第16話 ギガネウラ戦
セリカの余計な一言も徐々に心地よくなり始めていたある日のことだった。
もしかして俺はドMなのだろうか――いやそんなはずない。という問答を脳内で繰り返していると、唐突にセリカに街へ行こうと誘われた。
便利屋の仕事もなかったのでついて行くと、到着したのは見慣れぬ建物だった。外装はいわゆるログハウスのような見た目をしている。
「ここは……?」
中に入ると受付のようなものがあり、そこでは受付の女性が暇そうにあくびをしている。俺たちが入ってきたことに気づいても知らんぷりだ。
「ここが以前説明したギルドです。別名は職業案内所です」
「……ギルドでいい。で、どうしてここに来たんだ。もしかして最近依頼が来ないことに関係が……」
大有りです。とセリカは言った。
確かにここ二、三日、便利屋の依頼は来ていない。いや四、五日だったか……それとも六、七日か……。とにかく、仕事が来ないならこっちから探しに行こう、というのがセリカの説明だった。うむ、わかりやすくていいな。
それならさっさ仕事を見つけてしまおう。ということで、壁に張り出された依頼書を眺める。どれどれ……。
「フィリウスドラゴンの討伐……クリスタルアークカイザーの宝玉の入手……ゴールデンシャークの歯の入手……クリムゾン・オブ・アビスへの侵入……。なんだこれ、初めて聞く単語ばっかりだ」
「そっちは熟練者用です。それに、それらはもう何か月も前から貼られっぱなしです。中には実在するかも怪しいものも依頼として出されています。我々が見るのはこちらです」
俺は右に視線をずらした。
「なになに……? ゴーレム討伐……アークホース討伐……山賊の撃退……。山賊まで出るのかよ。で、俺たちはどれをやるんだ」
「これがいいでしょう」
セリカが指差した依頼書は――。
「ギガネウラ討伐? なんだそりゃ」
「巨大なトンボです。たまに街に入ってきて住人たちにケガをさせる厄介な生き物です」
街に入ってくるのは厄介だな。なるほど、人の役にも立ちそうだし、そもそもよくわからないし、セリカの言う通りこれにするとしよう。
「そんじゃあ、早速行こうぜ。ってどうしたんだよ」
「カイトさん、報酬を受け取るために会員登録をしておいてください。私はすでにしてますが、カイトさんもしておいたほうがいいでしょう。ちなみに今ならポイントが普段より多めに付きます」
「ポイントってなんだ? 百ポイントで豪華賞品プレゼントってか」
「そうです」
そうなんだ。冗談のつもりだったのに。
「食べ物や、インテリアやぬいぐるみなど様々あります。ちなみに私はこのキノコのクッションと交換しようと思ってます」
「……いいんじゃないか。俺は……まあそれは溜まったときに考えるよ。そんじゃ、ちゃっちゃと登録しちまおう」
置いてあった会員登録用の用紙に必要事項を記入し、それを先ほどあくびをしていた受付の姉ちゃんに渡すとちゃっちゃと手早く会員証を発行してくれた。どうやらこれで俺もここの会員になれたらしい。
「それでは行きましょう――と言う前に、やることがありました。カイトさん、これをカイトさんの節穴のような目で見てください」
「悪かったな、節穴のような目で。で、こりゃあなんだ」
俺の節穴のような目の前にあったのは何かの機械だった。例えるならコンビニでチケットやネットマネーを買う場合などに使えそうな……。
「まずカイトさんの会員証を差して、この機械でどの依頼を受けるのかあらかじめ申請してください。そして次に一緒に行くメンバー――つまり今回は私の会員証も差し込みます。……はい、それで大丈夫です。これで依頼が完了すれば、お互いに報酬が振り込まれます。では行きましょう。くれぐれも死なないようにお願いします」
……よくわからなかったが、まあいいか。とにかく死ななきゃいいだけだろ。俺だって、そんなあっさり二度目の死なんて迎えたくないぜ。
ってか死ぬリスクあるのかよ。そんな大事なこと、行く直前になって言わないでくれよ。
セリカに連れられて到着した場所。それは、俺がこの世界に送り込まれた時に目覚めたあの草原だった。俺がここにやって来たのはモゲラを逃がしに来たあの日以来だ。セリカ曰く、どうやらここにトンボ野郎はいるらしい。見たところそれらしき生き物の姿は見えないが――。
「なあ、こんな恰好する必要あったのか?」
ここに来る前、俺はセリカに連れられて防具屋で安物の鎧を買わされていた。なんでも、これがあるのとないのとではケガをするリスクが大幅に減るそうなのだが……。
「だからって、こんな顔も見えないモブの兵士みたいな恰好にならなくても」
「カッコいいですよ、カイトさん。『鎧が』、ですけど」
