第17話 猫耳
明らかなオーバーキルだったに違いない。無事に全て燃やし尽くせたのか、ギガネウラの姿は跡形もなく消えていた。
「大丈夫だったか、セリカ」
「はい、もちろん」
「……にしてもお前、メイド服じゃ戦いづらいだろ。着替えないのか? 一応言っておくが、ここで着替えろって言ってるんじゃないぞ。あらかじめ戦闘用の服に着替えて来ないのかってことを言ってるのであってだな――」
「カイトさん、欲望がだだ洩れですよ」
だから違うっつーのに!
「それにしても、なかなかに厄介な連中だったな。一匹ならまだしも、複数で来られると……あれ?」
俺は先ほど自力で倒したギガネウラの死骸を見た。そこには胴体で真っ二つに切ったギガネウラの尻尾だけが残されていた。
胴体はどこだ……? もしかして――。
「セリカ! 気をつけろ!」
まだどこかにいる――そう言おうとしたその時だった。
どこからか雷の魔法が飛んできて、俺の頭上にいたギガネウラを撃ち落とした。
「油断したら危ないよ?」
だ、誰だ?
「およ、助けてあげたんだから何か言ってよね。なんか損した気分になっちゃう」
そこにいたのは茶髪の女の子だった。
頭には丸いボンボンの付いた帽子を被り、どことなくボーイッシュな雰囲気を漂わせている女の子――。
「あ、ああ、すまない。おかげで助かった。ありがとう」
最低限の礼儀として、俺は頭を下げた。
「いいってことよ! ところで、キミの魔法すごかったねえ! もしかしてキミが噂の便利屋の子?」
「……噂かどうかは知らないけど、確かに便利屋を営んでるよ」
噂になっているのか……なんか嫌だな……。
だがそんな俺の気持ちとは裏腹に少女は目を輝かせ、
「へー! すごいすごい! 握手して握手!」
ガントレットをしていない右手を強引に握られ、俺は体を揺さぶられた。
「あの、ところでキミは……」
「おいら? おいらはシャル! よろしくなのさ!」
自分のことをおいら呼びする女の子に出会ったのは生まれて初めてだ。希少種だ。SSRだ。
「よろしく。俺はカイト。で、こっちがセリカ」
よろしくなのよとシャルは言った。
「ところでカイトとやら、その鎧はどうしたの? もしかしてモンスターとの戦いで付けられた傷を隠してるとか?」
「ああ、これは……」
そういえば鎧を着たままだった。俺は、決してそんな理由で着ているわけではないことをアピールしつつ、
「俺、戦闘に関してはテンでダメで、身を守るために着ていただけだ」
「そっか、ならよかったのよ。ねえねえ、ここで会ったのも何かの縁だしさ、よければ二人とも家に来ない? おいらの家、レストランだからご馳走するにょろよ」
「行きます」
おいセリカ、即答かよ。
……まあいいか。別に悪そうなやつには見えないしな。それに、この世界のレストランの食事とやらも気になるし。せっかくの機会だから、ぜひお邪魔させてもらうとしよう。
「ここで待っててね」
そう言われて案内されたのはレストランの一番奥の席。昼時を過ぎているからか、店内に客は疎らだった。
なんとなく手持ち無沙汰で落ち着かないので、置いてあるメニューを手に取る。中には見慣れない名前のメニューや食材名ばかりで何が何やらわからない。
「おまたせ。何食べたいか決まった?」
「うーん、初めて聞くばかりの食材で――あれ?」
帽子を取ったシャルの頭には予想外のものが付いていた。
「猫耳じゃん。人間じゃなかったんだ」
「そうなの。ごめんね。引いた?」
「え? 別に引かないよ。ただ、猫耳さんと話すの初めてだからさ」
「そっか。それならよかったよ。ささ、好きなの食べていいよ! あたしの奢りだから!」
なんだろう。俺が猫耳に気づいた瞬間、一瞬だけ暗くなったように見えたけど……。
……というか『あたし』?
「シャル、お前さっき自分のこと『おいら』って言ってなかったか? お前、もしかして別人か? 双子の姉妹か? 少し目を離した隙に入れ替わったのか?」
「ふっふっふ、バレちゃあ仕方ねえ! あたしの正体見せてやるよ!」
「なに!? 貴様もしや――! うわああっ!」
「……何やってるんですか」
「いやあ、暇だったもんで、つい。それに、シャルの意外とノリノリだったから」
「にゃはは。ささ、カイトくんもセリカちゃんもお好きなもの頼んじゃってよ!」
「とは言われても、何がおいしいとか全然知らないんだけど」
「そうなの? それじゃあこれはどう? ソランガニのパスタ!」
「お、なんか珍しくまともそうな名前のメニューだな。それにするか」
「およ、これでいいのかい? まだまだオススメはたくさんあるけど」
「いんや、俺は直感を信じることにするよ。これに決定!」
ぶっちゃけ、ゴミトカゲとかそういう変な名前の商品じゃなきゃなんでもいい。きっとどれもおいしいだろうし。
「それじゃあセリカちゃんはどれにする?」
「それでは私はユビエビのパスタで」
これまた聞きなれない名前のエビだなあ。ユビエビって。
「それじゃああたしはゴミトカゲの軟骨にしよーっと」
いやお前が食べんのかい。というかレストランにゴミトカゲあるんだ。
「モモー、モモーおいでー」
「はーい」
奥から可愛らしい返事が返ってきた。……もも?
