制御できない究極魔法

たぬきもどき

第1話 再会

 幼いころ、俺は吸血鬼に血を吸われたことがある。

 って小学生当時、友人たちに話したらものすごくバカにされたのでその記憶は忘却の彼方に封印していた。ほんの数秒前までは。




 それは友人たちと朝までオンラインゲームをするために、コンビニまで間食を買いに行こうとした時のことだった。

 暗い夜道を歩いていると不意にどこからか聞き覚えのある声が聞こえ、俺は足を止めた。


「ハロ~、久しぶりね。私のこと覚えてるかしら」

 目の前にはどこか見覚えのある美しい女性――黒い衣服を身に纏い、腰まである美しい銀髪が風で揺れている。眼光は鋭く、瞳は若干赤みがかっている。

 一度見たら忘れられそうにない特徴的なその容姿だが、俺は一向に思い出せなかった。

 いや、そもそも名前を知らないのかもしれない。あくまで顔の見覚えと、声を聞いたことがあるような気がする程度のものなのかもしれない。


 念のため、俺は後ろを振り向いた。

 もしかしたら俺じゃない背後の人物に声を掛けているかもしれない――そう思ったのだが誰もいない。どうやら俺に話しかけているということで間違いないらしい。


「アンタに言ってるのよ。なんとか言ったらどうなの?」

「……誰っすか」

 俺は正直にわからないと伝えた。

「あらひどいのね。昔あんなに仲良くしたじゃない」

「人違いじゃないですか。会った覚えないですし」


 理由はわからなかったが、俺はその場から早く去りたかった。

 何か嫌な予感。何か嫌な感覚。

 だが今にして思えばそれも当然だった。


 なぜなら俺は、ある意味この女のせいで友人たちにバカにされながら生きる羽目になってしまったのだから。


「これを見ても思い出せないかしら」

 そう言って女は笑った。

「……何で笑ってるんですか」

「違うわよ。歯を見なさい。思い出さないかしら」

「歯? ……あ」

 初めてビリビリグッズを使った時のような衝撃が全身を駆け巡った。


 その女の歯に、俺は見覚えがある。記憶の奥底に蓋をして、封印していた記憶――。

「思い出したようね。というわけで、再び血をもらいに来たわ」




 あれは今から七、八年ほど前だろうか。当時の俺はまだ小学校の低学年だった。


 ある日の放課後、友人たちと近所の公園でかくれんぼで遊んでいる際に、俺はこの女に声を掛けられたんだ。

「ねえ、血、吸ってもいい……?」

 唐突にそんなことを言ってきた女のことを子供ながらに不審に思ったのをよく覚えている。だが当時の俺は意味がわからなかったのか、それとも怖かったのか何も言えなかったんだ。


「……すぐ終わるから」

 女はそう言うとしゃがみ込み、人間には似つかわしくない鋭利な歯を一瞬見せたと思いきや、俺の首元に歯を突き立ててきた。

「痛っ」

 小学生の俺にはその痛みは強烈だった。女に噛まれた場所が注射のような激しい痛み放ったのだ。さすがの俺もやばいと思い、無理やり振りほどこうとするも意外にも女は力強く、まだ小学生の俺にはどうにもできなかった。

 すると次第に痛みは薄れ、少しの間、俺は成すがままにされていた。


 それから何秒――いや何分か経ったのかもしれない。いつしか俺は身体に力が入らなくなっており、女に身体を預けてしまっていた。女はそんな俺のことを優しく包んでくれた。

 そしていつしか寝てしまっていたのだろう――気づけば俺はオニに見つかっていて、さっきまでいたはずの女の姿も消えていた。


 ってのが俺とこの吸血鬼女との出会いなわけだが――にしても、いくら小学生だったとはいえ、当時の俺の危機意識の低さには驚きだな。これがもしも身代金目的の誘拐犯だったらって考えるとヒヤヒヤするぜ。


 ちなみに、女に血を吸われているところは目撃されていなかったが、俺が自分で言いふらしてしまったせいで友人たちにバカにされ続けたというのは別の話だ。




「どうやら思い出したようね。お久しぶりね、ぼうや」

「……ああ、ようやく思い出したよ。あの時とずいぶんと様子が違うじゃん」

「あの時は弱ってたのよ。一刻も早く血が必要だったの」

「そうなんだ。あの時のほうが可愛げがあってよかったのに」

「や、やや、やかましい!」

 なんだ急に。わかりやすいなあ。


「で、何の用? 血をもらいに来たって言ってたけど」

「そのまんまの意味よ」


 風が通り抜けるように一瞬だった。

 正面にいたはずの女は一瞬で俺の背後に回り込んでいた。


「な、何すんだ! 離せよ!」

 女の俺の両腕を背後で掴み上げ、俺の動きを制限した。

 あの時と同様、すごい力だ。まるで男に締め上げられているような……!


「悪いけど少しだけ我慢してくれるかしら。すぐ終わるわ」

「待ってくれよ! 何なんだよあんた! どうして血を――」


 俺の意識はそこで途切れた。

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