第4話 新居
「ここがカイトさんの新しい住まいです」
ゴミトカゲを食べ終えたセリカに案内されてようやく到着した場所――そこは誰がどう見てもバリバリの日本家屋だった。
「えっと、俺は赤レンガを期待してたんだけど……?」
「赤レンガですか? 私は一言もそのようなことを言っていませんが……」
「いや言ってないけどね!? でも俺が赤レンガを褒めた時、『きっと気に入ると思います』って言ったよね!?」
「日本家屋を気に入るという意味ですよ」
「日本家屋の話なんて一度もしてなかったじゃん! ったく、期待させんなよー」
「ふふん、騙されるほうが悪いんです」
いいやその理屈はおかしい。俺はそんな屁理屈に騙されんぞ。
それにしても、周りはレンガなのにどうしてここだけ木造なんだ。まるで俺のために用意したと言わんばかりの家じゃないか。そんな親切心、俺には不要だ。
「まあまあ、とにかく入りましょう。意外と住みやすいかもしれないじゃないですか。少なくとも外で寝るよりマシでしょう」
外と屋内と比べんな。
……だが、まあそれもそうだな。ぶっちゃけレンガハウスに住んでも三日もすりゃあ飽きるだろうし。それなら最初から日本家屋でも構わない。住処を用意してくれてるだけありがたいと思わないとな。人間、感謝の気持ちを忘れたらおしまいだ。
「何をボソボソ言ってるんですか、行きますよ」
セリカに促され、俺はどこか見慣れた扉の前に到着した。
何千年も封印され続けたミイラの棺を開けるような気分だった。
早く開けて確かめたいのに中を見るのが怖い――今の俺はまさにそんな気分だ。だがセリカはそんな想いは微塵もないらしく、テキパキと開錠してドアを開けてしまった。
室内に光が入り込む。それと同時に俺の視界は埃が宙を舞っているのを捉えてしまい、一つ嫌なことを思い出した。
「俺、埃アレルギーなんだよな。すぐクシャミが出るんだ」
「はあ、そうですか。掃除をしないといけませんね」
そう言うとセリカは猫のように図々しく、けれどもお淑やかに室内へと入って行った。
「日本家屋にメイドか……意外と有りかもな」
あまりに不釣り合いなものでも、それが度を越していれば意外にもしっくりくることがあると、どこかで見たことあるようなないような気がする。今のセリカはまさにその状態を具現化した存在ってわけだ。
「どうしたんですか、早く来てください」
セリカに呼ばれ、俺はこれから住むことになるであろう新居へと慎重に足を踏み入れた。
前の住人が自殺したというから室内は荒れ果てているのかと思いきや、意外にも中は綺麗だった。
とは言っても家具などは処分されたのか何も残っておらず、ほぼ裸同然の状態だったわけだが。
「カイトさん、こちらに来てください!」
何やら焦っているようなセリカに呼ばれ、俺はリビングと思しき部屋へとやってきた。
するとセリカは何やら上の梁を見上げ、
「前の住人はここにロープを括り付けて、首を吊ったようです」
「余計な情報いらねえよ! 入りづらくなるだろうが!」
「安心してください、嘘です」
嘘なのかよ。もうセリカの言うことは信じないようにしよう。
「でも逆に考えてみてください。仮にこの部屋で自殺していたとすると、この部屋以外では自殺していないということになります」
だから暮らしやすいってか? やかましいわ。
俺はセリカのことは放っておいて、他の室内も見て回った。外から見てわかってはいたが、この家には二階もあった。だが二階だから埃が少ないということもなく、他の部屋と同様、やはり唯一気になるのは埃だけという結論に至った。
「おいセリカ、掃除をするぞ。今すぐにだ」
「ええ……」
「ええ、じゃない。メイドの恰好してるくせに露骨に嫌そうな顔すんな。掃除くらいお手の物だろう。ほら、さっさとやって終わらせよう。雑巾はどこだ。この家に雑巾はないのか」
「雑巾でしたらこちらを」
そう言うとセリカはメイド服のどこからか雑巾のような布を取り出した。未来の猫型ロボットみたいなやつだな。
……勘違いしてはいけないのは、その布は牛乳の臭いが漂ってきそうな薄汚れた雑巾ではない。顔だって拭けそうな、至って綺麗な状態だ。
「やるならさっさとやってしまいましょう。カイトさんは二階をお願いします。ほら、さっさとしますよ」
掃除は意外にもあっさり終わった。というのもセリカの掃除スピードが俺の三倍近くのスピードで、次から次へと掃除を終わらせていたからだ。いやあ、さすがメイドと言うべきか、それとも俺が遅いのか――どちらにせよ、掃除が終わったことには違いない。俺たちは少し休憩することにした。ちなみに言っておくと、幽霊などは出てこなかった。
「それじゃあしばらくの間、窓を開けて家中を換気しよう」
「わーいわーい」
「換気な。歓喜じゃない。しょうもないボケを挟んだバツとしてセリカ、お前が窓を開けてこい」
「えー! なんでですか! 鬼ですか! 悪魔ですか! ゴミトカゲ!」
ゴミトカゲなんて言われてのは初めてだ。だが少なくとも悪口であるということは伝わってきた。
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