第14話 ドラゴニア

「おうおう、邪魔するぜい」

 突然玄関の扉が勢いよく開かれ、聞き覚えのない男の声が家の中に鳴り響いた。

 何か良からぬ輩がやってきたと思い玄関へ行くと、そこには何やら見知らぬ大男が立っていた。

 しかもこの男――どうやら獣人のようだ。どう見ても人間とは違う、獣のような顔つきをしている。


「なんですか突然!? 道場破りか何かですか!?」

「ああ? ここは便利屋じゃねえのかい」

「え? ああ、依頼人の方ですか」

「ったりめーだろ! 随分と失礼なやつだな!」

 だって随分とガラが悪そうに見えたし。丁重に扱われたいならそっちもそれらしい恰好をしやがれってんだ。


「……それじゃあ中へどうぞ」

 一応客人なので、話だけは聞いてやる。厳しそうな依頼だったらすぐに追い返してやればいい。

 ちなみに今、セリカはいろいろと買い出し中で家にいない。つまり、もしこいつが暴れても俺一人でどうにかしないといけない。


「それで、依頼のほうは」

 俺は正座をし、話を聞く体勢を整えた。


「その件なんだけどよ兄ちゃん。兄ちゃんは物凄い力を持ってるってのは本当なのかい?」

「……誰からそれを?」

「ナミっているだろう。あいつが街で言いふらしてたぜ。『便利屋の店主はすごい!』ってな」

「そ、そうですか……」

 ナミの仕業か……。

 ありがたいっちゃあありがたいが、もっと言う相手を選んでくれよ。こんな怖い人たちじゃなくて、もっと優しいご婦人とかにオススメしてくれ。じゃないと殺されそうで怖い。


「ご期待に沿えるものかはわかりませんが、確かに人よりは強いみたいです」

「そうか、だったら一つ頼みがあるんだけどよ、植物を燃やしてほしいんだ」

「植物を? どういう意味です?」

「そのまんまの意味だ。実は俺、農家なんだがよ――」

 その風貌で農家かよ。俺はてっきり肉体労働系かと思ったよ。……まあ農家も肉体労働か。

「畑にちょっと厄介なものが生えちまってな」

「厄介なものというと?」

 なんだろう。ちょっと気になるぞ。

 俺は気づけば若干前のめりになっていた。

「レイジサボテンだ」

 うん、わからん。

「一度生えると次々に種を増やしていく厄介なサボテンでな、その周りには何も育たなくなっちまうんだ」

 他の植物の栄養を吸い取っちまうってことか。確かに厄介かもな。


「どうしてそんなものが生えたんです?」

「レイジサボテンはたまに花を咲かすんだが、その花が飛んでいった場所で新たに芽が出るんだ。それが運悪く俺の畑だったってわけだ」

 ふむ、偶然か。


 でも疑問も残る。ただのサボテンなら引っこ抜けばいいだけだし、それこそ燃やしたっていいわけだ。別に俺に頼まなくても良さそうなもんだが、何か理由があるのだろうか。

「暴れるんだよ」

「暴れる?」

「切ろうとすると暴れるのさ。だから厄介なんだ。おまけに全身には身を守るようにゼリー状の水みたいなもんが纏わりついてて火も利かねえ。さらにトゲも生えてやがる」

 すげえな。そこまで防備してるのか。


 それにしても、まさか暴れるサボテンなんてものが存在するとはな。日本にもオジギソウや食虫植物程度の植物ならあったが、暴れる植物なんて初めて聞いたぞ。これもこの世界ならではの生態系か?


「ちなみに普段、そのレイジサボテンが育ったらどうやって対処するんです?」

「普通は小さいうちにスコップで引き抜くって聞いたことはあるな」

「なるほど……では、あなたがそうしなかった理由は?」

 その質問に、依頼人はなぜだか少し照れくさそうな表情を浮かべた。

「実は、ちょっと農業に飽きてサボってたんだよな。そんで、数か月ぶりに畑を見てみたらドでかいサボテンがあったってわけよ。やっちまったって思ったね」

 依頼人は腕を広げ大きさをアピールしていた。とにかくかなりでかいらしい。

「はあ、事情はわかりました。ですが、火が利かないとなると、どのようにすればいいのか……」

「いや、火で大丈夫だ」依頼人は平然と言い放った。「ナミから、あんたの出す魔法は威力が桁違いだと聞いてる。きっとあんたの魔法なら、纏わりついてるゼリーすらも消し飛ばせるだろう」

 なんだか随分と過大評価されている気がするが、ナミのやつ、いろいろと大袈裟に語ったりしてないよな……? うーん、不安だ。


 だが今までの話を聞く限り、俺の炎魔法でゼリー状のバリアさえ吹き飛ばしてしまえばどうにでもなりそうな感じはする。強烈な炎でゼリーのバリアを吹き飛ばし、その隙に本体を炭にする――やることはたったそれだけだ。これなら俺にもできるかもしれない。


「わかりました。その仕事、お受けします」俺は仕事を受けることにした。「ですが、ちょっとお待ちいただけますか。もう少しすればパートナーが帰ってくるので」

 俺の言葉に頷くと、依頼人は退屈そうに室内を見渡し始めた。やはりこの世界の住人には我が家のような日本家屋は珍しいのだろうか。

 依頼人の関心が室内へ向いているうちに、俺はペットに餌をやるため部屋を離れる。ペットというのはそう――先日花畑で捕まえた、あのラビだ。


 あの日、自然公園から帰ってきた俺は疲れ果ててすぐに寝てしまった。そして翌朝、そのまま籠に入れたままで放置していたラビを見てみると、なぜだか昨日捕まえた時よりも一段と可愛く見えてしまい、思わず心がときめいてしまったのだ。

