は私たち吸血鬼の敵対種族。悪魔に魅了された人間の血はおいしくないし、悪魔にとっては、私たちに血を吸われた人間の魂は生命力がなくて奪う意味がないらしい。そんなこんなでお互いに見つけたら即殺し合う相手だ。


 というか問題は私の弱体化の件。

 さっきのステータスから分かっていたけれど、私は封印状態にある。封印はまだいいのだ。自分で施したものだから。

 今の私は、本体を吸血鬼の王国の玉座に置いたまま、魂だけで行動しているようなものなのだ。だから本体とのパスが途切れれば、私の行動もできなくなる。けれど魂がないから、私の本体も、眠るように玉座に座ったまま、何もできない。

 その魂だけになるにあたって、人間に溶け込んで暮らすうえで必要になるチカラを手に入れるために、私は自分に封印を施した。例えばそれは日光からのダメージを抑えるために、体を人間に近づけたり、再生力を極限まで削ったり。

 しかし今の私は、さらに弱体化されている。慣れない土地というのも、先ほどまで本体とパスが繋がっていなかったこともあって、相当私の力は弱まっている。


「やはり、今の状態の女王様をお一人でこの世界にいさせるわけにはいきません。貴女様は吸血鬼の女王であらせられるということを、よく考えてください」


 今度よりも憂いを帯びたまなざしが私へ向けられる。ベッドの上をごろごろと転がりながら「うーん、でも……」と唸った。


「では! 僭越ながら女王様、わたくしが護衛につかせて頂きます。女王様の力を信じていないわけではなく、万一に備えて、ということです」

「セバスが? 護衛?」

「差し出がましいことを申しました。ですが、護衛をつけることは譲れません。わたくしが信頼ならないのならば、リーゼをお呼びしますが」

 リーゼは私の従者の中でも特に守りに優れた騎士である。

「いやいや、そうじゃなくて。セバスが護衛についてくれるのは嬉しいんだけど、城内の警備は回るの?」

 私の従者は52人いる。さらにその中で、特に秀でた3名が、今いるセバス、さっき話に出たリーゼ、そしてもう一人、アリスなのだ。

 それぞれ、セバスが武に優れ、リーゼが守りに優れ、アリスが治癒に優れている。みんな私の大切な従者だ。勿論全員吸血鬼だが。


「そんな軟弱な鍛え方はしておりません。わたくし一人いないくらいなら、どうとでもなります」


 そうかな……。セバスは口うるさいけど本当に優秀だから、相当困るんじゃないかと思う。まあ、本人がいいと言ってるんだし……。


「ならいいけど。まあ、セバスの手を借りるような事態にはならないようにするから」

「いえ、やるならば常日頃から護衛させて頂きます。というわけで」

 セバスの姿がコウモリに変わる。上位の吸血鬼なら誰でも使える変化の術だ。

「昼間は影の中で、夜や室内はこの姿で護衛させて頂きます。これならば、ご学友にも怪しまれないでしょう」

「ま、そうだけど……」


 なんか流れでコウモリ召喚できたことにされてるよ……。まあ、いっか。口うるさく注意されたりしなければ。

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吸血鬼の女王ですが、異世界に召喚されました。 黒神 心 @Life015

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