第21話 レムイーター
この近くに何かがいる。
セリカは確かにそう言った。だが俺にはただ森に木々が生い茂っているようにしか見えない。当然、その『何か』の姿を捉えることはできない。
「まだ視界では捉えることはできません。ですが何かがいます。都合のいいことに、相手もこちらにはまだ気づいていません」
……なんだかすごい話になってきたな。セリカのやつ、千里眼的な能力まで使えるのかよ。うらやましい限りだ。
「ちょっとっと、カイトくん、どうするのさ。作戦とか考えなくていいの?」
「作戦ったって、相手がどんな生き物なのかもわかってないのに作戦考えたところでどうしようもないだろ。せいぜい死なないようにするとか、そんなのしか思いつかねえよ」
「えー頼りにならないなあ。もっとこう……思わず胸がときめくような作戦は思いつかないわけ?」
そんな作戦ねえよ。
「師匠、作戦内容は『死なないようにする』でよろしいですか!」
「まあそれは最優先だな、うん。他には『俺を頼りにしない』だ」
俺に対する落胆の声が聞こえてきたような気がするが、気にしたら負けだ。俺だって全方位に目玉が突いているわけじゃない。死角になってしまう部分が必ず生まれる。自分の身は自分で守ってもらうくらいの気持ちでいてもらわないと、思わぬ事故に繋がるだろう。
「……離れていきます」
どうやらセリカの言う『何か』はこちらに気づかずに離れていくらしい。討伐が目標のはずなのに、思わずホッとしてしまった。
「カイトくん、キミがこんなのでどうするのさ。もっとドシっと構えといてくれないと」
「そうですよ! もう少しわたしたちのことを信用してもいいんじゃないですか?」
「うう、すまん。返す言葉もない」
どうやら俺はビビりすぎているらしい。でもだからって、気軽に「倒しに行け」なんて命令できるかよ……俺の命令のせいで誰かが死んじまったらどうすんだよ……。
……でもこのままじゃ何の進展もないのも事実だ。仕方ない、ここは心を鬼にして……!
「よし、追うぞ」
「にゃは、そうこなくっちゃね」
「いいか、自分の身は自分で守れよ。危なくなったらすぐ避難だ。特にセリカ、よく観察してから接近しろよ」
わかっています。といつもの淡々とした声が返ってきた。なんだろう、セリカのこの感じ、やけに安心できる。それだけセリカを信頼してるってことなんだろうか。なんだか気恥ずかしいな。
セリカに案内され後ろをついて行くと――見えた。獣らしき生き物の後ろ姿が。大きさは三メートル近くはありそうで、後ろ姿は白いゴリラみたいな感じだ。近くに生えている植物と見比べても、その大きさはよくわかる。
ただ、これだけではあいつが人間を襲っているレムイーターとやらであるとは限らない。目だ。目の色を確認しないといけない。目が赤ければ、いよいよやつが犯人ってことになるが……。
「なかなか振り返ってくれねえな」
「あと少しで見えそうなんですけど……!」
「焦らすのが好きな子だねえ」
もう二、三分は背後の草むらから見張り続けているが、目の前の生き物は一向に振り返ってはくれなかった。実はすでにこちらの存在に気づいていて、俺たちの様子を見て楽しんでいるのでないかとすら思えてしまう。
「よしわかった。こうなったら、何か音を立てて無理やり振り返らせよう。異論のあるやつはいるか」
みんな一斉に首を横に振った。
俺は近くに落ちていた石を取り、軽く山なりで獣の背後に投げ入れた。
ガサッという音が、石の落ちた辺りから聞こえてくる。おそらく溜まっていた落ち葉にでも落ちた音だろう。その音が聞こえたのか、目の前の獣もゆっくりとこちらに振り返った――。
「……あ! 赤い目です!」
「ビンゴ! それじゃあちゃっちゃとやっちゃおう!」
「あ、おい!」
俺の制止も聞かず、シャルはその場から飛び出して魔法を使い始めてしまった。
「ドーン! ドーン!」
掛け声とともに、シャルの右手から雷の魔法が生み出される。その雷は一直線にレムイーターへと向かっていき、やつの体を仰け反らせる。
「ほらほら! どんどん行くよ~!」
