第2話 天使

「短い人生お疲れさまでした。あなたには二つの選択肢があります。このまま別の世界で暮らしてもらうか、このまま消滅するか、です」

 ……唐突になんだこれ。


 目の前には一人の人間――いや、天使がいた。

 どうして天使だと思ったかと言うと、その容姿には心当たりがあった。金髪、ワンピースのような白い服、背中には翼、頭の上には輪っか――目の前の天使は、日本人なら誰もが思い浮かべそうな『ザ・天使』とでも言わんばかりの見た目をしていたからだ。


「私が不思議ですか? 私はいわゆる天使です。ですがこの見た目は死者が我々のことを天使と認識しやすい姿になっているので本来の姿はこれではございません」

「……はあ、そうですか」

 何か説明してくれたようだが、まるで頭に入っていなかった。

 俺の腕を掴み上げていたあの女はどこ行った? そもそもここどこだ? なんか怖いんだけど?


「で、考えは決まりましたか?」

「何が?」

「話を聞いてなかったんですか? いいですか、もう一度言いますからきちんと聞いてくださいね。えー、あなたには二つの選択肢があります。このまま別の世界で暮らしてもらうか、このまま消滅するか、です」

 もう一度言われてもいまいち意味がわからなかった。別の世界? 消滅? なんだこれ。


「質問します。別の世界ってのはなんですか」

「質問を許可します。……えーっとですね、あなたの体内にはとてつもない力が宿っています。ですが地球ではそれを生かすことができませんでした。つまり、別の世界とはその力を生かせる世界のことです」

 俺の体内に……とてつもない力? 何の話だ? 他の誰かと勘違いしてないか?

「勘違いではありません。あなたはすごい力を持っているんです。ですがそれは先天的なものではありません」

 つまり生きている途中で身に着けたと?

「そうです。これほどの力は未だかつて見たことがありません」


 ……よくわからないがすごいことらしい。俺は自分でよくわかってないのに、なんだか少しだけ誇らしくなった。


「それじゃあもう一つの質問。消滅ってのはどういう意味だ。まさかそのままの意味で消えてなくなるってわけじゃないだろうな」

「そのままの意味です。あなたの意識は完全に消滅します」

 ……これを聞いて消滅を選ぶやついるのかよってくらい衝撃的な内容なんですけど。


「つまりあなたには違う世界に旅立ってもらうか、ここで短い生涯を終えるか。その選択をしてもらいたいのです。さあ、どうしますか」

「……いや元の日本に帰してくれよ」

「それはできません。あなたはもう死亡していますから」




 ……はい?

 今、こいつなんつった? 何やら聞き捨てならないことを言っていた気がするんだが……。

「あなたは先ほど死亡しました」

 ……いやいや、おかしいでしょ。なんでだよ。

「あなたはヴァンパイアに血を吸われて死亡しました。ですが血を吸われたことが直接的な原因ではありません」

「もったいぶらないでさっさと教えてくれよ」

「あなたは過去に一度、あのヴァンパイアに血を吸われています。その時にあなたの体内に抗体が作られました。そして今日、あなたは再びヴァンパイアに襲われました。その際にあなたの免疫が過剰に反応してしまったのです」

 ……なんかどこかで聞いたような死因なんだけど。

「……つまりあれか。スズメバチに二度刺されると死ぬっていうあれか」

 天使は頷いた。

「そうです。あなたはアレルギー反応を起こしました。それで呼吸困難になったのです」


 なるほどなあ。まさかそんな理由で死ぬとは驚きだなあ。

 ……。

 いやふざけんなよあの女! マジで許さねえ! よりによって二度も吸いに来るんじゃねえよ!

 だいたいどうして日本にヴァンパイアがいるんだよ! ヴァンパイアって架空の生き物じゃねえのかよ! ネッシーみたいに誰かがでっち上げたものなんじゃねえのかよ!

 なんだよヴァンパイアに吸血されてアレルギーで死亡って! アホかよ!


「ヴァンパイアが吸血する際には口から麻酔が出ますからね。寝てしまったせいで余計に呼吸ができなくなってしまったのでしょう」

 冷静に解説してんじゃねえ。


「落ち着いてください。だからこそあなたには別の世界で生きていく選択肢があるんです――って、その様子だと別の世界で生きていくってことでよさそうですね」

 勝手に決めんな。

「私に八つ当たりされても困ります。私はあなたに起きた事実をお伝えしているだけなのですから」

 んなことわかってるさ。

 でもだからってそんな簡単に自分の死を受け入れられるかよ……!

 クソッ! 本当にもうどうしようもないことなのか!?


「なあ、天使さんよ。どうしてヴァンパイアはもう一度俺の血を吸いに来たんだ?」

「血にも相性があります。おそらくいろいろな血を飲み比べて、一番力が強いと感じたのでしょう」

 なるほどな。となると、一度吸われてしまった時点でこの未来は確定していたのかもしれないってことか。はあ、俺もつくづく運のない男だな……。


「……もう一度確認する。本当に俺は死んだのか」

「はい、それはもう覆りようのない事実です」

 目の前の天使は淡々と言った。

 思わず頭を抱えそうになる。すると天使は何かとても重要なことを思い出したかのような表情で、

「あなたが転移する先の世界についてお話しするのを忘れていました」天使はやたらと目を輝かせて言った。「なんとその世界はあなたたちの言葉で言うと……いわゆる魔法が日常的に使われている世界なんです!」

 ……魔法?

「はい、魔法です。あなたは魔法を使う際に消費する魔力――簡単に言えばスタミナのようなものですが、その保有量が桁違いなのです。きっと訓練すればとんでもない魔術師になれるに違いありません!」

 天使はなぜか俺の代わりに胸を張っていた。


「マラソン大会でも後ろから数えたほうが早いくらいには体力のない俺がそんな力を持ってるのか?」

「体力と魔力の保有量は無関係です。それに、あなたの場合は過去に吸血されたことが原因で体内で魔力が増幅してしまった可能性があります」

 そうなのか。

「我々はそれをいつももったいないと思って観察していました。だって実力はあるのにそれを発揮する場がないんですもの。あなたたちの言葉で言う、宝の持ち腐れってやつです」

 宝、か……。俺の体の中に、本当にそんな宝みたいな力があるのだろうか。

 だがあるのなら確かめてみたい。俺がどれだけすごい力を持っているのか使ってみたい。


「……生まれ変われば、俺はすごい人間になれるのか?」

「生まれ変わりではありません。転生ではなく転移です。転生したら記憶をなくしてしまいます。そんなの嫌でしょう?」

 それは確かに嫌だ。どうせなら強くてニューゲームのほうがありがたい。


 俺は決心した。

「わかった。転移する」

 まあ消滅なんてしたくないし、最初から転移するとは決めてたんだけどな。

「でも、何も知らない場所にいきなり放り出されても困るぞ」

「それなら安心してください、担当の者が案内します」

 担当者がいるのか。それなら安心――なのか?


「私も無茶な要求をしたと思っています。なので最初はサポートしていくつもりでいるのでご安心ください」

 それは助かるな。無敵モードとかあればお願いしたいものだ。


「さあ、俺の用意はいいぞ。いつでも移動させてくれ」

 俺は目を閉じた。

「わかりました。それでは地球での短い生活、ご苦労様でした。これからは新しい世界で生きていくことになります。これからあなたが新たな地でどのように生きていくのか――それを決めるのはあなた自身です。どうか新しい暮らしが素敵なものとなりますように――」


 天使の声が徐々に遠くなる。

 俺は周囲が光に包まれていくのを感じながら意識を失った。

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