第6話 魔法
自分の持っているという力に疑問を抱きつつ、俺はセリカに連れられて三方を囲まれた大きな広場のような場所にやってきた。
周りに人は僅かしかいない。セリカが言うに、ここなら少しくらい強い魔法を使っても大丈夫だそうだ。
「ではカイトさん。早速ですが、あなたの実力を見せてください」
いや、見せてくださいって言われても、そもそも見せ方がわからないんだが。
「では、まずは私が見本を見せます。いいですか、よく見ていてくださいね。見ないとその目を潰しますからね」
そう言うとセリカは、手のひらを開いたまま右手を前に突き出した。
何をしているんだろう、と少し離れた所からその様子を眺める。
すると突然。
「ひっ、ひひ、火! 火だ!」
セリカの右の手のひらからは火炎放射器のように炎が噴き出している。
思わず一歩下がり、俺はセリカに問いかけた。
「おい、熱くないのか!? 平気なのか!?」
返事はない。
俺はまるで金縛りにあったようにその光景に釘付けだった。
すると次第に炎は弱くなり、仕舞いには火が消えた。そしてそこには最初からそれ以外何もなかったかのように、セリカだけが立っていた。
俺は行き場を失ったダンゴムシのように狼狽えた。そんな俺にセリカは何もなかったかのように言い放つ。
「わかりましたか。このように手を前に突き出して――って、どうしたんですか、口をバカみたいに広げて。オオグイゴミムシの真似ですか」
オオグイゴミムシが何かは知らんが、こんなのを見せられたら誰だってこうなるに決まってるだろ。
ところが、周りの反応は俺の想像していたものとは違っていた。
セリカがあんなことをしたにもかかわらず、周りの人間は無反応だった。これくらい当然、とでも言わんばかりに。
「この世界では誰しも魔法が使えます――その強弱はありますが。さあ、次はカイトさんの番です」
「いや待て待て待て! 見せてもらったのはいいけど、見よう見まねでできるもんじゃないだろ!」
「大丈夫です。心の中で『出ろ!』と念じれば出ます」
何その適当な魔法。危険極まりなくない?
「よければ何か呼び名を付けてみればいかがでしょうか。気合入りますよ。『漆黒の大火炎』とかいかがですか。それとも『業火の炎龍』とか――」
「いい、やめておく」
「ちなみに私は『獄炎の――』」
「言わなくていいって! 恥ずかしいから!」
試しに俺は言われた通り、右手を前に突き出して、心の中で『出ろ!』と念じてみることにした。
出ろ!
出なかった。
「全然出ないんだけど」
「あ、今やったんですか? 気づきませんでした」
悪かったな下手クソで。
「おそらくですが、心のどこかで『出るわけない』と思い込んでるのが原因かと思われます。もっと自分に自信を持ちましょう。『俺ならできる。このクソメイドができるんだから俺でもできるに違いない!』って」
クソメイドだなんて思ってないんだがな。変なやつだとは思ってるけど。
「とにかく、もう一度言われた通りにやってみてください。まずは自分を信じるところからです」
「わかったよ。こうなりゃ絶対出してやるからな」
俺は心の中でゲシュタルト崩壊しそうなほど「できる、やれる」と繰り返した。
そうさ、俺ならできる、俺ならやれる。この変なメイドができるんだから俺でもできるに違いない! そうさ、できるんだ!
右手を突き出し、集中。
そして心の中で呟いた。
出ろ。
その瞬間――。
大津波のような巨大な炎が、全てを燃やし尽くそうという物凄い勢いで、前方へと突き進んでいった――。
辺りに人がいなくて本当によかった。
もし俺の正面――直線で二十五メートル付近までに人がいたら焼け焦げて灰になっていたに違いない。
「あ、あわ、はわわわ」
ドスン、と俺は情けない声を上げながら尻もちを付いた。
まさかあれほどの巨大な炎が、よもや自分の体から生み出せるとはいなかったからだ。
「ど、どど、どうだったんだ、セリカ。今の炎の威力は」
まだ多少は混乱したまま、俺はセリカに尋ねた。
だが反応がない。見てみるとセリカの目は虚ろだった。
「あ……ああ……」
こんな状態だった。
ボケた爺さんのようになってしまったセリカを揺さぶり意識を取り戻すと、
「あ、カイトさん……」
「気づいたか。で、俺の魔法はどうだったんだ」
するとセリカは今まで見せたことのないようなテンションで、
「カイトさん、あなた、ほんとにすごいです……めちゃくちゃすごいですよ!」
「すごいのか、それはよかったよ。やってみた甲斐があるってもんだ」
すると、何かヤバい薬でも使ってしまったんじゃないかと疑ってしまうぐらいにさらに興奮した様子で、
「すごいなんてもんじゃないですよ! カイトさん! あなた何者ですか! 化け物ですか! 化け物じゃないとしたら何なんですか!」
褒められてるのか貶されてるのかわからないが、その興奮具合から察するにどうやら褒めてくれてはいるようだ。
