5.「双子攻略に行きましょうか。王子様」
「そういえばギルってさ。私が前世のことを話し始めたとき、まったく疑わなかったよね? どうして?」
それを聞いたのは、ちょうど男子寮と女子寮の間にある広場に出た時だった。立ち止まるセシリアにギルバートは振り返る。
「なに? 疑ってほしかったの?」
「そういうわけじゃないけど、私が逆の立場だったら、なかなか信じられなかっただろうなぁって思うからさ」
「まぁ、俺の方も違和感は感じてたしね」
「違和感?」
初めて聞く話に、セシリアは首をひねった。
「姉さん、六歳ぐらいの時に殿下との婚約を言い当てたでしょ?」
「え? そうだっけ?」
「うん。あの頃はまだ、殿下の婚約者が姉さんになるかウィルス家のご令嬢になるかわからなかったのに……」
言われてみればそうだったかもしれない。けれど、きっとなんてことない会話での発言だ。セシリアが六歳ってことは彼もまだ五歳ぐらいだったのにも拘わらず、良く覚えているものである。
「それに、ドニーが最初うちに来たとき、姉さん、名乗ってないのにドニーの名前言い当てたでしょ?」
「えっと……」
「他にも『カップラーメン』とか『スマホ』とか、意味がわからないことを言うのはしょっちゅうだったし。いきなりハンスに身体鍛えて貰うとか言い出して、理由を聞けば『死にたくないからね!』なんてわけのわからないこと言い始めるし……」
「あははは……」
セシリアは乾いた笑い漏らす。
自分のことを迂闊だ、迂闊だと思ってたが、さすがにそれほどとは思っていなかった。
「ま、他にもいろいろ違和感があって、何か隠してるのかなぁって思ってたら、あのカミングアウトだ。しかも、男装して学院に通いたいとか言い始めるし、最初は本当にどうしようかと思ったよ」
げんなりとした表情の彼にセシリアが苦笑いを浮かべる。
「それじゃ、なんか驚かせちゃったね……」
「いやもう。どちらかと言えば、ひいたよね」
「ひいた?」
「どこの誰に、一体なにを吹き込まれたんだろうって思ってた」
思いも寄らぬ言葉に、セシリアの目は大きく見開いた。
「もしかして、私の前世の話、信じてなかったの!?」
「信じられるわけないでしょ? いきなり『前世』とか言い出した人間のどこを信じればいいんだよ。……しかも、言ってるのが、超絶お人好しの、頭に花が咲いてる、脳天気人間だよ? 疑う要素しかないでしょ?」
当たり前だとばかりにそう言われ、セシリアは口をわなわなと震わせる。そんな彼女にかまうことなく、彼はいつもの調子で毒舌を飛ばした。
「でもま、いざ始まってみたら、何もかも姉さんの言うとおりになるし、もう信じざるを得なかったけどね」
その話しっぷりからして、きっと彼がセシリアの『前世』のことを信じ始めたのはつい最近だろう。それまで彼は慌てふためくセシリアに話を合わせてくれていたということになる。
そこまで思い至り、セシリアは、はた、と思考回路を止めた。
「でもさ、それならギルは私の言ってることを信じてないのに、ここまで協力してくれたってことだよね?」
「そうだね」
「なんで?」
セシリアが学院に通うまでの手続きや、偽の身分の用意、男物の制服など、その他諸々を準備してくれたのは彼だ。もし、信じてない状態でそこまでしてくれたのなら、そこに理由がなくてはおかしい。
「姉さんがそう望んだからでしょ?」
当たり前だという風に言われ、セシリアは意味がわからず首をひねる。
「別に、違和感がなくて、理由がまったくわからなくても、姉さんが『男装して学院に通いたいって』言ってたら協力してたよ。……理由はそれだけ」
「そうなの?」
「俺は姉さんに甘いからね。姉さんがしたいことなら、何でも協力するよ」
「なんでも?」
「なんでも」
なんてことない顔で頷く彼に、さすがのセシリアも噴き出した。冗談だと思ったのだ。
「でも、さすがに国家転覆とかは無理でしょ?」
「……したいの?」
冗談を感じさせない微笑みでそう返され、セシリアは固まる。
