第18話 モモちゃん
モモちゃんがお皿を両手で持ってこちらに向かってくるので見えたので、俺は机の上に開きっぱなしにしていたメニュー表を閉じて壁に立てかけた。
「おまたせしました、ソランガニのパスタです。ユビエビのパスタもすぐにもってきます」
「お、モモちゃんありがとうな! めっちゃいい匂いするんだけど!」
俺の言葉など無視してバックヤードに消えたモモちゃん。するとすぐに再び両手でお皿を持って現れ、
「つづいてこちらはユビエビのパスタです。さめないうちにどーぞ」
「ありがとう、モモちゃん」
セリカに頭を撫でられ、モモちゃんは嬉しそうにしている。何これ、この世の楽園? エデンの園?
シャルにゴミトカゲの軟骨を届け終えたモモちゃんがセリカの膝の上に捕らえられたまま、俺たちは食事を開始した。
「それじゃあいただきます」
うん、うまい。クリームソースに混じったカニの身から溢れ出る旨味が濃厚だ。
「おいセリカ、そこにモモちゃんがいたら食いづらいだろ。解放してやれ」
俺の言葉に、セリカは心底名残惜しそうにモモちゃんを開放した。どれだけ心残りなんだか。食い終わってから好きなだけ遊べばいいだろう。
「食べました。モモちゃん遊びましょう」
「早ッ!? いつの間に!?」
「食事を提供している側からすれば、ありがたい食べっぷりだね! ……ところで話は変わるんだけどさ」シャルは持っていたフォークを置き、「あたしの友達にカイトくんに憧れている子がいるんだけど、紹介してもいい?」
「へ? 憧れ?」思わず素っ頓狂な声が出た。「別に憧れるようなことをした覚えはないんだけど」
「ほら、壁を焦がしたでしょ?」
「壁って、最初に俺が魔法を使った『魔法使用可能区域』とかいう、あの場所のことか?」
「そうそれ。それを見て、『こんな魔法が使えるなんてすごい!』って勝手に憧れを抱いてるのよねん」
「そ、そうなのか。なんだか照れるなあ」
生まれてから数十年、尊敬なんて一度もされたことない人生だったから反応に困る。素直に喜んでいいのだろうか
「そんじゃ、ちょっと呼んでくるね!」
「あ、おい!」
許可を出してないのに、呼び止める間もなく行ってしまった。
仕方ない。待っている間、俺はモモちゃんと戯れていることにしよう。
見ると、モモちゃんはセリカ耳をいじられて遊ばれている。俺もいじりたいぞ。
「ただいま」
「早ッ!? さっきからどいつもこいつも早すぎないか!?」
「だって、すぐ近くに住んでるし」
なんだ。それだけのことか。
「で、この子なんだけど――」
シャルの後ろ――そこにはシャルの肩越しにこちらを覗いてくる女の子がいた。憧れているとか言うからどんな子かと思ったが……なんだか妙に怯えてるように見える。
「あ、あの、私! カイトさんの魔法を見てすごいなって思ってて! ぜひ一度お会いしたいと思っていたんですけど! 緊張してしまって上手に話すことができそうになくて! ごめんなさい!」
なぜか謝られた。
「別に謝る必要はないけど……とにかく座ったら?」
シャルが隣から椅子を一つ拝借し、その子に座らせた。手をギュッと握りしめ、少し震えているように見える。
「私、シノンって言います。カイトさんに一度お会いしたかったんです。あのすごい焦げ跡を付けたのってどんな人なのかなって思って。お会いできて感激です!」
「それはよかった。でもシノンちゃん、別に俺は何もしてないよ」
これは謙遜でもなんでもなく、事実。
俺は別に、今まで大した功績を上げていない。
俺がこの世界でやったことといえば、ギガネウラを倒したことと、壁に焦げ跡を付けたこと。それくらいだ。
「いえ、魔力が強いというだけで武器になります。うらやましいです!」
褒められすぎて逆に胡散臭いな。いったい何なんだろう。
「俺に会ってみたかったってのは、ただ話をしたかったってこと?」
「いえ、それだけではないんです。けど……」
けど……?