ああそうだろうな。俺の顔、鎧で隠れてるし。
「そうそう、カイトさんのトンボのような脳みそでもご存知かと思いますが、一応説明しておきます。ギガネウラはトンボですので、当然空を飛びます。数秒もあれば五十メートルほどは動けますので、姿が見えないからと油断しないようにお願いします」
「わかった。トンボのような脳みそってのは聞かなかったことにしてやる。ところで一つ質問してもいいか」
「なんでしょう」
俺は巨大な斧を持っているセリカに尋ねた。
「その斧、重くないのか」
「その質問は『私がこの斧を軽々持ち運べるということは、実は見た目の割に筋肉ムキムキできっと体重も重いに違いない。一体何キロなんだ?』という質問ですか?」
「誰もそんなこと言ってねえ。余計な解釈をするな」
「そうですか。早とちりだったようですね、失礼しました」
するとセリカは斧を持ったまま俺のそばに歩み寄り、
「持ってみますか?」
「いいのか? それじゃあ遠慮なく――重ッ!?」
なんだこれ! 重いってレベルじゃねえ! とてもじゃないが持ち運びなどできるわけがねえ! 倒れないように支えるのがやっとだ。
「セリカ、お前こんなのを持ち運んでたのか」
「私にかかればこれくらい楽勝です――などと呑気なことを言ってたらギガネウラが現れましたよ。カイトさん、早速討伐してしまいましょう」
「結構でけえ! だ、だがやってやるぜ!」
思っていた三倍、ギガネウラは黒くて大きかった。大きさは二メートルは優に超えているだろう。
その威圧感に少しだけビビった俺は、いざという時に使えと渡されていた短剣を構えた。
「かかって来いトンボ野郎! この剣で一刀両断してやるぜ!」
「ふう、終わりました」
「あれ!? 俺の出番は!?」
なんと、セリカに襲い掛かったギガネウラはあっという間に死んでいた。自分のことで精一杯だったせいで何が起きたのかよくわかっていないが、セリカが斧を一振りしたらそれが見事直撃していたような気がする。ギガネウラがどんくさいのかセリカが強いのか――おそらく後者だろう、そうに違いない。
「安心するのはまだ早いです。また来てます」
見ると、今度は数匹のギガネウラがまとまってこちらにやって来た。
一匹では勝てないと察したのか、集団戦に持ち込むとはなかなかに頭が良さそうだ。
セリカも複数のギガネウラを相手にするのは大変なのか、先ほどよりも動きが鈍い。
一方で俺も、自分の身を守るので精一杯だった。ここままでは俺はかすりもしない短剣を振り回すことしか能のないただの足手まといだ。
せめて、やつらが一ヵ所にまとめっていてくれれば、俺の魔法で一網打尽にできそうなのだが、やつらはトンボだ。自由に動き回っている以上、それも難しい。どうにかして一ヵ所に集められればいいのだが……。
「カイトさん、私から離れて隠れてください」
ギガネウラの攻撃を避けながらセリカが言った。
「何をするんだ!?」
「私に敵の注意を引きつけます。そしてカイトさんの方へ逃げるので、追いかけてきたところに魔法をお願いします。くれぐれも植物は燃やさないように、空へ向けて魔法を使ってくださいね」
「あ、ああ、わかった! ケガすんなよ!」
俺はそう言い残し、セリカから離れて岩陰に身を潜めた――と思ったら、一匹のギガネウラに空中から狙いを付けられていた。
「うおっ」
頭に体当たりされ、思わずよろめいた。そのまま長い足で頭に纏わりつかれるも、鎧のおかげでなんとか無事だ。セリカの言う通り、フルフェイスの鎧にしておいてよかった。そうじゃなかったらこの細い足で目玉が突かれていたかもしれない。
「おら! 隙だらけだぜ!」
鎧に纏わりついてくるおかげで、今のギガネウラは攻撃し放題だった。
俺はギガネウラに鎧を剥ぎ取られそうになりつつも、纏わりついてくるギガネウラの胴体を何度も短剣で斬りつけ、弱ったところを地面に叩きつけて短剣で真っ二つに切り裂いた。
「おっしゃ!」
なんとか一体だけなら倒すことができた。セリカはまだ数匹のギガネウラと対峙している。俺は鎧の右手のガントレットだけを外し、セリカに合図を送った。
合図に気づいたセリカがこちらへ向かって走ってくる。すると予定通り、全てのギガネウラがセリカを追いかけるようにこちらに向かってきた。
「来やがったなトンボ野郎! これでも食らいやがれ!」
セリカが俺の背後に回ったことを確認し、俺は目の前のギガネウラに向かって、空に向かって炎を放出した。炎はまるで龍のように空へと昇っていく。そして次第に、龍は姿を消した。
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