「……出来るの?」
「それはまぁ、やってみないとなんとも言えないかな? ……で、したいの?」
「いや、いいです……」
さすがに冗談だと思うのだが、なんだか少し怖くなって首を振る。
国家転覆なんて謀った日には、急転直下、ギルバート共々セシリアルートに真っ逆さまだ。
そうしていると、突然二人の背中に甲高い声がかかった。
「すみません。お待たせしましたか?」
その声に、二人は振り返る。するとそこには、ドレスを着たリーンがいた。夜会の時のようなデコルテを出したものではなく、慎ましやかな、首元が詰まっているデザインのドレスである。それは、今日のためにセシリアが用意したものだった。ちなみに彼女の参戦も、セシリアがどうしても、と頼んだからである。
(条件はできるだけそろえておきたいもんね……)
リーンは辺りに人がいないことを確認すると、ヒロインの顔を収める。
代わりに出てきたのは、セシリアの親友、リーン・ラザロアの顔だ。
「もう、まったく! こういう日ぐらい、お手伝いの人増やしておいて欲しいわよね!」
プリプリと怒りながら、リーンは腰に手を当てる。
こういう催し物が学院で開かれるとき、女性は一人でドレスを着るのが困難なため、学院で雇われている使用人か、この日のためだけに家から呼び寄せた各家の使用人が着るのを手伝うのが普通である。リーンは学院で雇われている使用人に手伝って貰ったらしいのだが、どうやら人数が足りていかったがために、長く待たされたようだった。
ほとんど初めて見るリーンのドレス姿に、セシリアは声を上げた。
「すっごい似合ってるね! めっちゃ可愛い!」
「でしょ? 私って可愛いんだから」
リーンは自信満々に胸を反らす。本当に可愛いのだが、こういう風に自分で言ってしまう辺りが憎めなくて、可愛くて、ちょっと残念だ。
リーンはそのまま目線をセシリアからギルバートに滑らせた。
「別に、貴方も褒めてもいいのよ?」
「……俺に褒められたいのなら、褒められるだけの価値をつけてからもう一度口を開いてください」
その瞬間、リーンとギルバートの間にある空気が、一瞬にして氷点下にまで落ち込む。
セシリアはその間でおろおろと二人を交互に見た。
「女性ぐらい簡単に褒めなさいよ。これだから、盲目的で重い男は……」
「貴方にそれは関係ないでしょう? そもそも、中の上ごときで人に褒めて貰おうと思ってるその性格が嫌なんですよ」
「もーやめてよ! 二人ともなんで喧嘩するようになっちゃったの?」
にらみ合う二人の間に割り入るようにして、セシリアは声を上げる。
リーンも転生者で、実はセシリアの前世の親友でした! とギルバートに明かした辺りから、二人の関係がこんな感じになってしまった。前は良くも悪くも関わり合いが少なかったのに、今ではちょっとしたことでこんな風にいがみ合ってしまう。
もちろんその分、三人で話し合うなんてことも出来るようになったのだが……
「しょうがないでしょう? 折が合わないんだから!」
「姉さんはよくこんな人と親友やれてたよね」
「やめて! 私には二人のうちのどっちか、とか選べないんだから!」
そうセシリアが頭を抱えると、二人は同時に呆れたような顔つきになる。
「選ばなくてもいいに決まってるでしょ。馬鹿ね」
「別に、姉さんの友好関係にとやかく言うつもりはないから、安心して」
(……この二人、実は似ているのでは?)
こんな風に息が合うことも度々だ。
ギルバートとの会話にも飽きたのか、リーンはスカートを翻す。そして、庭園の方につま先を向けた。
「セシリア、わかってるわね。このお礼は高いわよ?」
「……はい」
項垂れるようにして頷くと、リーンの形のいい唇がひき上がる。
「それじゃ、双子攻略に行きましょうか。王子様」
「あはは……。よろしくお願いします」
そう言われ、セシリアは伸ばされた手を取った。
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