第15話 焼却

 風の影響をモロに受けたので髪型が変になっていないか心配になりながらも、俺たちは先輩の営むという農場の近くに無事辿り着いた。


「大丈夫かい、あんた」

「ええ……なんとか」

 結局、到着するまでの数分間、俺は背中に執拗な攻撃を受け続けていた。帰ったら痣になってないか確認してみないと……。


「楽しい空の旅でしたね」

 おかげさまでな。


「にしても、随分と田舎に来たな。ここはもうソランから出てるだろ?」

「いえ、ここはまだソランです。結構移動したように感じるかもしれませんが、飛行時間はたった十分ほどです。二時間ほど歩けば自宅に帰れますよ」

 いやいや、二時間は結構疲れるぞ。一度ドラゴニアの快適さを味わっちまったら歩いて帰るなんて無理だって。


「で、あれが例のサボテンなんだがな……」

 ……ああ、気づいていたとも。さっきから俺の視界に入っていた、緑色をした巨大な植物。

「まさか、こんなにでけえとは思わなかったな……」

 そこには高さ五メートルほど、一番太い芯の部分の太さは直径一メートルはありそうな、巨大サボテンがそびえ立っていた。


「随分とデカいな……これが動くんですか?」

「ああ、試しにこれを突き刺してみな」

 と、手渡されたのはスコップだった。これをサボテンに突き刺すのか……? 


「いいか、勢いよく突き刺したらすぐに逃げてこい。くれぐれものんびり近くで観察なんてするんじゃねえぞ。トゲを見てみろ。あれが刺さると痛いじゃ済まねえから注意しな」

 表面のゼリー状のバリアは、それだけで厚さが十センチ以上はありそうだった。そしてその中に見える巨大なトゲ――その大きさに、俺は思わず唾を飲み込んだ。

「この表面のゼリーみたいなのは取り除けないんですか?」

「無理だ。取ってもすぐにまだ出てくる」

 なるほど、確かにこれだけ分厚いと、ちょっとやそっとの火は利かなそうだ。


 俺は二つ深呼吸した。

 刺したら逃げる……刺したら逃げる……よし。

 俺は覚悟を決め、一思いにサボテンの胴体に思いきりスコップを突き刺すと、一目散に逃げ出した。

「逃げ足は速いですね」

「いいだろ別に! ケガしたくないし! あー怖かった」

「ほら、見てみろ。突き刺さったスコップを抜こうと動き出すぞ」


 一瞬だけ間があった。

 そして最初は緩やかに、そして次第に大きく、サボテンは自らの体を動かし始めた。体に刺さった異物を取り除こうとしているのか、身をよじるように動いている。先輩の話を信じていないわけではなかったが、目の前で見るとやはりその光景はどこか非現実的だ。とてもじゃないが、植物の動きとは思えない。まるでサボテンの中に誰か入っているんじゃないかと疑ってしまいたくなるような動きだった。


 そして。

「あ、抜けた」

 胴体に突き刺さっていたスコップがボトリと地面に落ち、それと同時にサボテンは動きを止めた。


「今の動き、先ほど背中を突いた時のカイトさんと同じでした。まさかカイトさんはサボテン……?」

 どうしてそういう発想になるんだ。

「いや、サボテンがカイトさん……? それじゃあここにいるカイトさんは……」

 ……もうなんでもいいや。


 サボテンの動きも落ち着き、抜け落ちたスコップを拾いに行こうとしたところ、先輩に肩を掴まれた。

「今行くと危ねえぞ。やつはまだ警戒状態だ。近くに寄ると攻撃してくる」

「……マジすか」

 こえーサボテンだ。もはやサボテンの範疇を超えてやがる。


「あのスコップはもういらねえから心配すんな。さてと、それじゃあ兄ちゃんよ。早速だけどあんたの実力、見せてくれよな」

 お、いよいよか……。

 よし、こうなりゃやってやるぞ。絶対に一発で仕留めてやる。というか一発で仕留められないと、次にチャレンジするのは明日になっちまうからな。なんとしても今日、このタイミングでどうにかしてしまいたい。


 俺は魔法を使う前の『いつもの儀式』を行う。右よし、左よし、奥よし、もう一度右よし――。

「おい兄ちゃん、何してんだ?」

「ああ、えっと、周りに何か危ないものがないか確認しているんです。何か燃え移るものがないかとか、生きてる人がいないかとか」

「ほう、そんなことをしないといけないくらい強力な魔法なのか。こりゃあ楽しみだ」

 ああ、楽しみにしていてくれ。今から見せてやる。威力『だけ』は凄まじい、俺の魔法の実力をな!