「あまりに突然で、失礼かも……」
「いいよ別に、言ってみそ。別に怒ったりしないから」
ほれほれ、と話を促す。
「では、言わせてもらいます」シノンちゃんは深く息を吸い込んだ。「わたしを、弟子にしてください!」
しばしの沈黙――。
「……え!? で、弟子!?」
「はい! 弟子です! わたしを弟子にしてくれませんか!」
「うーん、無理かな」
「えー⁉ 結論出すの早すぎないですか!? もう少し考えてくださいよ!」
「だって教えられることなんて何もないし……」
「そんなあ……」
シノンちゃんの大きな瞳は潤んでいる。やめろ、その目を俺に向けないでくれ。悪いことしてないのに、なんだか罪悪感が半端ない。
「……わかりました」
どうやら諦めてくれたらしい。
「それなら、わたしもカイトさんのパーティーに入れてください!」
……全然諦めていなかった。
「あ、それならあたしも~」
シャルまで乱入してきた。こいつ、絶対楽しんでやがる。
「迷惑はかけません! 見て盗みます!」
「いや、そもそもパーティーっていうか、俺とセリカはそういう集まりでもないんだけど……」
「お願いします!」
獲物を見つけた猛禽類のような鋭く真っすぐな瞳が俺のことを見てくる。どうやら逃がしてはくれそうになかった。
「はあ。まあ断る理由もないし、わかった、いいよ。セリカ、お前もいいよな」
「私は構いません」いつの間にか頼んでいたお茶のようなものをすすりながらセリカは言った。
「やったー! ありがとうございます!」
「やったねーシノン! これで強くなれるね~」
この喜びに見合うだけのことを俺が教えてあげられればいいのだが……きっと無理だろうな……。
「聞いてなかったけど、シノンちゃんは何を目指してるの?」
「魔法剣士です!」
「魔法剣士?」
「はい! 前線で戦いつつ、ときには魔法で仲間をサポートするんです!」
うわ難しそう。俺には絶対無理だ。
「ちなみにシャルは……魔法だよな?」
「そうだね~結構バランスいいパーティーなんじゃない?」
言われてみれば確かにそうだ。セリカが主に近接、シャルが主に魔法、シノンが二刀流、俺がトドメ。こうしてみると、俺はかなりの足手まといのような気もするが大丈夫だろうか。自分で言うのもなんだが、不安だ。
「でもカイトくんがいるなら、魔法役はカイトくん一人でいいのかね? あたしも近接にしようか?」
「まあ待て、そういえば大事なことを説明し忘れていた。実は俺はな――」
俺は二人に自分の魔法の特徴をかいつまんで説明した。
最後まで俺の話を聞き終えたシャルは、ふーむと低い声を上げ、
「今カイトくんが言った通りなら、なかなか厄介だね。それじゃあ戦力としてはあまり期待できないね」
「そ、そうなんだよ。悔しいけどその通りだ」
わかってはいたけど、こうも直球で言われるとなかなかにキツイ一言だ。チームの功労者だからって簡単にクビにできないベテランみたいな扱いじゃないか。
「ですが事実です。私も常々厄介だと思いながら日々を過ごしてきましたから」
「そういう話は俺のいないところでしてくれる? いないところでもしてほしくないけど」
「大丈夫です! わたしはこんなことで師匠のことを幻滅したりしませんから!」
「そ、そうか、そりゃあどうも。っていうか師匠?」
「はい! そう呼ばせてもらいます! 押忍!」
お世辞にも似合ってるとは言い難い。けどかわいいから許す。
「シャル、ちょっといいかい」
シノンちゃんの可愛さに陶酔していると、俺の背後からシャルを呼ぶ男の声がした。
振り返ると、そこにはシェフらしき恰好をしたクールでダンディな初老の男性が立っていた。
「どうしたのパパ」
この人がシャルの父親なのか。
「実は話を聞かせてもらったんだがね――」
「あ! 盗み聞きしてたの!?」
「されたくないならもう少し小さな声で話してくれないか」
「あ……ごめんなさいパパ」
「すいません、気づかなくて」
シャルのせいだけではないので、念のため俺も頭を下げた。
「いやいや、怒りに来たわけじゃないんだ。キミがカイトくんだろう? 便利屋の」
「あ、はい、そうですけど」
なんだなんだ? この年代の人にも知られてるのかよ。いよいよ俺も有名人だな。
「ふむ、思っていたよりも随分と若いんだね。あれほどの力だから、もっといってるのかと思ったよ」
「まあ、よく言われます」一度も言われたことないけど。「それで、何か御用ですか?」
「うん、実はキミに依頼したいことがあるんだ」
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