3.目指すは、トゥルールート!2
グレースによると、『ヴルーヘル学院の神子姫3』のトゥルーエンディングは、みんなで協力して『障り』を祓う、という話になるらしい。
「トゥルーエンディングを迎えるためには、攻略キャラクターの好感度をある一定まで上げたうえで、神子候補として全員の騎士から宝具を貰い受けなければなりません」
「それは、どう考えても……」
無理がある。
グレースの言葉にセシリアは頬を引き攣らせた。
そもそもセシリアは神子候補になりたくなくて男装をしているのだ。なのにここに来て、神子候補として宝具を集めろ、とか、無理難題にも程がある。
それに今更『実は女性で、神子候補でした!』と登場すれば、いろんな意味でかなりの顰蹙を買うに違いない。
セシリアの表情に、グレースは薄い笑みを浮かべた。
「その辺りは、問題ありません。貴女がその格好のままでも、なんとかなると思います」
「どういうこと?」
「わざわざトゥルーエンディングに行く必要はない、ということですよ」
先ほどとは矛盾した言葉に、セシリアは首をひねる。
そんな彼女を見据えたまま、グレースは淡々と続けた。
「私は先ほど『トゥルールートに入ればいい』とは言いましたが、『トゥルーエンディングに向かう必要がある』 とは一言も言っていませんよ。そもそもこんなにストーリーが破綻した状態で、通常通りのトゥルーエンドなんて期待できませんからね」
「えっと。つまり、ルートには入る必要があるけど、エンディングには向かう必要がないってこと?」
セシリアの問いにグレースは「はい」と一つ頷いた。
「『障り』を完全に祓う絶対条件として、現在の神子が住まう神殿に入る必要があります」
「どうして?」
「理由は複数ありますが、一番は『障り』を祓うために必要となる、とあるアイテムを入手する必要があるからです。そして、神殿に入るためにはトゥルールートを開く必要がある。……つまり、『障り』を祓う前提条件を揃えるだけなら、わざわざエンディングに向かう必要はないんです」
その言葉に、セシリアは大きく目を見開いた。
「トゥルールートに入るために宝具は必要ありません。攻略対象の好感度を一定数まで高めておけばいい。……つまり、貴女が今からやらなければならないのは、全員とそれなりに仲良くなって、ルート解放の条件をそろえることです」
「全員……か。それって、アインとツヴァイも含まれるのよね?」
「彼らも攻略対象ですからね。当然です」
セシリアはその言葉に「そう、だよね……」と言葉を濁らせる。
いつになく元気のないその表情に、グレースは不思議そうに首を傾げた。
「どうかしましたか? いつもの貴女なら『わかった! それなら仲良くなってくる!』って、すぐさま部屋から飛び出してるところでしょうに」
「私、そこまで考えなしに見えるかな……」
「まぁ、知能指数はあまり高そうには見えませんよね」
バッサリとそう言い放たれ、セシリアは「えぇ……」と声を漏らす。
そんな彼女にグレースは「気にしないでください、ただの主観ですから」という、フォローなのかなんなのかわからない言葉を付け足した。
「それでどうして、そんな顔をしているんですか? もしかして、前世で双子の攻略に手こずりでもしましたか?」
「いやぁ。手こずる以前に、そもそも攻略もしてないんだけどね……」
「それならどうして?」
もっともな疑問に、セシリアは困ったように頬を掻いた。
「ほら。二人ってなんか……バッドエンドがアレじゃない? 私、あまりそういうの好きじゃなくて……」
「あぁ、監禁ENDと心中ENDの話ですか?」
訳知り顔でそういうグレースに、セシリアはげんなりとした顔で一つ頷いた。
アイン・マキアスとツヴァイ・マキアスは、マキアス侯爵家に生まれた双子である。
一卵性なので顔は見間違えるほどそっくりなのだが、性格は『気が強い兄』と『気弱な弟』とあまり似てはいなかった。
ゲームの中で二人は、双子という特性以外、あまりぱっとしないキャラクターだった。少し気になる点といえば兄弟の仲が良すぎるぐらいで、セシリアの前世であるひよのも、最初は攻略する気満々だった。