シャルに呼ばれ、とてとてとやって来たのはまだ幼い女の子。どことなく雰囲気がシャルに似ている。
「妹さんですか?」
「そ。モモって言うの。ほらモモ、挨拶して」
「よーこそいらっしゃいました。モモです」
かわいい。魔法を使って疲れていた体が急激に癒されていくような感じがする。ヒーラーの素質があるんじゃなかろうか。
「こんにちはモモちゃん。俺はカイトって言うんだ。よろしく」
「私はセリカ。よろしくね、モモちゃん」
モモちゃんはペコリと頭を下げた。うーんプリティ。
頭の上にはまだ小さいが、確かに猫耳も生えている。ちょっとだけ触ってみたい。
「いい? これとこれとこれを持ってきてね。ゆっくりでいいからね」
シャルの言葉に「はーい」と返事をすると、モモちゃんは奥へと戻っていった。
「もしかしてモモちゃんが持ってきてくれるのか?」
「うん。でも心配ご無用だよ? 結構練習してるんだから。言っておくけど、料理はちゃんと大人が作ってるから安心して」
それはわかってるよ。
「かわいらしい子でしたね……はあ……」
な、なんだかセリカの様子がおかしい。妙にうっとりしてやがる。こいつ、普段はこんな表情絶対しないぞ!?
「セリカ、お前子供が好きなのか?」
すると途端にいつものジト目のような表情に戻り、
「子供が好きなことがそれほど珍しいですか? カイトさんは子供が嫌いなのですか?」
なんか問い詰められてるような感じになってしまった。
「いやそんなことはないぞ。俺だって子供は好きさ。ただ、セリカの様子がいつもと違ったもんでな」
「そうですか? 気のせいでしょう」
いや絶対に気のせいじゃない。俺には絶対に見せたことのない表情だった。
「ところでカイトくんのことを教えておくれよ。どうしてキミはあんなに魔力が強いんだい?」
うーん、なんと言うべきだろうか。「吸血鬼に血を吸われたから」と正直に言ったところでシャルは納得するだろうか。いや……しないだろうな。
それに、それを言ってしまうと一度死んだということを説明しないといけないし……。仕方ない、ここは軽くお茶を濁しておくことにしよう。
「そうだな……強いて言えば、生まれ持ったセンスがあるんだろうな」
「へー! センスなんだあ! それじゃあ一般人にはどうしようもないね! にゃはは」
どうやら納得してくれたらしい。胸が痛むぜ。
これ以上この話題を続けられても困るので、俺は多少強引にでも話題を変えた。
「なあシャル。さっき猫耳を見つけた時に、『引いた?』って言ってたけど、あれは何か理由があるのか?」
あ、質問を間違えた――俺がそう思ったのは、セリカから強烈な殺気が漂ってきたからだった。「どうしてよりによってどうしてその話題を蒸し返す!」とでも言いたげな強烈な殺気だ。正直、命の危険すら感じる。
自らが発している殺気に気づいたのか、セリカはその殺気を抑えるように溜め息を一つ吐いた。
「カイトさん。軽いジャブのつもりで聞いてきたのかもしれませんが、強烈なアッパーをお返しすることになってもよろしいですか」
「……なんだよ」
「簡単に言えば、差別です」
差別?
「この街には差別が根強く残っています。もちろん表面上は隠していますが、裏ではひどいもんです。まあ当然ですね。これだけの種族が入り乱れて暮らしていますので」
「当然って……当然で済ませちゃダメだろ」
「でしたらカイトさんが選挙に立候補して、差別問題を表面化してどうにかするしかないです」
「んな無茶な……」
だがセリカの言うように、差別問題をどうにかするにはその方法しか思いつかないのも事実だ。地球でも様々な差別があったが、どの世界でも差別ってのは存在しちまうんだな……知りたくなかった話だ。
話を聞いた後だと、先ほどのセリカの殺気も納得だった。確かにこの話は聞きたくなかったな。せめてもう少しくらいは、この街の綺麗な表面だけを見て過ごしていたかったぜ……。
「でもでも、近頃はかなりマシになってきたって、死んだ婆ちゃんが言ってたよ! だから気にしないで! あたしも別に気にしてないし!」
シャルは明るく振る舞っているが、やはりどこか暗い影がある。それほどまでにデリケートな問題に俺は触れてしまったのだ。
「……そうか、わかったよ。ただ、一応言っておくが、俺たちはシャルが猫耳だろうがなんだろうが気にしないからな。そこらへん勘違いすんなよ」
「そうですよ。私が差別するのはカイトさんだけです」
「……それはそれでやめてくれるとありがたいんだけど」
「……にゃはは。……ありがとう、嬉しいな」
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