第12話 モゲラ

 その後、いろいろ策を考えてはみたものの妙案は出ず、結局まともに眠ることができないまま、俺とセリカは再び自然公園に舞い戻った。

 夜のライトアップされた景色を楽しんでいる人はいるが、辺りはすでに薄暗い。俺たちはまだ残っていた従業員に声を掛け、閉園後も中で観察する許可を得た。


 そしていよいよ時間になり閉園。俺たちが残っているということで僅かながらの明かりが灯されているが、誰もいなくなった花畑はなかなかに不気味だった。正直、セリカがいてくれて助かった。もし俺一人だったら心細くて仕方ない。


 さあ、果たして泥棒はやってくるだろうか。もし来たらこの俺がとっ捕まえてやるからな。ラビにせよモゲラにせよ人間にせよ覚悟しておけ。


「……来ないな」

「まだ数分しか経ってません。そんなすぐ来るわけないでしょう」

 わかってるさ。でも何か話してないと暇なんだ。


 俺たちは被害の多い畑から二十メートルほど離れた位置から監視しているが、泥棒は未だやって来ない。これほど離れた位置なら、たとえ相手が動物だとしても気づかれることはないとは思うのだが……。


 それから一時間ほど経っただろうか。頻繁にあくびが出るようになってきた俺の隣で、セリカが突然立ち上がった。

「私はこの反対側へ行きます。もし現れたら挟み込む形で捕まえましょう」

「え? ああ、わかった」


 ……一人になってしまった。なんだか途端に心細い。

 隣に人がいないというだけでこれほどまでに不安な気持ちになってしまうとは思わなかった。誰かヘルプ! ヘルプミー!


 そんな俺の願いも虚しく、相変わらず何の変化もないままうつらうつらしていたその時だった。

 畑の一ヵ所が突然、ガサッと音を立て、一瞬だけ揺れたのだ。

 咄嗟に俺は身を屈め、慎重に畑の様子を観察した。ここからだと生物らしきものの姿は見えない。花の背丈よりも小さな生き物の仕業だろうか。


「さて、どうやって捕まえよう」

 冷静になって考えてみれば、網などの道具を持ってきておけばよかったと今更ながらに思う。ったく、どうしてこのタイミングで気づくんだ。家出る前に思いつかなかったのかよ。俺の頭はポンコツか。


「ポンコツです」と言われるんだろうなあと思いつつ、セリカの様子を確認する。どうやらセリカも何か音がしたことには気づいているらしい。

「……なんだその動き」

 見ると、セリカがこちらに向かって何かジェスチャーしている。そのジェスチャーを俺なりに独自の解釈をしてみると……。

「えっと、俺が畑に入って、モゲラをそっちに追いやればいいのか……?」

 俺もジェスチャーで返答すると、うんうんとセリカは頭を縦に振った。

 なるほどな。

 俺が畑に入ってモゲラを追いやり、畑から出てきたところを待ち伏せていたセリカが捕まえるってわけか。いい作戦だ。成功する自信はないが、やってみる価値はありそうだ。このままだったら膠着状態が続くだけだしな。


「よし、行くぜ」

 俺は花を踏んづけないように注意しつつ、いざ花畑の中に侵入した。

 途中、モゲラをセリカのほうへ追いやるために、わざと葉を揺らしながら歩いたりしつつ、先ほど音がした辺りまで到達した。

 お、モゲラが通った跡のようなものがある! どうやら犯人はモゲラで間違いなさそうだ。


 疑念が確信に変化したその時、俺の正面からセリカのいるほうに向かって何か黒い影が動いた。きっとモゲラだ。俺たちの狙い通り、モゲラがセリカのほうに逃げたんだ!


「行ったぞセリカ!」

 俺はわざと音を立ててモゲラを追い詰める。

 そしていよいよ気配がセリカのいる位置に到着した。


「はい」

 ひょい、という効果音が聞こえてきそうなほど、セリカはあっさりとモゲラを捕まえていた。なんというか……拍子抜けってやつだ。

「おい、手で捕まえて噛まれたりしないのか――って、ゴム手袋!? お前、いつの間に――」

「生き物を捕まえるんですから身を守るのは当然です。そういえばカイトさんには渡していませんでしたね。はい、どうぞ」

「いやもう遅えよ……。ところでやけに簡単に捕まえてたな、何かコツがあるのか?」

「いえ別に。強いて言えば、モゲラは咄嗟に曲がるのが苦手というだけです」

 超重要な特性があるじゃねーか。先に教えといてくれって。


「で、捕まえたのはいいが、そのモゲラとやらはどうするんだ? まさか食べるのか?」

「バカなこと言わないでください。逃がすんですよ。野蛮なこと考えないでください」

 ゴミトカゲの肝臓を食べてたやつに言われたくねえよ。


「とにかく、これで依頼は完了ってわけだ。ふひひ、初の依頼料が入ってくるな。何か美味いもん食おうぜ」

「まだ終えるには早いかと。二匹目がいる可能性がありますし、まだラビもいる可能性もあります」

「そ、そうだった。それじゃあさっきと同じ作戦でいいか?」

 セリカは頷き、先ほどの位置に戻ろうとして、立ち止まった。どうしたのだろう。


「ラビの特性を教えておこうかと思いましたが、やめておきます」

「なんでだよ! 教えてくれよ!」

「仕方ないですね。ラビは追いかけると反対にこちらへ突っ込んできます」

「これまた重要なことを黙ってたな」

「ですので、カイトさんが草むらに入るのなら捕まえる際に手を噛まれる恐れがあります。ですのでこれをどうぞ」

 手渡されたのはゴム手袋だった。結局借りる羽目になっちまった。

「さっきも言った通り、ラビはこちらに向かってきます。なのでおそらくカイトさん一人で捕まえることになりますが、頑張ってください」

 セリカのやつ休む気満々じゃねえか。だが仕方ない。こうなったら一人でもできるってところを見せてやる。見ていろセリカ。俺の勇姿を見せてやるぜ。

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