第13話 ラビ

「セリカのやつ、呑気に寝てやがる……!」

 ここからでもわかる。あいつ、さっきから体が揺れている。あの動きは見たことがある。あの動きは俺の親父が座りながら寝ているときと同じだ!

 クッソ……せっかく俺の勇姿を見せつけてやろうと思ったのに、まさか寝ちまいやがるとはな……。まあいい。目が覚めたらすでに捕まえ終わってたってのもなかなかイケてるストーリーだとは思うしな。仕方ない、こうなったら作戦変更だ。こうなりゃセリカが目覚める前に捕まえてやる! そのためにもラビちゃん、ぜひ現れてくれ! 頼む!


 だが現実は非情だった。

 ラビは一向に現れないまま、そのまま数時間が経過した。俺の眠気もそろそろピークに達している。このままじゃ寝ちまいそうだ……。


 するとその時――待ち望んでいた音が辺りに響いた。

 モゲラ出現時と同じ音――ガサッという音が耳に届いた。

「来たな……!」

 眠気など一気に吹き飛んだ。俺はすぐさま先ほどと同様に畑の中に足を踏み入れる。


 追いかければこちらへ向かってくると言っていた。だが、いったいどれくらいの距離から追いかければいいのだろう。姿が見えたらでいいのだろうか? よし、よくわからないしそれでいこう。違ったらその時はその時だ。


 それより心配事がもう一つある。それは、今回現れたのがまたしてもモゲラだった場合だ。

 セリカは寝てしまっている。もしも現れたのがモゲラで、先ほどのスピードでちょこまかと逃げられると、一人で捕まえるのはなかなかに困難だ。つまり、今の俺にできること――それは、出現したのがラビであることを祈る。ただそれしかない。


 音の発生源近くの花はまだ揺れていた。まだそこにいる。もう少しで見える……!

「……いた」

 そいつは白くてまん丸としていた。先ほどのモゲラは黒くて小さかったので明らかに違う生き物だ。それに、結構可愛らしい見た目をしている。ペットとして人気とか言ってたし、きっとこいつがラビだ。そうに違いない。


 さてどうする? ラビはまだこちらに気づいていない。こうなったらわざと音を出して気づかせるか? それとも限界まで近づくか? だが追いかけると驚かせるはまるで違う。もし驚かれて咄嗟に逃げ出されてしまってはどうしようもない。ここは遠くから気づかせてから追いかける作戦で行こう。


「おい」

 死にかけのカゲロウのような小さな声ではあったが、その声にラビはロボットのように顔をこちらに向けた。完全に目が合った。これで向こうもこっちを認識したはずだ。

 俺はラビ目掛けてゆっくりと走り出した。ラビの特性がセリカの言う通りならば、これでこっちに向かってくるはずだ。


 ……来た!


 ラビはものの見事にこちらへ向かってきた。

 さあどこへ行く。右か? 左か? それとも足の間を抜ける気か? 

「よっしゃかかってこい! 必ず捕まえてぐふっ!?」

 ラビが突進した場所。それは俺のお腹だった。

 右でも左でも真ん中でもない。上だった……。

 そう、ラビは俺に体当たりするためにこっちへ向かってきていたのだ。

 セリカのやつ、またしても大事なことを黙っていやがった……。


 だが安心してほしい。

「こら、暴れんな!」

 俺は突進してきたラビを離さなかった。


「もう逃がさねえぞ! 大人しくしろ! ふははは! 噛んでも無駄だ! 俺にはゴム手袋っていう強い味方がいるんだよ! 観念しやがれ!」

「お疲れ様です、カイトさん」

「あ、セリカ。起きたのか。ほら見ろ、捕まえたぜ!」

「はい、突進されたところから見させてもらいました」

 一番恥ずかしいところー!


「というか、あらかじめ教えておけよな。突進してくるって。わざと教えなかっただろう」

「言ったらつまらないでしょう」

「面白い面白くないの話じゃねえ」

 ……まあ命の危険はなかったから許してやるか。一応ゴム手袋も貸してくれたしな。


「ふふ、カイトさん。顔に土が付いてますよ」

 あ、笑った。

 久しぶりにセリカの笑った表情を拝見させてもらったが、やっぱりかわいいな。

「……なんですか」

 あ、戻った。


「さあ、ラビを籠に入れてください。ここまで来たら残り僅かです。ついでなので明け方まで見張りましょう」

 すでにモゲラが入れられている籠にラビを放り込み、俺たちは再び持ち場に戻った。だがそれ以上、何かが現れることはなかった。


 その後やって来たナミと園長に無事犯人を捕まえたと報告すると、

「ありがとう二人とも! 本当に助かったよ!」

「わたしからもありがとう。まさか一日で犯人を捕まえてくれるとはね。これが依頼料の五万ポーンです。今度はプライベートで遊びに来ておくれ」

 とえらく感謝された。

 ――ちなみに後で確認したところ、ポーンというのがこの国の通貨単位らしい。そんなことも知らなかったのかとセリカに呆れられてしまった。

 ……とにかく、こうして俺たちは、便利屋としての初仕事を無事に終えたのだった。


 さて。それじゃあ、さっさと帰ることにしよう。結局あれから一睡もしていないからな。そろそろ眠気がピークなんだ。捕まえた二匹をどこに逃がすかは、起きてから考えることにしようじゃないか。それくらい先延ばしにしても、誰も文句は言うまい。

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