第12話「腕試しと多少の妥協」

 デートプランは、特別に熟考することもない。

 仕事終わりの限られた時間なのだから、適当にサ店で茶しばいてからライブ会場に移動して、飯食って歌聴いてグッバイという感じになるだろう。

 ちなみに、ライブ会場のコットンクラブはライブレストランというカテゴリーの場所で、座って酒や食事を楽しみながら演奏を聴くスタイルだ。


 考える必要があるとすれば、むしろトークの内容か。

 俺が誰とでも虚心坦懐きょしんたんかいに付き合える人間でないことは今さら言うまでもないが、そもそも人との会話に苦手意識を抱いていることも否めない。一対一の状況で、かつ親しい人間とならそれなりに愉快に喋れるものの、そこに誰かもう一人加わると途端に黙りこくるような、まあよくいるタイプだ。だから、親しくもない女と楽しく会話ができるかどうか、これは俺の自信の埒外らちがいと言わざるを得ないのが正直なところだ。

 これまで学生時代などにデートをしてきた女たちとも、おそらくはそのへんがお気に召さなかったがためにことごとく短期間でなきものと化したのだろう。女の機嫌をとるようなしょうもない話術を身につけても仕方ないしそんなことがしたいとも思わないが、そうはいっても多少はサービス精神とやらがなければ、継続的な異性との関係は構築しがたいご時世なんだろうよ。

 

 堀合とそういう間柄になりたいかと言われるとよくわからないが、それを可能にしうるスキルが自分にあるかどうか、腕試しとしては不足のない相手だ。ちょい性格きつめな、行き遅れのアラサー女。興味深いターゲットだ。と言いつつ俺も彼女と同い年だし、今の時代に二十七で行き遅れなんて言っていたらほとんどの奴がそうなっちまうだろうな。

 

 これまでの人生における他者との会話を大雑把に振り返ると、わりと忌憚きたんなく他人を馬鹿にしたり見下したりするような発言をしていたかもしれないと感じる。

 むろん、俺は理由なく罵倒したり、あるいは感情的に毒を吐いたりすることもない。ちゃんと自分の中で明確な理由付けがなされていたり、自分の意見や考え方として発言すべきと思ってそうしているのだが、たとえそのような論理的な下地があったとしても、他人を悪く言う類のことは会話においては往々にして眉をひそめられてしまうようだ。親しい同性相手なら、そこも含めて個性だと考えてもらいやすいんだがな。当たり障りない話題を振り合って適度な関係性の維持に努める日本人のクソつまらない国民性に、多少は合わせてみるしかないのだろう。とりあえず今度の堀合とのデートの際は、いつもの批判的な物言いは控えてみようと思う。


 * *


 デート当日、俺はいつもより少し早めに出社した。


「おはようございまぁす」

 いつもの気怠い調子で、形だけの挨拶をしながら扉を開ける。


「おはようございます」

 すでにデスクについていた堀合が、私を見て普段通りの表情で返す。

 彼女はたいてい一番に出社してあれこれと仕事の準備にかかっているので、おそらくいるだろうなと思っていた。


「今日はよろしくお願いします」

 幸運にも他に誰もいなかったので、デート承諾に対するお礼と確認の意味を含めて言った。

「あっ、こちらこそお願いします。どういった感じで?」

 堀合が、いくらか表情を緩めて答える。先々週に彼女から返信をもらって以降、この件についてのやり取りはなかったので、もっともな質問だった。


「そうですね、六時半に御茶ノ水駅の聖橋ひじりばし口改札前でどうですか? 仕事かかりそうでしたら、もう少し遅くてもいいですけど」

 俺は普段から仕事が速いので六時でも余裕があるぐらいだが、ほかの大多数の社員は定時で上がれていないので厳しいかもしれないなと、口に出してから思う。

「いえ、いいですよ。私も今、そこまで抱えてる仕事はないので。あっ、でも一応、六時四十五分にしてもらってもいいですか?」

「わかりました。じゃあ、六時四十五分に」


 そう言って会話を終えると、俺は自分の席につき、堀合は給湯室へと移動した。

 特に下準備の必要な仕事は抱えていないが、早く来てしまい手持ち無沙汰なので、パソコンだけ立ち上げてからスマートフォンをいじり始めた。


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