しかしある時、ひよのはSNSでとんでもないものを発見してしまう。
それは、彼女よりも先に双子を攻略したという漫画家さんの二次創作だった。漫画として、それは素晴らしい完成度を誇っていたのだが、問題はその中身だった。
『バッドエンドのその後』というタイトルがついたその漫画は、 アインがリーンを牢屋の中に閉じ込めて、飼っているというもので……
ひよのは、たまらず叫び声を上げた。
ネタバレはあんまり好きではなかったのだが、その描写が気になり、ひよのは少し情報を漁ってみた。すると出てきたのは、二人のバッドエンドの情報だった。
双子はその育った環境から、互いへの依存度が強く。どちらかだけの好感度を上げすぎてしまうと、もう片方がものすごい嫉妬をしてしまい、最悪バッドエンドを迎えてしまうらしい。
しかもそのバッドエンドが曲者で、アインの場合は嫉妬に狂いリーンを監禁してしまう『監禁END』、ツヴァイの場合は三人で一緒に幸せになろうという『心中END』が待ち構えているというのだ。
この二人を攻略するためには、ほとんど同時に好感度を上げなくてはならないらしく、その繊細さから、プレイヤーには『天秤ルート』なんて呼ばれていたほどだった。
そしてこの双子のバッドエンドは、どちらもハッピーエンドよりも人気が高く。二次創作も多く存在した。
おそらく多くの人は、そのエンディングの背徳的な雰囲気に惹かれたのだろうが、残念ながらひよのには、全く合わなかった。むしろ嫌悪感を覚えるほど。
つまり、生理的に受け付けなかったのである。
なので前世でも攻略しなかったし、今回もできるだけ関わり合いにならないように努めてきたのだが……
「ダンテのバッドエンドみたいに、ズバー! っと殺されるならまだしも、ああいうネチネチとした雰囲気が、私、ちょっと、ダメみたいで……」
「同じバッドエンドでも、あの二人のは他と種類が違う感じですからね。……でも、双子の攻略はダンテさんの攻略よりも易しかったはずですし。そもそもの話、バットエンドに進まなかったらいいだけなので、あまり気にしなくてもいいんじゃないですか?」
「そう、なのかなぁ……」
泣きそうな声で、セシリアはそう呟く。
あの二人のバッドエンドは、思い出しただけで寒気がするのだ。鳥肌も立つし、もし自分の身に起こるとしたら……なんて考えたくもない。
「とにかく、『障り』を何とかしたいのなら、それ以上の方法はありません。双子と関わり合いになりたくないというのなら、この件は諦めるしかないですね」
「そんなぁ……」
「ま、最終判断はお任せしますよ」
話は終わったとばかりに、グレースはまた机に向かった。目線はもう、研究結果であろう紙の束に向けられている。
セシリアは話の終わりを感じて立ち上がった。そして、お礼を言って立ち去ろうとしたその時、グレースが口を開く。
「気をつけてくださいね」
「え?」
「私だって、貴女が傷つくのは本意ではありませんから」
そう言いながら、彼女はほとんど見たことがない優しい笑みを口元に浮かべる。
「頑張って、運命を変えてきてください。……楽しみにしています」
彼女の励ましに、セシリアの口角も上がる。表情が乏しくてよくわからないが、きっと彼女も自分のことを応援してくれている。それが分かって、セシリアの胸は温かくなる。
「うん。ありがとう、グレース!」
「いえ」
そう再び笑みを浮かべた次の瞬間、彼女の視線は扉の方へ向く。
そして、そのままセシリアに視線を滑らせた。
「お迎えが来たようですよ」
「お迎え?」
「私、一度聞いた足音は全て記憶しているんです」
彼女の台詞が途切れると同時に、扉がノックされる。グレースが「どうぞ」と言うと、扉が開いて、見知った顔が部屋を覗いた。
「迎えに来たよ、セシル。もう話は終わった?」
そう言ったギルバートに「うん!」と元気よく頷くと、セシリアは彼と共にグレースの部屋を後にした。
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