 目の前の巨大サボテンは平然と佇んでいる。やつも、まさか今から自分が消されることになるとは夢にも思ってはいないだろう。

 さあ見ていろ。そして後悔しろ。この俺に目を付けられたことをな!


 俺は右手を突き出し、心の中で唱えた。


 すると、もはや見慣れた豪炎が右手から噴き出した――。




「す、すげえ……!」


 炎が鎮まると、目の前の巨大サボテンは消滅していた。あれだけの火力で三十秒近く燃やし続けたのだから、ある意味当然だろう。


 俺は右手を下ろし、依頼人に向き直った。

「終わりました」

 すると依頼人はしばしの放心状態から復帰し、

「……は、はは……! すげえなあんた! いや~参った! さすがにここまでとは思ってなかったぜ! 想像以上だ!」

 そうだろうそうだろう。俺は褒めると伸びるタイプだからな、もっと褒めるがいい。

「まさか一発であのレイジサボテンを消し去っちまうとはなあ……たまげたぜ。おっと! 念のため根っこも全て処分しねえと!」


 無事に根っこまで全て処分できたことを確認し終えた俺たちは、報酬を受け取ってソランへと帰ることにした。


「ありがとな、カイト。あんたのことは広めておくよ。『すげえ魔法使いがいる』ってな」

「はは、どうも。それじゃあ何かあればまた」

 俺は部活帰りの後輩のように頭を下げ、先輩の鳴らす笛の音と共に、俺とセリカの乗るドラゴニアは飛び立った。



「いやーセリカ、今回も楽勝だったな! うぐっ」

 ブスっと背中を指で一突き。

「調子に乗らない」

 怒られてしまった。だがなんだろう。先ほど突かれた時とは感覚がまるで違う。これはいったい……。

「そうか、わかったぞ!」

 俺は声高らかに言った。

「魔法を使って疲れてるから気持ちいいんだ!」

「……はい?」

「セリカ、もっとやってくれ! こう、ブスブスっと!」

「……こうですか」

「そうそう! そんな感じ――って痛い痛い! 肉をつねるな!」

「気持ちいいのでしたらもっとやってあげましょう」

「痣できる! 痣できるって!」


 行きと同様の背中からの執拗な攻撃を俺はなんとか耐えきり、無事生きたまま自宅前に辿り着くことができた。そして今や愛着すら湧いていたドラゴニアが戻っていくのを見送ると、俺たちは自宅のドアをくぐり抜ける。

 疲れたけど風呂に入るのはまだ早い。そう思った俺は、この世界の魔法使いがどのように生計を立てているのかセリカに尋ねてみた。

「比較的魔力が強い人は、その特技を生かして危険生物を駆除する仕事に就いている人が多いです。ですがそれに限らず、比較的魔力が弱い私のような人間でも、近接要因としてパーティに入れてもらうことはできます」

「その危険生物を駆除する仕事ってのはどうやって受けるんだ? 専用の機関でもあるのか?」

「依頼をまとめてくれているギルドがあります。そこに行けば依頼が出ているので受けられるでしょう」

「なるほどな。それじゃあ、俺たちみたいに便利屋として生計を立てようとしているのは結構珍しいのか?」

「そうですねえ……」

 そう言うとセリカは視線を左上に上げ、何かを考えるような素振りをして、

「珍しい、でしょうね。そもそもなんで便利屋をしようと思ったんですか?」

「お前がなんでも屋なんてやろうとするからだよ!」

「そうでしたっけ?」

 こいつ……とぼけやがって……。


「まあいいじゃないですか。そんなどうでもいいことばかり覚えてないで、街のお店の位置を早く覚えてください」

 まったく、サボテンのようにいちいちトゲのある女だな。


「ほら、お風呂沸かすんで、さっさと入っていいですよ」

 だが時折見せる、花のようなセリカの笑顔が俺は好きだった。もっとたくさん花を咲かせてくれればいいのに――なんて願うのは、果たして欲張りだろうか。

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