右肩、左肩、右肩、左肩と交互に当てていき、レムイーターがバランスを崩したところで額の辺りに一発当てると、やつは想定の百倍はあっさりと倒れてしまった。
「こりゃあ……すごいなシャル。一人で倒しちまったぞ」
「にゃはは! ざっとこんなもんよ!」
「油断するのは早いです。やつはまだ生きています」
セリカがそう言うと、まさにそのタイミングで倒れていたレムイーターも体を起こした。どうやら怒っているみたいだ。こっちを見ている。どうやら居場所もバレているらしい。
「それ、もういっちょいっくよー!」
シャルが再び魔法を放つ。だが次の瞬間、レムイーターは自らの手で魔法を防いだ。
「おい、止められたぞ」
「ありゃりゃ~……こんなあっさり見切られるとは思ってなかったべ」
「呑気に言ってる場合か。あいつ、絶対怒ってるぞ」
やつの鼻息が荒くなっている。おまけに歯も剥き出しになっている。あの歯で噛まれたらあっという間に骨まで折れちまうだろうな。
レムイーターの叫び声が辺りに響き渡った。
どうやら完全に怒らせてしまったらしい。
「こうなったらやるしかない。シャルとシノンちゃんはそれぞれ離れた場所から魔法で攻撃。セリカは二人が気を逸らしているうちに隙があればその斧で攻撃してくれ。あくまで無理はしないようにな。危ないと感じたらセリカも魔法で構わない」
三人は頷くと、それぞれ散らばって行った。都合良くここは森の中なので、人間一人くらいなら簡単に隠れられるくらいの巨大な木も多い。隠れつつ魔法で攻撃すれば安全に攻撃できるだろう。反対にレムイーターはそのデカさのせいで隠れることはできない。圧倒的に不利なはずだ。
「さて、やつの様子は……?」
草むらから覗き込むと、やつは立ち上がり、まだこちらを見ていた。というか俺と目が合っている。これは……。
「避難するべき、だよな?」
呟いた途端、やつがこちらに向かってきた。
そう。狙われてるのは完全に俺だった。そりゃそうだ。やつは魔法を使った犯人が草むらの中にいると思っているんだからな。上手にこそこそ移動していたシャルたちには気づかなかったんだろうぜ。でもだからっていきなり俺を狙うかよ!? まだ死にたくないって!
ドン――。
レムイーターの背中に魔法の当たる鈍い音がして、レムイーターは足を止めた。
「へい! こっちこっち! イータービビってる! へいへいへい!」
おいシャル、少年野球じゃねえんだからよ。
だがおかげでやつの注意が俺からシャルに移ってくれた。俺は巨木の陰に身を隠し、なんとか生き延びることができた。
「こんな鎧、一瞬で噛み砕くんだろうな……」
身に着けている安物の鎧を見ながら、俺は呟いた。なんせやつは三メートル近くある巨体だ。噛み砕くどころか、押しつぶされただけで鎧もろともぺったんこにされそうな予感すらある。
「ほらほら! 食らえ!」
果敢にもシャルはレムイーターと直接対峙している。見ていてハラハラするが、シャルなら大丈夫そうな気はする。気のせいでなければいいが。
すると、その隙に素早くセリカがレムイーターの死角から現れ、持っていた斧を一発、やつの脇腹に叩きこんだ。だが思った以上に体毛が硬いのか、それとも体が硬いのか、深手を負わせるほどにはなっていない。レムイーターもすぐセリカに気づき、腕を振り回す。
セリカが避難すると、すかさず背後から火の玉が飛んできて、レムイーターの背中に直撃した。どうやらシノンちゃんが隠れながらうまいこと攻撃しているようだ。
「いいぞ、うまいこと注意を逸らせてる。これならいける……!」
見てるだけでもどかしいが、俺が出たところで足手まといになるのは確実。今は黙って見守るしかない……。
だがやつもしぶとかった。
いくら攻撃を与えても立ち上がるし、なかなか疲れた様子も見せない。反対にシャルたちの体力が心配だ。直接的な攻撃は受けてないものの、いつまでもこのままじゃあ誰だって疲れちまう。どうする? 一度退避するか……?
いや、このままやつが見逃してくれるとも限らない。だとすれば、やはりこのまま倒すしかない……!
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