7.蚊帳の外
「へ? オスカー!? 来てたの?」
「俺は毎回、参加してるからな」
そこには、正装したオスカーがいた。こちらはギルバートとは対照的に白を基調としている感じである。心なしか、一番最初に出会った社交界の夜を思い出させる。
そして、彼の隣には……
「って、ダンテも!?」
「やっほー」
同じように正装したダンテがいた。首元までちゃんと締まっている服装の彼を見るのは、もしかしたら初めてかもしれない。こうしてみると、随分と様になっている。本当に貴族だといわれても、きっと信じてしまうだろう。
「ダンテってば、こういうのてっきり参加しないものだとばかり思ってた……」
「ま、こういう場は、オスカーも狙われやすいしね。一応、側についてるんだよ」
「護衛ってこと?」
「そんな大それた感じじゃないよ。でもほら、嫌じゃん。自分が気に入った人間が、自分以外の誰かに害されるの」
カラカラと彼は笑う。
正体がバレてからの彼は、いろんな意味で遠慮がなくなって、とても楽しそうだ。ゲームでは終始オスカーに正体を内緒にしていたので、こんな風に生き生きとする彼は存在しなかった。
オスカーは辟易とした顔で首元に巻き付いているダンテの腕をひっぺがす。
「俺は別に居なくて良いと言ったんだがな……」
「まー、そう言うなよ。それに最近、よくない噂も聞くだろ?」
「よくない噂?」
「ジャニス王子がまた動き出したとかって」
ジャニス王子というのは、隣国の王子で、ダンテをオスカーに差し向けた張本人である。セシリアが知る中でも、オスカールート、ギルバートルート、ダンテルートで現れるラスボスだ。
「あくまでも噂だろう? 気にする必要はない」
「でもほら、俺を派遣してオスカーのことを殺そうとした張本人だし」
「証拠はない」
「俺を突き出せば一発じゃん」
「お前のそういう冗談は好きじゃない」
「俺はそういう堅物なオスカーが好きだけどね」
苦虫をかみつぶしたような顔をするオスカーに、ダンテは笑う。
どうやらオスカーの周りに人があまりいないのも、ダンテがわざと人を近寄らせないようにしているからのようだった。確かに、貴族同士が話している時の割り込みは御法度である。
「それで、こんなところで突っ立ってなにをしてるんだ?」
オスカーの問いに、セシリアは再び目的を思い出す。
「実はね、知り合いになりたい人がいて!」
「知り合い?」
「マキアス家の双子なんだけど、……オスカー知ってる?」
セシリアの問いにオスカーは片眉を上げる。
「知ってるぞ。というか、一応どの貴族とも顔合わせぐらいはちゃんとしているからな」
「そうなんだ。……俺も知り合いになりたいんだけど、ちょっと知り合うきっかけがなくてさー」
「そもそもどこにいるかもわかりませんしね」
リーンも困ったような顔で同意した。そんな二人を見下ろしながら、オスカーは口を開く。
「紹介してやろうか?」
「へ?」
「そのぐらいは出来るぞ? マキアス家の双子は、さっきその辺を歩いていたからな。今もそう遠くへは行ってないだろうし」
「ホント!? やった!」
セシリアは両手を挙げて喜ぶ。そんな彼女にオスカーは少し嬉しそうに唇の端を上げた後、首をひねった。
「でもなんで、あの双子と知り合いになりたいんだ?」
「え?」
「何か理由があるんだろう?」
「それは……」
思考がはたと止まる。なんと言えばいいのかわからない。
一週間前にもオスカーはセシリアを疑うようなことを言っていた。もしかして、これは本当に何か感づかれているのかもしれない。
その瞬間、セシリアの脳裏に前世で見た真っ赤なゲーム画面がフラッシュバックし、顔から、さぁ、と血の気がひいた。
「や、や、や、やっぱり、大丈夫! 自分でなんとかしてみるよ!」
「おい!」
「あっちにいたんだよね! 情報ありがとう!」
「ちょ、セシル様!?」
まるで逃げるようにその場を後にするセシリアの後ろを、リーンは慌ててついていくのであった。
..◆◇◆
ものすごいスピードで去って行く婚約者の姿を、オスカーは見守る。その背中が人混みの中に消えて、彼はそっと息をついた。
彼の胸を占めているのは、言いようもない寂しさだった。
(やっぱり俺には話せない、か)
セシリアが男装して学園に通っていることは飲み込めた。その理由が自分には話せないことなのだというのも理解した。
(おそらく、セシリアは神子候補だ)
その事実にもようやく最近、思い至ったところだ。
そうでなくては『選定の儀』で彼女が『障り』を払えた理由も、宝具をつけている現状も説明がつかない。
しかし、理由がわかっても、説明がついても、胸のつかえが消えるわけではない。オスカーにとってはなぜそれらをセシリアが自分に話せないのか、の方が重要だった。
オスカーは自身の腕についている宝具に触れた。
彼女が今しているそれは、きっとギルバートが渡したものだろう。
「オースーカー」
「――っ!」
急に耳元で低い猫なで声が聞こえ、オスカーは飛び上がる。耳を押さえ、囁いた人物から距離を取ると、彼はおかしそうに肩を揺らしていた。
「耳元で変な声を出すな!」
「いやぁ、哀愁漂ってるなぁって思って」
ダンテはまるで励ますように彼の首元に手を回す。そして、まるで彼の心を読んだかのように言葉を重ねる。
「ま、そんなに気にすることないんじゃない? 別に嫌われてるってわけじゃないんだしさ」
その言葉に、オスカーはダンテが前に一度、セシルのことを『女』だと言ったことを思い出した。あれは確か、まだ夏にもなっていない頃だ。定期試験の勉強をするとかで、初めて四人で円卓を囲んだときである。
「……お前は、セシルの秘密を知っていたのか?」
その言葉にダンテは目を細めた。
「んー。どうだろ?」
「……」
「セシルと『絶対に誰にも言わない』って約束しちゃったからなぁ。それはオスカーにも言えないかな?」
言えないと言いつつも答えを言ってるダンテに、オスカーは目を眇めた。
「……それはいいのか?」
「何が? 俺は何も言ってないよ?」
言ってないが、言っているようなものだ。
オスカーはダンテから視線を外し、指を折る。
「お前の他に知っていそうなのは、ギルバートとグレースと、あとリーンも、か」
息を吐く。この調子だと、他にも知っている者がいるのかもしれない。そう思うと、気分はますます憂鬱になっていく。
「俺だけ一人、蚊帳の外か」
オスカーは、面白くなさそうに鼻を鳴らした。
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