第19話 グリシア島

 シャルの親父さんの依頼内容はこうだった――。

 ソラン近くのグリシア島という島で人間が野生動物に襲われる事件が頻発している。そこで俺たちにその犯人を見つけ出してどうにかしてもらいたい。見事任務を完了してくれれば褒美として、報酬をいつもの二倍出す。

「こんな内容なんだけど、どうだい」

「やります」

 報酬に釣られて即答だった。

「ちょっとカイトくん、何も考えずにいいの? 危ないかもしれないよ?」

「困ってる人がいるならやるべきだ。そうだろ」

 我ながら物凄くカッコいいことを言った。

 そんなカッコいい俺の目の前でシャルは、確かにそうだけど……と言いよどむ。

「でもそういうのって、普通はあたしたちじゃなくて兵隊の役目でしょ? どうしてあたしたちに依頼されるの?」

 ……兵隊? この世界では初めて出てきた単語だな。警察みたいなもんか?

 セリカに小さく尋ねると、そうです、との返答が帰ってきた。この世界の知識がまた一つ増えた。


「依頼人は私の知り合いなんだがね、そいつは兵隊を信用していないんだ。だから僕のところに『腕のいい連中をよこしてくれ』って頼まれてね」

 なるほど、だから俺たちってわけか。「腕のいい」って部分が当てはまってるかは知らないが。


「わかりました、やりましょう」

 俺は高らかに宣言した。

「よし、三人とも。善は急げだ! 今すぐ行こう!」

「ええ!? 今から!?」

 シャルが驚きの声を上げた。

 だが一方でシノンちゃんは、

「わ、わかりました! 行きましょう! 師匠との初出動、がんばります!」

 事態を受け入れるのが早かった。

「ええ!? シノンまで……!? ……はあ、わかった。まああたしもまだまだ動き足りなかったし、ちょうどよかったかも」

「はは、了解。船は私の友人に声を掛けておくから、港に行けば乗せてくれるはずだ。ほら、シャルならわかるだろう? あの港のそばに住んでる――」


 そんなこんなで俺たちは善は急げと言うことで、本日二つ目の依頼を遂行することになった。




「にしても、ソランにこんな港まであるとは」

 セリカに案内してもらったときはこんな場所まで来なかったし、ドラゴニアに乗ったときも、向かったのは反対側だったからか海には気づかなかった。この世界――いや、この街ですら、俺には知らないことがまだまだたくさんありそうだ。


「港があるからいつも新鮮な海産物が手に入るのよねん。さっきのソランガニとユビエビもここ産なのよ~」

「へえ、そうなのか」

 相変わらず喋り方が滅茶苦茶なシャルだったが、次第にそれにも慣れてきた。もうこいつはこういうスタンスでいくのだろう。


「あ、おじさん!」

 突然シャルが駆けていく。シャルの向かった先――そこには大きな木造船があり、その船の前には頭に鉢巻をした、いかにも海の漢って風貌をした一人の男性が立っていた。

「ようシャルちゃん、元気かい」

「はい、ピレットさんも元気そうで何よりです。パパから連絡が来てるかもしれないですけど――」

「おう、話は聞いてるぜ。お前らがシャルちゃんを守ってくれるんだってな」

「え?」

「シャルちゃんをケガさせたら許さねえからな。命にかえても守るんだぞ、わかったな」

「あ、はい、わかりました」

 この人、俺たちをシャルの護衛役か何かと勘違いしているのか。まあ目的地に届けてくれるならなんでもいいけど……。

「ところで、俺たちが乗る船ってのはこの後ろの……?」

「そうだ。ちょっと無駄にデカい船になっちまったが、これしかないんだ。なあに、スピードは出るから心配すんな。ほら、そんじゃあさっさと乗ってくれよな」

 ピレットさんとやらの言う通り、確かに俺たちを運ぶだけにしちゃあ無駄に大きな船だった。もっと小型の――それこそ川下りに使うようなサイズでも足りるはずなのに、この船はその十倍近くはありそうだった。

 早速船に乗り込むと、すぐ着くから適当にのんびりしてろとピレットさんはどこかへ行ってしまった。個室は心なしか臭かったので、俺たちはデッキに出て風に当たることにした。


「わたし、船に乗るの初めてです!」

「へえそうなんだ。船酔いしなければいいな」

「……もしかして、船酔いしたら破門ですか?」

「どんだけ厳しいんだよ。俺ってそんなキツイイメージある?」

「カイトさんは鬼軍曹です。少しでも隙を見せるとすぐ破門にされます」

「ひい、ごめんなさい~!」

「平然と嘘を吐くな」

 なんて、生身がスカスカのウニのような会話を繰り広げていると、いつしか少しずつ船は動き出していた。

 空は青く、海も静かだ。多少の揺れは気になるが、これくらいなら許容範囲だろう。これがもしプライベートの旅行だったら女三人に囲まれて最高だったのに、実際は危険な野生動物退治ときた。現実とは儚いものである。


「なあ、これから行くグリシア島ってのはどういう島なんだ?」

 俺抜きで女子トークを繰り広げていた三人に尋ねると、

「詳しくは知らないけど、大きな生物がいるってのは聞いたことがあるにょろ。あまり人が多くない島だからねえ、そういうのは野放しになってるのよん」

「こ、怖いです……! 師匠! 頼みますよ!」

「無茶言うなって。さっき説明しただろう、俺の魔法は一日に一発しか使えないって。そう、一日に……いっぱ、つ――ああああああ! やってしまったああああ!」

 全身に衝撃が走った。この衝撃は夏休み最終日に手を付けていない宿題が出てきたときの感覚に似ている。

「ど、どうしたんですか? 師匠!」

 突然頭を抱えた俺を心配に思ったのか、シノンちゃんが俺の肩を揺さぶった。

「やっちまったよ……シノンちゃん……」

「……何をですか?」

「俺、さっき魔法使ったんだよ……」

 そう。先ほどのギガネウラとの戦いで派手に一発ぶっ放したのを、俺はすっかり忘れていたのだ。

「あーそういえば使ってたねー」

「そういえばそうでした。私としたことが、すっかり忘れてました。不覚です」

「俺もだ。食事をして疲れが抜けたせいか全然気づかなかった」

「えっと、それってつまり、師匠は魔法を使えないってことですか?」

「その通り」

「えー! ダメじゃないですか! 役立たずじゃないですか!」

 こいつ、俺のことを本当に師匠だと思ってんのか?

 だが今の俺を師匠と呼ばせるのも確かに心苦しい。さて、いったいどうするべきか……。

「わざわざ船を出してくれたのに引き返せと言う勇気は私にはありません」

「おいらも」

「わたしも……」

「俺も」

「それに、カイトさんは元々トドメ要因でしたし、問題ないでしょう。カイトさんは離れたところから私たちに指示を出してください」

「はい、わかりました。お手を煩わせます」

 どうやら俺は指示役に任命されたらしい。指示厨と呼ばれないように注意しよう。


 そんなこんなで俺の役割についての会議を終えると、先ほどから遠くに見えていた島があっという間に目の前に近づいているのがよくわかった。どうやらここが俺たちの目的の島――グリシア島らしい。

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