第5話 膝枕

 換気を終え、全ての掃除を終えた俺は畳の上に仰向けで大の字なっていた。

 下から見ているからか、さっきまで部屋のそこら中を舞っていた埃も心なしか減っているような気がする。


「無事に終えましたね、カイトさん」

 セリカは畳の上に正座をしている。畳の上にメイド服で正座って、改めて思うが、無茶苦茶な組み合わせだな。だがそれがいい。そのミスマッチな感じがなんともたまらない。


「ああ、お疲れさま。掃除なんていっつも母さんにやってもらってた……から……」

「……カイトさん?」


 そうさ、掃除はいつも母さんにやってもらってたんだ。

 もう会えない母さんに……。


「……」

「……どうされましたか」


 ったく、不意に家族のことを思い出すなんて、タイミングが悪すぎるな。

 そうだよ。俺はもう、父さんと母さんには会えないんだ。それを今さら悔やんでもどうしようもないじゃないか……。


 二人とも……俺が死んじまってどう思ったんだろう。ちゃんと悲しんでくれたのかな。……そうだといいな。はは。


「涙が――」

「え……?」


 気づけば俺は涙を浮かべていた。


 まずいまずい。どうやら今になって死んだことを実感しちまったらしい。恥ずかしいところを見られちまった。


 俺はそれをすぐに拭い取り、

「……気にしないでくれ。つい母さんたちのことを思い出しちゃっただけだから」

「お母様を……?」

「ああ。もう会えないんだなって思っちまってさ。はは、情けないよな」

 思わずしんみりしてしまった。セリカのやつ、突然こんな話をされても困るだろうな。少なくとも俺は出会ったばかりの人間にこんな話をされても正直困る。めちゃくちゃ困る。


 だがセリカは俺は何を思ったのか、正座のまま俺の近くににじり寄り、

「ここに頭を乗せてください」

「え? ちょ――」

 強引に頭を持ち上げられ、乗せられた場所――そこはセリカの膝だった。


 メイド服越しに伝わるセリカの温もり――を感じる間もなく、驚いた俺は思わず膝から頭をどかしていた。

「ちょいおいおいおいおい! 待て待て待て! いきなりどうしたんだよ!」

「もう大丈夫なのですか?」

「だ、大丈夫ってこっちのセリフだよ! 急にどうしたんだよ!」

「寂しそうに見えたので……出過ぎた真似をして申し訳ありません」

「さ、寂しそう……?」

 寂しそうに見えたのか……?

 寂しそうな俺を見て、膝枕をしてくれようと……?

 だとしたら、なんというか申し訳ない――というかセリカのやつ、もしかして、意外に空気を読めるやつなのか?


 失礼しました、と部屋から出ていこうとするセリカ。俺はそれを呼び止めた。

「謝らなくていいよ、セリカ。驚いたけど、おかげで元気になった。ありがとう」

「……そうですか、それならよかったです」

 セリカは小さく笑ってそう言うと部屋から出ていった。

 その笑顔はとても可愛らしかった。




 セリカが出ていってから少しの間、俺はボケーっと黄昏ていた。何について考えていたかと言うと――そりゃあもちろん、セリカの膝枕についてに決まっている。

 ああ……なんてもったいないことをしたんだ俺は、ほんの一瞬だったとはいえ、女の子に膝枕をされたことなんて初めてだったのに……。ああもったいない! 時間よ戻れ!

 だが時の流れは無情だ。時間は常に一方へ流れ続けている。だからこそ、二分前の俺に言ってやりたい。「どうしてもっと堪能しなかった!」ってな。

 こんな機会、もう二度とないかもしれないんだぞ。その機会を自ら不意にするなんて俺はなんて大バカ野郎なんだ! 親の顔が見てみたいぜ!


 なんて、決して親には言えそうもない不埒なことを考えていると、出ていったはずのセリカがいつの間にか戻ってきていた。


「カイトさん、どうかしましたか」

 俺は平然を装って、

「い、いや、なんでもないぞ。そっちこそどうしたんだ?」

 危ないところだった。膝枕のことを考えていたなんてバレたらどんな顔をされるか……。


「今日の食事の調達と、カイトさん――あなたの実力を見せてもらおうと思いまして」

「俺の……実力? あっ!」

 そうだった。

 いろいろあったせいで、すっかり忘れてしまっていた。あの天使が言ってたじゃないか! 俺にはすげえ力が眠っているって! どうしてそんな大事なこと、今まで忘れていたんだ! そのすげえ力を試してみるのが何よりも最優先だろ!

 つっても、俺は魔法の出し方なんて一ミリも知らないわけなんだけど。


「カイトさんの力はとんでもないと聞いております。ここでは危ないので、広い場所に行きましょう」

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