4.危険な綱渡り


 それから一週間後――


「つまり、また危険な綱渡りをするってことだよね?」

「……はい」

「はぁ……」

「なんか、本当にすみません……」


 扉の向こうで大きなため息をついたギルバートに、セシリアは申し訳なさそうな声で謝罪した。



 その日、セシリアの姿は、寮の部屋にあった。

 彼女は真新しいジャケットに袖を通しながら、ドアの外にいるギルバートと会話をする。


「でもさ。あれから色々考えたんだけど、やっぱりこの方法が一番確実かなって」

「『障り』を祓うのに?」

「うん。だから、気は進まないけど、やるしかないかなって! ギルには心配かけちゃうかもしれないけど……」

「俺が心配する云々は、別に良いよ。なんかもう、今更だし……」


 諦めを含んだような声に、セシリアは苦笑いを浮かべた。心配してくれる彼には申し訳ないが、もうここまで来た以上『障り』自体をなんとかしなければ、セシリアには平和な未来はやってこないのだ。

 そのためにはまず、アインとツヴァイの二人と顔合わせをしなければならない。

 彼女はいつもより入念にカツラのセットを整え、襟を正す。そうして、鏡の前で自分の姿を確認した。


「よし!」


 鏡の中には、正装した男爵子息、セシル・アドミナの姿がある。

 制服よりもかしこまっているが、夜会の時よりも華美ではないその衣装は、何か使うときがあるかもしれないと入学前に彼女が用意したものだった。

 扉を開けると、そこには同じように正装をしたギルバートの姿がある。いつも流している前髪は、半分後ろになでつけてあり、全体的になんというか黒っぽい印象だった。


「それじゃ、行こうか」

「うん!」


 そう言って二人は、寮の廊下を並んで歩き出す。


 ゲームで、双子とリーンの出会いは、ヴルーヘル学院で開かれる春のお茶会で描かれる。

 いずれ家や国を背負って立つ貴族子息・子女が通うヴルーヘル学院には、春と秋に一回づつ、社交会を模した大規模なお茶会が開かれる。基本的に参加は自由なのだが、ここで将来に役立つコネを作っておこうという人間も少なくないので、ほとんどの生徒が参加している現状だった。

 リーンはそのお茶会に、セシリアに誘われ参加する。しかし、ドレスを着てくることなく、いつも通りの制服姿で参加した彼女は、セシリアを含め、その取り巻き令嬢たちのいい笑い物になってしまうのだ。もちろん、セシリアはリーンがドレスを持っていないことも、社交場でのマナーも知らないことも承知した上で、リーンのことを誘っている。つまり、最初から笑い物にするためにリーンを誘ったのである。

 つまり、イジメだ。

 まだ貴族としての常識を知らないリーンは、自分がどうして笑われているのかも正確に理解できないまま、泣き出しそうな顔で視線を落とす。

 そこで颯爽と現れるのが、マキアス家の双子なのである。

 二人はリーンを庇い、セシリアに向かって口を開く。


『そういうのは、あまり関心しない、です』

『着飾ってその程度の人間に、彼女をどうこう言う資格はないんじゃないかな?』


 あまりにも生意気な双子の登場に、セシリアは顔を真っ赤にした後、怒って帰ってしまう。そして呆然とするリーンに対して、彼らはこう言い放つのだ。


『大丈夫、ですか?』

『よかったら、一緒にあっちで休む?』


 そうして、リーンは段々と双子と仲良くなっていく……



 セシリアは今まさにこのイベントを再現しようとしていたのだ。

 春のお茶会ではなく、秋のお茶会で。


「問題は、どうやって知り合うかなんだよねー。あんまり悪いイメージつかせたくないから、リーンを虐めるとかはしたくないんだけど……」

「そういうのはそっちにまかせるからさ。とりあえず、アインの監禁予定場所教えてくれる? 後、ツヴァイの心中云々の情報も」


 淡々とそう言い放つ義弟にセシリアは目を瞬かせた。


「ギル。なんかそれ、私が失敗する前提で動いてない?」


 セシリアのその言葉に、ギルバートは冷ややかな目を向けた。


「胸に手を当てながら、今までの行動を振り返って。……まさか、なにも起こさず、無事なんとかなると思ってるの?」

「そ、それは……」


 ごもっともだ。

 この半年にも満たない間で、セシリアは幾度となくミスを繰り返している。そんな彼女を一番近くでフォローしている彼からしてみれば、このぐらいは当たり前なのかもしれない。


「姉さんはさ。本能のまま、考えなしに動くし」

「うっ……」

「重要な決定も相談なしで自分だけで決めるし」

「ぐ……」

「そのうえ、事後報告。フォローだけはこっちにやらせるし……」

「あー……」

「正直、一週間に一回はなんでこんな人間を好きになったんだろうって思っちゃうよね」

「本当に、すみません」


 言葉の刃が刺さったセシリアはがっくりと肩を落とす。

 そんな彼女を目の端に置いて、彼は仕方がないといった感じで、唇を引き上げた。


「まぁ、いいよ。振り回されるのは慣れてるからね」

「ギル……」

「はい。わかったら、さっさと吐く。本当に監禁やら心中やらになるわけにはいかないんだからね。グレースから聞いた情報もあるんでしょ?」

「……はい」


 促されるまま、セシリアは知っている情報を教える。しかし、前世で攻略していないので知っている情報はたかがしれていた。なのでそのほとんどがグレースから教えて貰った情報である。

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