第3話 出会い
沈んでいた意識が徐々に回復し、俺の脳が最初に認識したのは呼吸のしづらさだった。
「……んがっ」
鼻で呼吸ができない。どうやら鼻をつままれているらしい。
「おや、起きましたか」
鼻から手が離れていくのがわかった。どうやら鼻をつまんでいたのはこの声の主のようだ。
俺は眩しさに手で影を作りながら重い瞼を開くと、その視線の先にいたのは見知らぬ女の子だった。
「君は……?」
目の前の少女に尋ねた。
「私が噂の案内役です。セリカと呼んでください」
少女は名をセリカと名乗った。じとーっとした瞳が特徴的な、とても可愛らしい顔をした女の子だ。肩までありそうな髪の毛をサイドで結んでいる。服装は……なぜだかメイド服だった。
「ん、ああわかった、セリカさん」
「さんはいらないです」
「……わかった」
初対面の子をいきなり呼び捨てにするのはどうにも抵抗がある――などと考えながら、俺はまだ半分眠っている体を起こし、辺りを見渡した。すると、どうやらここは草原のようだった。
「ここは草原か?」
「はい。危険な野生動物が多く生息している危険な場所ですよ」
……なんでそんな場所に放り出されてるんだよ。あの天使野郎、もっとちゃんとした場所に送り込んでくれよ。
「安心してください。何度か襲われそうになりましたが、ちゃんと追い払いましたから」
「それって、キミがいなかったら俺は死んでたってこと?」
「そうですね。ちなみにちょっとだけ頭を噛まれてましたよ」
「大丈夫なのそれ!?」
念のため俺は頭を触って確かめてみた。……どうやらどこにも歯型は付いていないようだ。
「ケガはないみたいだ」
「はい。私のおかげです。もっと感謝してくれてもいいんですよ」
「ああ、ありがとうなセリカ」
俺は一応、命の恩人と思しき相手に礼を言っておいた。
「……もっと」
ん?
「もっと」
「もっと?」
「もっと」
「……ありがとう?」
「もういっちょ」
「ありがとう」
「もう一声」
「意外としつこいなお前!?」
「ふふふ、引いて駄目なら押してみろ、です」
それ逆だろ……ってかいつ引いたんだよ。最初からグイグイ来てたじゃん。
「さあ、いつまで遊んでるんですか。早く行きますよ」
「遊んでたのはお前だよ」
このセリカとかいう女、てっきり見た目から判断してお淑やかな少女かと思いきや、どうやらそんな要素一ミリも持ち合わせていないに違いない。どちらかと言えばお淑やかとは正反対のじゃじゃ馬のようにも見える。
「で、俺はこれからどこに連れて行かれるんだ」
「はい。今から行くのはあなたの家です。こちらで用意しておきました」
「へえ、気が利くじゃん」
一体どんな家なんだろう。期待してもいいのだろうか。
「期待していいですよ。都合良く部屋で自殺した人がいて、買い取り手が見つからなかった物件なので」
事故物件じゃん。俺そこに住むのかよ。ってか都合良くとか言うな。
「ちなみに幽霊も出ます」
余計ダメだよそれ。
思わず「何の期待もできそうにないな」と呟き、幸先が不安になりつつも、他に頼れる人もいないので仕方なく俺はセリカの後をついて行った。
セリカに案内され、俺は西洋風な家が立ち並ぶ街『ソラン』とやらに到着した。セリカが言うにはこの街に俺の自宅兼幽霊屋敷があるらしい。
「いかがですかカイトさん、この街の雰囲気は」
「華やかだし綺麗でいいと思うぞ。赤レンガの家ってオシャレでいいよな。俺も住んでみたいぜ」
「そうですか。それならカイトさんの家もきっと気に入ると思います」
一瞬喜びが湧きかけたが、冷静に考えれば俺が住むのは幽霊屋敷なんだろ? 喜んでいいのかわかんねえよ、ったく。
セリカの小さい歩幅に合わせてゆっくりと街中を歩いていると、唐突にこんなことを言い出した。
「カイトさん。この街の名物を食べていきませんか」
そんなことを言われた俺は、初めて自分の腹が空いていることに気がついた。
「名物って?」
「ゴミトカゲの肝臓です。ゲテモノファンの間では有名なんです」
「なんだよそれ。絶対いらねえ」
俺は無視して歩き出した。
ったく、ゴミトカゲの肝臓とかいうパワーワードを聞いただけで空腹もどこか行っちまったぜ。買う人いるのかよそんなもの。
「ちょっと待ってください。それなら私だけ食べてきますから、ここで待っててください」
「セリカは食べるの!? っておーい」
本当に行ってしまった。俺はてっきり、またセリカが適当に嘘を吐いてると思ったんだが……大体ゴミトカゲってなんだよ。せめてもう少し食欲の湧く名前にしろ。
数分後、遠くからメイド姿の女が戻ってきた。その右手には串に刺さった黒い塊があった。どうやらこれがゴミトカゲの肝臓らしい。焼かれているのか、香ばしい匂いが鼻先を刺激してくる。焼き鳥みたいでおいしそう、とちょっとだけ思ってしまったのは内緒だぞ。
「う~ん! この生臭さが癖になります!」
食べないでよかった、そう思い込むことにしよう。
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