 そしてそこからは早かった。俺は、セリカが以前「ラビはペットとしても飼われていた」と言っていたことを思い出し、セリカに許可をもらってそのまま我が家の家族として迎え入れることにしたのだった。


「よしよし、トッシー、よく食えよ」

 突進してきたからトッシー。いい名前だ。

 今でも籠から出すとたまに突進してくるが、それでも手は噛まなくなってきたので絆は深まってきている。と信じたい。

 ちなみにモゲラのほうは、どちらかといえばブサカワな部類だったので、俺がこの世界で最初に目覚めた草原に逃がしておいた。


 それから数分、このまま何もしないまま依頼人を待たせるのも悪いと思った俺は、慣れないながらもカメムシ草で茶を淹れようとしていた。だが、カメムシ草の焦がし具合がわからず、どうしようか悩んでいたところにちょうどいいタイミングでセリカが帰ってきて、俺は胸をなでおろした。

 俺は黒焦げになったカメムシ草を捨て、

「おいセリカ、これから――」

「わかってます」

「……何をだ?」

「お客が来てますよね」

 こいつ、まさかエスパーか!?

 ……まあいい。セリカなら少しくらい不思議でもなんとなく納得できてしまう。

 てなわけで俺たちは早速現場に向かうことにした。


 すると、俺はてっきり現場まで歩いて行くのかと思っていたのだが、どうやら違うようだった。家の前には見たことのない不思議な生き物がいた。

「……なんすかこの生き物」

 それは二頭いた。それらは一言で言うなら、まるで小型のドラゴンだった。二頭とも、青色と灰色が混ざり合ったような色をしている。


「こいつはドラゴニアって言ってな、簡単に言えばドラゴンの親戚だな」

「……そんなのがどうしてここに? まさかこれに乗って移動すると?」

「そういうこった」

 ひえーマジか。暴れて落とされないか? かなり怖いんだが。


 そういやセリカのやつ、客が来ていることを把握しているみたいな口ぶりだったな。それってつまり、帰宅時にこのドラゴニアと鉢合わせしていただけだったんだ。なんだ、タネがわかれば大したことないな。感心して損した気分だぜ。


 というかそれ以前に、俺の家の目の前にこんな危なそうな生物を放置しないでもらいたいんだが……ギリギリ通行の邪魔にはなってはいないみたいだけども……。


「さあ、乗ってくれ」

 乗ってくれって……落とされないよな? 信用していいんだよな?

 いまいちドラゴニアを信用しきれない俺は乗るのを躊躇していたが、セリカに早くしろと急かされ渋々ドラゴニアとやらの首の後ろ部分にまたがった。

 俺の後ろにはセリカも乗っている。いくらドラゴンの親戚と言えど、果たして二人乗せたまま飛べるのだろうか。もしドラゴニアが疲れて途中で落ちたりしたら……考えるだけでゾッとする。


 すると、顔から血の気が引いた俺の足に依頼人が何やら拘束具のようなものを付け始めた。

「これは……?」

「安全装置さ。両足付ければ落ちる心配はないだろう」

 さすが先輩! 頼りになるぜ! これからは勝手に先輩と呼ばせてもらいます!


 安全装置を付け終えた先輩は自身の乗るドラゴニアに跨ると、

「それじゃあ行くぞ」

 俺の気持ちが未だに整理ができていない状態のまま、先輩は首から垂らしていた笛のようなものを鳴らした。すると二匹のドラゴニアは一斉に翼をバタつかせ、気づけば地上はみるみる小さくなっていた。


「本当に飛んでるううううっ! すげえ! けど怖い!」

 地上にはすでにアリサイズとなった人間たちがワラワラ蠢いている。これはマジで落ちたら死ぬ高さだ。おいドラゴニアちゃん、絶対落ちないでくれよ! いいか、絶対だぞ!


「カイトさん、首に強くしがみ付きすぎです。この子が飛びにくそうにしています」

「ご、ごめん! ドラちゃん!」

 すぐさま首に回していた腕を離し、俺は慎重に体を起こした。するとその分、風を体全体で感じることができた。


「お、おお! こええ! けどすげえ! すげえよセリカ! 俺たち飛んでるぜ! はは! こんな経験できるなんてすげえよ! 最高だ!」

 語彙力の欠片もなかったが、俺は両手を広げ、感動を精一杯言葉で表した。


 死ぬ前では決してできなかった体験に心を躍らせていると――。

 ツンツン。

 唐突にセリカが俺の背中をつついてきた。


「ん、どうした?」

 ツンツン、ツンツン。

「なんだ?」

 最初はじゃれてるだけだと思っていたのだが、どうにも様子がおかしい。

 何も言ってこないし、なんというか、若干くすぐったい。

「ちょ、くすぐったい。どうしたんだよ」

「背後を取りました。今なら何をしてもカイトさんは反撃できません」

 しまった! まさかこいつ……!

 ブスブス、ブスブス。

 気づけばツンツンからブスブスに代わっていた。

「いて、くすぐったいからやめろ! いてっ!」

 背中をよじらせて回避を図るも、セリカは的確に背中のツボを突いてくる。

 じゃれてるだけなんて思った俺が間違っていた……! やめてくれ! 落ちちまうから!

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