6.いざ、お茶会へ!


 ヴルーヘル学院のお茶会は、毎回、学院の庭園で行われる。

 荘厳な学院の建物を背景に、芝生の生い茂る地面。等間隔で並べられた木々に、足下には可愛い半円状のジニアが咲き誇る。真ん中には金持ちの象徴である噴水が高々と水を噴き上げており、端には日陰用のドームが二つと、四つの石像が並んでいた。石像の人物は、おそらく古くからこの学院を運営しているクレメンツ伯爵家の歴代当主たちだろう。

 円卓を取り囲む貴族見習い生徒たちを縫うような形で、セシリアとリーンは進む。

 立食でも楽しめるようになっているのは、ここが食事やお茶を楽しむ場ではなく、互いの意見を交わしたり、商談したりする場だからだろう。現に誰もお菓子やお茶には手をつけていない。もちろん端の方に椅子も用意しているが、使用しているのはごく一部の生徒のみである。

 アインとツヴァイの姿を探すために、セシリアは辺りを見渡す。


「初めて来たけど、結構皆気合い入ってるなぁ」

「当然でしょ? 順風満帆なシルビィ家とは違って、他の家はいろいろあるんだから。このお茶会で未来の当主にいろいろと話をつけておこうって人間も、ここで結婚相手を見つけておこうって子も少なくないんだから」

「へぇ……」


 そう言われてみれば、みんな心なしか授業よりも真剣な顔をしている気がする。このお茶会が目当てで入学してくる貴族子息も少なくないと聞いていたが、なるほど、といった感じだ。


「嫡子はそのまま後を継げばいいからまだ気楽でしょうけど、婚約者がいない女性や次男・三男なんかは、この場での行動が後々響いてくるでしょうからね。そりゃ必死よ。……ほら、ギルバートも、そこで困った顔をしてるでしょ?」


 セシリアはリーンの指す方向を見る。

 そこには、人に囲まれているギルバートがいた。会場についてすぐ捕まってしまったのだ。一見普通に受け答えしているように見えるが、見る人が見れば、あれは彼の困った顔だとわかる。辺りを見渡せば、ある程度力を持った貴族の嫡男の周りには人だかりが出来ていた。


「しかもあんたの義弟、コールソン家に戻る話も出てるじゃない?」

「え!?」

「二つの公爵家と明確な接点のある男って、なかなかいないでしょうしね。普通の人は、コールソン家とのゴタゴタは知らないわけだし……」

「ギルがコールソン家に戻るって、そうなの!?」


 知らなかった情報に、セシリアは前のめりになる。

 その様子に、リーンは目を瞬かせた。


「あら、知らなかったの?」

「知らない! ギル、なにも言ってなかったし!」

「なんかね。私たちがこの前、ベルナールを捕まえたでしょ? それで芋ずる式にティッキーの悪行も明るみになって、彼がニコルのスペアとして機能しなくなちゃったらしいのよ。それで、代わりに……」

「スペアとして、ギルを?」


 目を見開くセシリアに、リーンは頷く。


「まぁ、そういうことね。ニコル・コールソンの病弱っぷりは有名だもの。その分、優秀さも有名なんだけれどね。もしもの時の備えが欲しいって感じじゃない?」

「それは……」


 あまりにも身勝手な理由だ。

 いらないときは捨て置いて、必要になったら戻ってこいだなんて、酷いにもほどがある。


「それにこの前、コールソン家の夫人が学院まで来ていたらしいわよ? 何度か来ているみたいで、もしかして直談判しに来てるのかしら? ……あの辺の行動力は、ティッキーとよく似ているわよね」

「知らなかった……」


 セシリアはそう驚くのと同時に


(だから最近、放課後に一人で姿を消すことが多かったのか……)


 と納得もした。

 グレースに会いに行った日だって本当はギルバートも誘っていたのだ。なのに『ちょっと用事があるから……』と断られてしまった。その時はなんとも思わなかったのだが、今振り返ると、夫人と会っていたのかもしれない。


(ギル、どうするんだろう)


 自分をないがしろにしていたとはいえ、本当の親からの頼みだ。もしかすると、もしかするのかもしれない。セシリアの両親は彼が本気で願えば、きっとその申し出を了承するだろうし、応援もするだろう。なので全ての判断はギルバートに委ねられているということになる。


(もし、そうなったら、寂しいけど……)


 それでも自分が止められるわけがないのだ。本当の両親に認められることが彼の幸せならば、それはきっと応援するべきことなのだろう。少なくとも、血の繋がっていない姉なんかの言葉で惑わすべきじゃない。

 セシリアは思考を切り替えるように顔を上げた。


「リーンはどこでその情報を?」

「お金を沢山動かしている人の周りにはね、情報も沢山回るのよ?」


 そう彼女は可愛らしい笑みを浮かべる。

『お金を沢山動かしている人』というのは間違いなくジェイドのことだろう。彼との事業はどうやらうまくいっているようだ。

 そのジェイドはというと、現在商談の真っ最中のようだった。相手は大きな船を何隻も持つ貿易商の息子。確か、ベンジャミン家とも提携を結んでいる家の嫡子だ。

 そんな彼にジェイドは、リーンの書いた本を手渡していた。『次はこれを輸出しようと思ってるんだよ』ってことだろうか……


(こわ……)


 勝手に国外に持ち出されそうになっている劇物BLである。

 もちろん、止める術はない。


「で、どうするの? これからゲーム通りに、私のこといびってみる?」

「え?」

「ここで知り合おうと思ってるんでしょ? 双子と」

「あ、そっか!」


 いろんな情報に流されていて、本来ここに来た目的を見失っていた。

 ギルバートのことも、輸出されそうになっている劇物のことも気になるが、今それは後回しだ。

 セシリアは頭を切り替える。


「えっと、そのパターンで知り合うのはリスクが高いかなって思うんだよね。これから好感度上げていこうって相手なのに、印象悪くするのはよくないし!」

「そうね」

「そもそも、どこをいびればいいのかわからないし……」


 ゲームとは違い、リーンは制服ではなくドレスを着ているのだ。まず、いびるところが見つからない。それに、セシリアは人の欠点を見つけるのがあまり得意ではないのだ。

 悩むセシリアにリーンは口角を上げる。


「ま。アンタは、口が裂けても人の悪口は言えないタイプよね。……でも、それならどうしましょうか?」

「どうしよっか……」


 そうして二人で同時に首をひねった、その時――


「お前たちも来たのか」


 そう声をかけられ、セシリアは顔を跳ね上げた。

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