第10話 なんでも屋

 翌日、その翌日、さらにその翌日と、俺は魔法の特訓を重ねたが、一向に成果は出なかった。

 だが成果は出なくても、その間にいくつかわかったことはある――それは、魔法はどんなに頑張っても、一日に一度しか使えないということだった。

 食事をしようが昼寝をしようが何をしようが、悲しいことに魔法は一日に一度しか使えなかった。となると、いよいよナミの言っていた提案が現実味を帯びてくる。


「うー……どうしよう……」

「どうしたんですか、潰れたカエルみたいな声出して」

 畳の上で洗濯物を畳んでいたセリカが言った。


「いやな、結局あれから何も進展ないだろ? いよいよナミの言う通りにするしかないのかなって」

「いいんじゃないですか」

「随分と淡々と言うんだな。セリカは嫌じゃないのか? 先鋒として戦うことになるんだぞ」

「いえ別に。それでお金がもらえるのでしたら」

 こえー。感情を失ったロボットみたいなやつだ。


「そろそろお金の調達をしないととは思っていたので。お金の話ついでに、これを立ててきますね」

「ん、なんだそれ?」


 セリカが持っていたのは看板だった。木を土台にし、白くペンキを塗ったのだろう。そこには黒いペンで『なんでも屋はこちら→』と書かれていた。

 なんでも屋というのはまさか……そのまさかだろうな。

「はい、私たちのことです」

 ですよねー。


「ちょっと待ってくれ。なんでも屋ってことは、モンスターを追い払うとかそういうことじゃなく、例えば宅配とか引っ越しの手伝いとか、家主の代わりに留守番とか、そういうことまでやらなくちゃならないってことじゃないか。そんなの俺は嫌だぞ。どうして異世界に来てまでそんなことをしなくてはならんのだ」

「嫌なら断ればいいのではないかと」

 なんでも屋のくせに選り好みすんな。そんなやつがなんでも屋の看板を立ててたら怒られるわ。


 とにかくなんでも屋という名前はマズい。ということで半ば強引に、『便利屋』という名前に変更することにした。そしてその文字の下に、「料金要相談。場合によってはお断りさせていただきます」という文面を足しておくことで誰にも文句を言わせないようにした。これで完璧だ。


 セリカは不満そうだったが、とにかくそのまま看板を立ててもらうことにした。

 立てた場所は家の前。こんなので客が来るとは思えないが、果たしてどうなることやら。




「すいませーん」


 看板を立てて数十分。誰かが我が家を尋ねてきた。なんだ? もしかして客か? おいおい、あの看板はついさっき立てたばかりだぞ? ほんの数分で客がやってくるほど、この街では便利屋という職業が渇望されているってのか?

 

「はいはい、どなた……って、ナミじゃねえか」

「やっほーカイトさん、こんにちは。セリカさんもこんにちは」

「どうもナミさん。数日ぶりですね」

 セリカは小さく頭を下げた。

 セリカの言う通り、ナミとはあの日以来の再会になる。感動の再会にはほど遠い。


「もしかしてナミ、何か俺たちに依頼があるのか? だが悪いけどな、いくら知り合いとはいえ依頼料は少ししかまけられないぞ」

 少しはまけてくれるんだ。とナミは控えめな声で呟き、

「まあそうとも言えるし違うとも言えるかなー。ねね、とにかく上がっていい?」

 別にいいけど、と俺たちはナミを自宅に招き入れた。


 ナミは何やら物珍しそうに家の中を観察し始めた。この辺りの家はレンガ造りが多いので、こういった日本家屋は珍しいのかもしれない。明らかにこの街の雰囲気とミスマッチしてるしな。

「なんだか随分と古い家。何か出そうな雰囲気がプンプンしてる」

「ああ、幽霊が出るらしいぞ。失礼なこと言うと祟られるかもな」

「幽霊!? ひえええ! ふ、古いけど趣があっていい家ね! 素敵な家だなあ!」

「残念だったな。今さら褒めてももう遅い」

「そんな~」

 ナミは早速呪われたかのように項垂れた。ナミのやつ、幽霊を信じているとは純粋なやつだな。


 セリカに急かされ、俺は客間にナミを案内した。

 セリカは我が家の庭にたくさん生えているカメムシ草で淹れたお茶をナミに提供していた。

 このカメムシ草、我が家の庭にたくさん生えていて、普通に嗅ぐと鼻がひん曲がりそうなほど臭く、そこにあるだけで臭いが漂ってくるような非常に迷惑な草なのだが、焦がすように炒めてお湯に入れるといい味のお茶になるんだ。俺はもう何杯飲んだかわからないくらい飲んじまったよ。


 そんなお茶をすすりつつ、俺はナミに話を促した。

「用事ってほどのものでもないの。あたしはカイトさんの家の前にあの看板があるのを見て挨拶に来ただけよ」

「なんだ、それだけか。期待して損した」

「悪かったわね、期待させて」

「まあ別にいいけどさ、暇だったし。それより、どうしてここが俺の家って知ってるんだ」

「あ、え、えっと、それは……」

 ……なんだ? 何やらナミの目が泳ぎだしたぞ。さては、何か人には言えないことをやらかしたか?


 するとナミは自らの罪を告白するように、

「実はあたし、以前、二人のことをストーカーしたの」

 おいおい、唐突に何の告白だよ。


「ナンパされていたところを助けてもらったその前の日、あたしは魔法使用可能区域で二人を目撃して、あの超強力な魔法を目の当たりにした。あたしはおったまげたわ。未だかつて、あれほど強大な魔法を見たことなんてなかったもの。そして気づけばあたしは二人の後を……」

「なるほどな。興味が湧いたってことか」

「そ。これだけすごい力を持ってるのに、これまで街で話題になったことすらなかったから、いったいどんな人たちなのかなーって」

「ふーん。まあその話はもういいや。で、もう一つの用事は? 何か頼みたいことがあるんだろ」

「もういいって、もう少し興味持ちなさいよ。ってかもういいの? 怒らないの?」

「怒るって何をだよ。別に俺たちには何の被害も出てないんだから怒る必要なんて一ミリも存在しないだろ。それともあれか、ナミは怒られるのが好きなのか? それなら渋々怒ってやってもいいが――」

「い、いや、怒られるのは好きじゃないけど」

 それならその話はこれでおしまい、と俺はセリカが出してくれたお茶を飲み干した。


 そして次の話題へ。

「実はあたし、花畑の管理人をしてるの」

「へえ、初耳だな。花畑なんてこの辺りにあったっけ?」

 するとセリカがおかわりのお茶を運びつつ、

「あの魔法を練習した場所の先をさらに行くと自然公園があります。そこには綺麗な花がたくさん咲いていますよ」

「ふーん、花畑か……」

 関係ないが、セリカには花がよく似合いそうだ。世話になっている礼として、いつか上げるのもいいかもしれないな。


 で、その花畑がどうかしたのかと尋ねると、

「実は最近、花が盗まれることが多くて困ってるの」

 泥棒か。厄介そうだな。

「つまりナミは、俺たちにその泥棒をどうにかしてほしい、と」

 そういうこと。とナミは頷いた。


 それなら早速その花畑を見に行こうという話になり、俺たちはすぐさま自然公園へと足を運ぶことにした。

 この間にお客が来るとまずいので、玄関には『本日お休み』と張り紙をしておいた。オープン初日が定休日とか斬新すぎるだろ。

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