2.目指すは、トゥルールート!
「オスカー、もうここまでで大丈夫だよ」
そう言ってセシリアが振り返ったのは研究棟の前だった。高い建物を背にした状態で彼女は笑う。
「結局送ってもらっちゃったみたいで、ありがとね!」
「いや、別に大した事はしていない。……それよりも、お前は今からグレースに会うのか?」
「あ、うん! ちょっと聞きたいことがあって!」
明るくそう言い放つセシリアに、オスカーは少し何か考えた後、口を開く。
「セシル、その『聞きたいこと』やらに、俺もついていって良いか?」
「へ? なんで?」
セシリアは大きく目を見開きながら、首をひねる。
そんな彼女の問いに答えを用意してなかったのか、オスカーは「いや……」と言葉を濁し、視線を落とした。
「えっと。……ごめん、オスカー! 今からグレースとするのは、ちょっとあんまり人に聞かれたくない話で……」
「それは、俺にも聞かれたくない話なのか?」
「それは……。うん、ごめんね?」
申し訳なさそうな顔で小さく頭を下げると、オスカーは「そうか」と頷いてくれた。しかし、そう言う彼の表情は、どこか奥歯に物が挟まったような変な表情だ。
(オスカー、どうしたんだろ……)
なんだか少し、先ほどから彼の様子が変だ。今までだってオスカーとは何度かギクシャクしたことがあるが。これはなんというか、これまであったどの『ギクシャク』とも、ちょっと性質が違う気がする。
「あのさ、オスカー……」
「それじゃ、俺は帰る」
「あ、……うん!」
セシリアの言葉を遮るようにしてオスカーはそう言い、つま先を帰る方向へ向ける。そしてまるで妹か弟を見るかのような優しい視線で彼女を見下ろした。
「お前も遅くなる前にちゃんと帰るんだぞ?」
「あ、うん。ありがとう! でも大丈夫だよ!」
「お前のその変な自信は、いったいどこから湧いてくるんだ……」
呆れたように目を眇めるオスカーに、セシリアは恥ずかしそうな笑みを浮かべたあと、どん、と自身の胸を叩いた。
「まぁ、伊達に鍛えてないし! 変なやつが来ても、返り討ちだよ!」
「お前な……」
「それにほら、ギルも迎えに来てくれる予定だしね!」
「…………そうか」
妙な間の後に、彼はそう頷く。そしてそのまま、身体も帰る方向に向けた。
去っていく背中を見つめながら、セシリアは疑問符を頭に浮かべた。
(オスカー何か言いたそうだったよなぁ。……まさか私、何か疑われてる?)
そうは思ったが、疑われる内容というのが思いつかない。 男装がバレたのかと一瞬思ったが、あの最もバレる確率が高いだろう夏のコテージをやり過ごしたのだ、それは考えにくいだろう。それがセシリアの結論だった。
(ま、わからないことは考えても仕方がないか!)
考えても仕方がないことは考えない。それが彼女の長所であり、短所でもあった。
セシリアは去っていくオスカーに背を向けて、研究棟を見上げる。
オスカーが振り返って自分を見つめているとは気づかずに、彼女はグレースがいるだろうその建物に一歩足を踏み入れた。
..◆◇◆
「……ということで、グレースにどうしたらいいか教えてもらいたくて!」
「だから、貴女が神子になるのが一番の解決法じゃないですか?」
にべもなくそう言い放ったグレースに、セシリアはがっくりとうなだれた。研究が忙しいのか彼女の手元は常に何かしらの作業をしており、目線をセシリアに向けてもくれない。
セシリアがグレースに会いに来た目的――。
それはもちろん、全てのルートをクリアした彼女に今後の方針を相談するためだった。
神子候補三人が『神子になんかなりたくない』と思っているこの状態で、セシリアはギルバートの宝具を一つ持ってしまっている。つまりこれは、今一番神子に近いのがセシリアだということを指しており、BADENDという名のDEAD ENDが彼女を待ち受けているということを意味していた。
そんな未来に行ってたまるかと、セシリアは負けじと顔を跳ね上げ、再びグレースに詰め寄る。
「いやだから! それじゃ、私の命があぶないんだって!」
「それはゲームでの話でしょう? ここまでシナリオが違ってきてるんです。このまま貴女が神子になったとして、同じようにストーリーが動くとは限らないじゃないですか」
「それはそうなんだけど! でもそれを言ったら、ストーリーが違ってくるって保証もないわけでしょ?」
「まぁ、……それはそうですね」
彼女のもっともな返しに、グレースは一つ息を吐きようやくセシリアの方を見た。
その顔は未だに迷惑そうだが、どうやら話を聞いてくれる気にはなったようだ。
彼女はセシリアの鼻先に人差し指を突きつける。
「とりあえず、具体性のある直近の目標を教えてください。『神子になりたくない』とか『死にたくない』は目指すべき最終目標でしょう? そういうぼんやりとした目標では、こちらとしてもアドバイスに困るんですよ」
「直近の、目標?」
「はい。最終目標に向けた、具体性のある目標を提示してください。話はそこからです」
科学者特有の理路整然とした物言いに、セシリアは眉間にしわを寄せた。
そうしてしばらく考え込んだ後、言いにくそうに口を開く。
「ダメ元でもいい?」
「聞きましょう」
「『障り』をなんとかしたいんだけど……」
これは少し前から考えていたことだ。
神子になりたくないのなら、神子を神子たらしめている元凶を絶つしかない。
しかし、そんな正体不明の有機物なのか無機物なのか、はたまた生きてるのか死んでるのかもわからないものを絶つなんて、セシリアもできると思っていなかった。だからダメ元で聞いてみたのだ。
「それなら簡単ですよ」
「へ?」
当然否定されるものだと思っていたセシリアは、グレースの言葉に目を瞬かせた。
「それなら、トゥルールートに入れば良いんですよ」
「トゥルールート……?」
「それで『障り』は何とかなるはずです」
そう彼女は、自信満々に唇を引き上げた。
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