第20話 散策

 グリシア島の港に着いた俺たちはピレットさんに見送られ、近くの村に辿りついた。シャルの親父さんが言っていた依頼人はこの村に住んでいるはずなのだが……。

「なんだか思った以上に人が多いな」

 村の中にはこの村には似つかわしくない雰囲気の兵士のような鎧を着こんだ人たちが大勢いた。なんだかただならぬ雰囲気がひしひしと伝わってくる。


「キミたち、ちょっといいかな」

 兵士の一人――なんだかカッコいい女性がこちらにやって来た。

「近頃ここらで人間を襲うという生物を探している。何か知っていることはないか」

 ……この話、なんだか心当たりがあるぞ。この人たち、もしかして俺たちと同じ目的でここに……?

「……すいません、俺たち、今ここに来たので」

「今……? ここは危ないぞ。すぐに戻ったほうがいい」

「ありがとうございます。でも、用事があるので」

「ふむ、そうか。ただ森の中には入らないようにな。何があるかわからんからな」

 そう言うと女性はすぐさま仲間らしき人たちの元へと戻っていった。

 今の女性には悪いけど、おそらく俺たちも森の中に入る羽目になるんだろうな……。今のうちに謝っておくよ。ごめんな。森の中で出会ったらよろしく頼むぜ。

「師匠、大丈夫なんですか……? 危ないって言ってましたけど」

「ここまで来た以上、俺たちも行くしかないだろう。とにかく、依頼人を探そうぜ。えっと、依頼人の特徴は……」

「パパぐらいの年齢で、背が高いって。見ればすぐわかるって言ってたけど――」

「それは僕のことかな」

 一人の男性が「ぬっ」という効果音と共にシャルの背後に現れた。第一印象はデカい。とにかくデカい。おそらく一九〇センチはあるだろう。その圧迫感に思わずたじろいでしまいそうになる。

「あ、あなたが依頼人の?」

「そうだよ、シャルちゃんのお父さんに言われて待ってたんだ。えっと……キミがシャルちゃんかな、初めまして。キミたちもよろしくね」

 お父さんに言われてって、いつ連絡をとったんだろう。この世界にも電話みたいなものがあるのだろうか。


 俺は三人に聞こえないようにひそひそ声で、

「おいセリカ、『お父さんに言われて』って言ってるが、この世界に電話みたいな連絡手段ってあるのか?」

「いえ、おそらく手紙を紙飛行機のように飛ばして連絡を取ったのだと思われます。詳しい話は後でします」

「あ、ああ、よくわからんがわかった」

 この世界にはまだまだ俺の知らない魔法がある。つまりはそういうことだろう。


「で、キミたちに依頼したいことなんだけどね、彼らがいるだろう。彼らも同じ目的でこの島にやって来たんだ」

「彼らって……さっきの兵士たちのことですか」

 依頼人の視線の先には多くの兵士たちがいた。

「そう。彼らは僕が呼んだんじゃないんだけど、通報が多かったのかやって来たんだ。でも僕は彼らを信用していない」

「信用してない? それはどうしてですか」

「別に大した理由はないよ。ただ彼らが、僕らの税金でたくさん給料もらって生きているのが腹立つだけさ」

「……はい?」

「だから、僕らの税金で生きていることに腹が立つんだ」

「えっと……それってつまり、ただの八つ当たりみたいなものでは……?」などと言えるはずもなく、俺は黙って適当に頷いておいた。セリカに至っては聞こえるくらいの大きな溜め息している。絶対わざとだ。


「……まあその話は置いておいて、討伐対象の特徴を教えてください」

 俺は話を切り替えた。

「やつらはレムイーターって種類の動物なんだけど、レムイーターはデカい。とにかくデカい。僕なんかより圧倒的にデカい」

「それは縦だけじゃなく横も、ですよね」

「そうだね。とは言っても実は僕、レムイーターを直接見たことないからわからないんだ。見たことある人の話によると、一番判断しやすいのは目が赤いってことかな」

 目が赤い……確かにわかりやすい特徴だ。

「この島に目が赤い生き物はやつしかいないから、見かければすぐわかると思う」

 なるほど。背がデカく、目が赤いが特徴と。


「とにかく、そういうことだから、あの連中に手柄を渡さないように頑張って。やつらより先にレムイーターを倒したら報酬を二倍あげるからさ」

 それだけ言うと、依頼人は民家の中に入って行ってしまった。


 残された俺たちはしばらくその場にこけしのように立ち尽くしていた。

「なんか、理由がしょうもなさ過ぎて呆れちまったぜ。力も抜けちまったよ」

「おいらもだよ。パパの知り合いっていうからどんな人かと思ったのに」

「わたしもです……ああいう人にはならないようにしないといけませんね」

「背がデカいだけで、心は小さそうでしたね」

 言われたい放題だな。

 だがあの理由はさすがに言われても仕方がないとは思うけど……。


 まあいい。せっかくここまで来たんだ。兵士たちがいるとはいえ、俺たちもやらないとな。

「愚痴ってても仕方ねえ。とにかく行くとしよう。目指せ報酬二倍! 帰ったら美味いもん食うぞー!」

「お、おー!」

 こうして俺たちのグリシア島散策は幕を開けた。




 ギガネウラとの戦いで着用していた鎧を再び着こんで、薄暗い森の中を進む。

 俺は先頭で歩みを邪魔する草や木の枝を短剣で切り裂いて道を歩きやすくする役割を担っていた。魔法が使えないことが判明した以上、俺にできることは仲間のサポートくらいしか思いつかないからな。これくらいは当然だろう。

 それにしても、先ほどから何の変化もない。まだ森に入って数十分ということもあるが、人が襲われたというくらいだからすぐ近くに痕跡の一つや二つあってもいいとは思ったのだが……。

「カイトくん、集中力が切れてるよ。キミが化け物に気づくのが遅れるだけでおいらたちが危険になるんだから集中してたもれ」

「ああ、悪い」

 シャルの言う通りだ。俺はフルフェイスの鎧の上から顔を叩き、気合を入れなおした。


「でもシャルちゃん。わたしもちょっと疲れたよ」

「シノンも? それじゃあちょっとだけ休むことにしますかー」

 それを聞き、俺は顔の鎧を外して近くの木の根元に座り込んだ。足場の悪い森の中ということもあって意外に疲労が蓄積されているのか、疲れがドッと全身に降りかかってくる。


「お前も休めよ。見張りは俺が変わってやるから」

 セリカはただ一人、座らずに辺りを警戒し続けている。

「セリカ、確かに俺の見張りじゃ安心できないかもしれないけどな、それでも休める時に休んでおいた方が後々のためにいいと思うぞ。化け物が現れて、いざ逃げるってなった時に体力がなくなってたらどうしようもないだろ?」

「確かにカイトさんの見張りじゃ安心はできません。ですが――」

「……ですが?」

「この近くに、何かがいます」

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