エピローグ


 気が付けば、選定の儀が始まってから五ヶ月が経とうとしていた。

 八月ももう終わりに近づき、太陽の光もだんだんと穏やかなものに変わりつつある。


(体感的には短かったよなぁ……)


 チュートリアル戦闘を忘れ、大ポカをやらかした選定の儀から始まり、林間学校、姉弟喧嘩、拉致られ、無事に帰ってきたと思ったら大混乱の夏休み。キラーが現れ、さらなる転生者が現れ、大捕り物をして、今。

 これまでの日々を振り返りながら、セシリアは息を吐いた。

 過ぎた時間もそれなりだし、内容もこれまでにないぐらい濃かった五ヶ月だが。振り返ってみれば、怒涛過ぎてあっと言う間だった。

 いろんな出会いがあって、いろんな体験も――


「それで、結局どうするの? 神子を誰かに押し付けようってやつ、全員に断られたんでしょ?」

「待って! 今現実逃避してるんだから!!」


 隣を歩くギルバートに、セシリアは涙目で待ったをかけた。

 グレースからも神子になることを断られた翌朝。いまだに現実を受け入れられないセシリアは過去を振り返ることで現実逃避をしていたのだ。時間はまだ早く、周りに人はいない。

 現実から目を逸らそうとする義姉を義弟はバッサリと切り捨てる。


「そんなことしても現実は変わらないんだから、もう切り替えたら?」

「そんなに簡単に切り替えられたら、苦労はしてないんだよー!」


 セシリアは思わず両手で顔を覆う。

 考えてもみてほしい。『三番目の神子候補にすべてを丸投げする』という作戦は、もうどうにもできなくなったセシリアの最後の手段だったのだ。

 騎士として認知されている今、ギルバートに宝具を返すわけにもいかない。リーンのやる気が皆無の中、このままでは本当に自分が神子に選ばれてしまう。そうなれば、待つのはBADENDという名のDEADENDだけである。


「神子なんて興味ないから! ただ私は、のほほんと人生を過ごしたいだけだから!!」


 ひよのとして過ごせなかった分も、セシリアで。彼女にとっての望みはそれだけなのだ。

 なのに現実がことごとくそれを邪魔してくる。

 ギルバートは少し間を置いた後、セシリアを覗き込んでくる。


「神子になって、俺をそばに置くとかは考えないの?」

「いや、さすがにギルの人生は巻き込めないでしょ」

「巻き込んでくれればいいのに」

「そ、それは、どうにもならずに神子に選ばれちゃったときの、最後の手段で……」


 最後の手段としてもセシリアとしては取りたくない手だ。こんな粗末な義姉のために、かわいい義弟の人生を台無しにすることはできない。


「ほかの可能性を全部潰せばそうしてくれるってこと?」

「その返しだと、まるで私の聖騎士に選ばれたいみたいだよ?」

「そうだって言ったら?」

「もー。そんなんだから、オスカーに『シスコン』とか言われちゃうんだよ?」


 あくまで冗談にしかとらないセシリアに、ギルバートは笑みを向ける。


「シスターかどうかは怪しいけどね」

「どういう意味?」

「意識の問題ってこと」

 セシリアは首をひねった。たまにギルバートはこうやってセシリアにはわからない言い回しをすることがある。やっぱり頭のいい人間の思考回路は、ちょっとわからない。


「でも、そうか。神子になったら俺を選んでくれるってことか」


 薄く笑みを作ったまま、ギルバートはセシリアに聞こえない声でそう呟く。今まで義姉の言うことに従っていた彼が、初めて反旗を翻した瞬間である。

 急に芽吹いたトロイの木馬に気が付かないままセシリアは口をすぼめた。


「そもそも! 私が神子に決定した時点で死亡フラグがすごいんだから、そんな危ない橋渡れないよ」

「じゃぁ、どうするの?」

「いやもう、こうなったら元凶断つしかないかなぁって」

「元凶?」

「『障り』」


 その言葉にギルバートは眉を寄せた。


「……出来るの?」

「こういうのって、出来る出来ないの問題じゃないと思うんだよね! 出来るかできないかだと――」

「セーシルー!」


 急に背後から声が聞こえて、背中に衝撃が走った。前のめりに倒れそうになった彼女をギルバートが支える。


「見て、見て!!」


 突っ込んできたのはジェイドだった。どうやら話し込んでいたせいで歩みが遅くなっていたらしい。背後を見ればぱらぱらと登校を始める人影が見えた。

 いつになくテンションの高い彼は、手に何か本のようなものを持っていた。


「できた! とうとうできたよ!! リーン一冊目の本!」


 どうやら無事リーンのBL本が商業化したらしい。

 本気でどうでもいいのだが、モデルが自分なだけに内容が気にならないと言ったら嘘になる。


「ホント、いつも取材に協力してくれてありがとう! これ、献本ね」

「取材に協力してるつもりはないんだけど。……ありがとう」


 本はありがたく受け取っておく。自分がモデルだという点を除けば、彼女の物語は面白いのだ。本当に、自分がモデルだという点を除けば……


「異国の服の挿絵にも協力してくれたんでしょ?」

「え? あれ使ったの?」

「『一瞬だけだったけど、目に思いっきり焼き付けた』って、リーンが」

「……」


 頭が痛い。全国にさらされたチャイナ服姿の自分。つらい。

 目頭を揉めば、指に水滴が付いた。つらい。


「セシル、ギル、おはー。あ、ジェイドも。おはー」

「三人とも早いな」


 続けて声をかけてきたのは、オスカーとダンテだ。

 ダンテのフレンドリーな態度に、ギルバートは眉を寄せている。しかし、表情ほど嫌でもないらしく、ダンテが首元に腕を回しても、ため息一つで許していた。

 オスカーは目が合うと少し頬を赤らめた後、咳払いをした。


(この件も本当にどうしよう……)


 ちゃんと決着をつけなければ……とは思うのだが、この関係が心地いいと思っている分、自分からは何も言えないのだ。


「だから! 人前だからそういうのやめろって!!」

「ヒューイ様ってば、恥ずかしがりやさんですのね!」

「そういうんじゃなくって!!」

「じゃぁ、続きは二人っきりの時に」

「だーかーらー!!」


 聞いたことのある声に後ろを向けば、今度はいちゃつくヒューイとリーンのカップルがいた。二人の手はつながれており、それをヒューイが乱暴に振り払っていた。それでもうれしそうなリーン。


(相変わらず、すごい擬態っぷりだな)


 自分たちと接するときと、ヒューイと接するときとでは、彼女の態度はまるで違う。でもまぁ、口調を変えただけで、性格は割と自由奔放な彼女のままなのだが。

 リーンはセシリアと目が合うと、小さく手を振ってくる。それに応えるように手を振りかえすと、隣のヒューイに睨まれた。ツンデレのくせにいっちょ前に嫉妬はするらしい


「なんか平和だなぁ……」


 セシリアは青空を見ながらそう呟く。



 さて、今度はどんな困難が待っているのか。

 それはまだ誰にも分らないのである。

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