第8話 ナンパ

 続いて俺たちは、この街一番の大通りという場所にやってきた。セリカ曰く、ここは多くの店が立ち並び、常に人でごった返しているらしい。ここに来れば、暮らしに必要な大抵のものは揃うとか。

 そういや家に必要なものも買わないとな。そうだな……特にベッドとか。昨日はセリカが用意してくれた布団で寝たが、日本ではベッドで寝ていたせいかなかなかに寝づらかったんだ。


 馴染みの寝具に思いを馳せているとセリカに服を引っ張られ、

「カイトさんカイトさん。獣人がいました。おっと、あまり見ないでくださいね。獣人には気性が荒い人が多いので。喧嘩になったらカイトさんに勝ち目はありません」

 まるで俺以外の人間なら勝てるみたいな言い方やめろ。


 チラッと見てみると、そこには確かにいた。

 体格が良く、顔は明らかに人間のそれとは違っている人種が二人。


「まあさすがにこんな真昼間から絡んでくるような輩もいないでしょうけど」

「そうだな。面倒にはなりたくないし、あまり見ないようにするよ」

 と宣言したまではよかったものの、不意に何やら聞きなれない声がして、嫌な予感がしつつも見てみると、

「おいおい嬢ちゃんよお、かわいい顔してるじゃねえか。ちょっと俺たちと遊んでいこうぜい」

 あの獣人たち、言ってるそばからナンパしてんだけど。


「やめて! 離してください!」

 絡まれている女性は見たところ猫耳などの生えていない普通の人間のようだ。

「いいじゃねえかよ~ヒック。遊んでいこうぜ~い」

 しかもどうやら獣人たちは酔っぱらっているらしい。ったく、人に迷惑を掛けるなら飲むなよな。


「おいセリカ、どうしたらいい。助けるか?」

 俺はセリカならどうにかしてくれると思い助言を求めた。だが。

「放っておきましょう。これだけの人がいますし、すぐに誰かが止めるでしょう」

 それでいいのかよ。

 まあセリカがいいって言うならいいのだろう。セリカの言う通り、周りに人も多いしな。きっと誰かが助けてくれるさ。

 見捨てるみたい――というかまさに見捨てているわけだが、すまんな、見知らぬ少女よ、許しておくれ。


「助けてください!」

「うわっ」

 突然背後から右手を引っ張られてバランスを崩しそうになった。見ると、ナンパされていたはずの少女が俺の腕を掴んでいた。


「おう兄ちゃん、俺たちの邪魔するってのか~? ヒック」

「痛い目見ても知らねえぞ~?」


 少女は俺の背後に隠れている。まさかこういう形で獣人たちと関わり合いになってしまうことになるとは思いもしなかった。


 さてどうする。「俺は無関係です」とアピールするか? だがそれじゃあ結局少女を見捨てることになってしまう。それなら「こっちは何も危害を加えるつもりはないですよ」とアピールするのが得策か……?

「ま、まあまあ、落ち着いて。この子も嫌がってますし」

「ああん? 誰が嫌がってるってんだあ?」

 腕を掴まれた。

 振りほどこうとしてもほどけない。いくら俺がムキムキマッチョマンじゃないとはいえビクともしない。獣人ってこんなに力が強いのか?


 すると、騒ぎの元凶――俺の背後に隠れていた小柄な少女が小さな声で、

「何してるんですか! あのすごい魔法で追っ払ってよ! あたし見てたんですから! あなたがものすごい魔法を出してるところ!」

 この子、もしやあの場所に……?

「見てたって、あの場所にいたのか? だったらわかるだろ。ここであんな威力でぶっ放したら大惨事だってことくらい!」

「誰が全力でやれって言ったんですか! 加減すればいいでしょう!」

「できたら苦労しねえよ!」

「何をボソボソ喋ってんだあ!? てめえはとっととどっか行きやがれてんだ!」

 あ、殴られる。

 咄嗟にそう思い、目が勝手に閉じようとした瞬間――。


 薄目で見えた。

 セリカの強烈な蹴りが、獣人たちを吹き飛ばしているのを――。




 未だかつてない光景だった。

 見た目がメイドの女が、自らより一回りも二回りも大きな相手を吹き飛ばしている。

 アニメや漫画では見たことある光景も、いざ当事者となってみればその違和感は切り捨てられない。セリカのやつ、いったい何をどうしたらここまで強くなったんだ?


 吹き飛ばされた獣人たちは地面に這いつくばっている。吹き飛ばした本人はいつもの氷のような瞳で何事もなかったかのように無表情で横たわる二人を眺めていた。


「まだ何かありますか。何かあるなら私がお話を聞きますが」

「な、何もありませんー!」

 横たわっていた二人は一瞬で起き上がり、一目散に逃げだした。

 それほどまでに圧倒的だったのだろう。蹴られた瞬間、二メートル近く吹っ飛んでたからな。きっと酔いも冷めたことだろう。


「さ、行きましょうか」

 何事もなかったように去っていくセリカ。俺とナンパされていた少女を含め、周りの聴衆はその背中が見えなくなるまでただただ見つめていた。

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