「あれほどの威力の魔法、私は未だかつて見たことがありません! よければもう一度やっていただけませんか!?」
初めて目の前で手品を見た小学生のような初々しいリアクションを俺に向けてきた。
「そうしてやりたいのは山々だが、悪いけどもう無理だ。魔法を使ったからか、なんだか疲労感が半端ない」
そう言うと、セリカは何かを察したようで、
「魔法を使うのにも力を使いますからね。きっとカイトさんはあれほどの強力な魔法を連続で出し続けたので、体力を使い切ってしまったのでしょう」
俺は魔法を三十秒ほど出し続けていた。というより、ただ止め方がわからなかっただけなのだが。
「先に聞いておくべきだったな。どうやって止めればよかったんだ?」
「心の中で念じれば止まります。『はい終わり』って感じで。私の知り合いには違うことを考えたりするって人もいました」
「そうなのか、結構適当だな。でもさっき、ちゃんと『止まれ』って念じたんだが」
まあ止められなかったということは、できていなかったのだろう。これは次回への課題だな。
「ところでセリカ。あの目の前の焦げ跡。見てくれないか」
現在の俺の立ち位置から二十五メートルほど先にある巨大なそそり立つ壁――そこにはびっしりと立派な焦げ跡が付いてしまっていた。どうやら炎の威力が強すぎて壁が焦げてしまったらしい。
「ええ、これまた見事な焦げ跡です。縦横それぞれ十メートルはありそうですね。これだけ見ても、いかに強大な魔法だったのかがよくわかります。見てくださいこの壁。カイトさんが付けた以外の焦げ跡は一つもありません。それくらい丈夫な壁をこれだけ広い範囲で焦がしたんです。これはとんでもないことです!」
セリカのマシンガントークが炸裂した。
こいつ、興奮すると饒舌になるタイプの人間か。
「いやそうじゃなくてだな。褒めてくれるのはありがたいけど、この修理費どうするんだよ。俺、金持ってないぞ」
「大丈夫です。ここは自由に魔法を使っていい場所なので。修理費も請求されません。多分」
多分っつったな今。
「ですが、今後いつそのような事態になってしまうかわかりません。お金の入手手段は確立しておいたほうがいいでしょう」
「どうすりゃいい?」
「ふふ、いい考えがあります」
セリカは不敵に笑った。なんだろう。嫌な予感しかしない。
「おっと。ひとまず今は素敵な自宅に戻りましょう。野次馬が増えてきました」
言われて周囲を見てみると、いつの間にか多くの人が集まっていた。どうやら俺が付けた焦げ跡を見て、誰の仕業が話し合っているらしい。そんな犯人探しみたいなことをしないでくれ。怖いじゃないか。
自宅という名の幽霊ハウスに逃げ帰ってきた俺は一つ、セリカに聞いておきたいことがあった。それは焦げ跡について尋ねた俺にセリカが言った「ここは自由に魔法を使っていい場所」という言葉の意味――その言葉はつまり、裏を返せば、「魔法はここでしか自由に使ってはいけない」という意味にならないだろうか。
「惜しいです。『ここでしか』ではありません。自宅などでも使うことは許可されています。そもそも禁止してもわからないですし」
「それはそうかもな。でも使っちゃダメな場所があるのはどうしてだ?」
「カイトさん。あなたの脳はゴミゴキブリ以下ですか。少しは考えてください」
こりゃまた随分と強烈な名前をしている生き物もいたもんだな。
「いいですか。もし仮にカイトさんが先ほどの魔法を住宅街でやっていたらどうなっていましたか?」
「……全焼」
一家ではない。住宅街全体が、だ。
「そうです。もしそうなったらどうですか。もう想像つきますよね」
「はい、申し訳ありません」
もし仮に俺がここで魔法を使っていたら――考えただけでも恐ろしい。セリカの言うことは今後もきちんと聞いていかないとな。
「わかってくれればいいんです。――さて、お風呂が沸いています。よければお先にどうぞ」
と一番風呂を勧められたので、俺は遠慮なくいただくことにした。
にしても……。
「まさか、今どき五右衛門風呂とはねえ……」
今どきの若い子たちは五右衛門風呂なんて知らないんじゃないか? 俺ですら現物を見たのは今日が初めてだ。まあ俺はまだ高校生だから当然っちゃあ当然なんだけど。
湯船に浸かり、今日の出来事を思い返す。
「にしても、俺にそんな力がねえ……」
未だに信じられなかった。あんな巨大な炎、よく出せたよな。自分でもビックリだぜ。
そういえばさっきは炎だったが、他のものも出せるのか気になるな。例えば水とか雷。あとは風なんかも渋くてカッコいいな。他に何かいい属性はないだろうか……?
……まあ焦る必要はない。別にどれか一つしか使っちゃいけないなんて決まりはないんだからな。使いたい時に使いたい魔法を使う。それでいいじゃん。完璧な作戦だぜ。
俺は人知れず、湯船の中でほくそ笑んだ。
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