34
そんな大いなる勘違いが勃発した三日後――
セシリアはダンテと一緒にエミリーの病室に赴いていた。
二人のそばにはそわそわと落ち着かないモードレッド。彼はダンテの方をちらちらと確かめながら、心配そうな顔で眉を寄せた。
そんなモードレッドを尻目に、ダンテはエミリーの目元に手をかざす。瞬間、カーテンをはためかせるほどの突風が巻き起こった。
「わっ!」
淡い光がエミリーを包み、胸のあたりで集束する。それと同時に風も止んだ。
「はい。完了」
「これで、本当に?」
モードレッドは眠るエミリーとダンテを交互に確かめる。
ダンテはいつもの調子で、肩を竦めてみせた
「さぁ?」
「『さぁ?』って……」
「それは本人に聞いてみたらいいんじゃない?」
ダンテの視線がエミリーに移る。それを追うようにモードレッドとセシリアも、彼女の方を見た。
「さ、眠り姫のお目覚めだよ」
ダンテがいうのが早いか遅いか、エミリーの瞼がピクリと反応した。そして、ゆるゆると持ち上がり、モードレッドと同じ色の瞳が現れる。
「エミリー?」
「……おにぃ、ちゃん?」
そのかすれた声に、モードレッドは口元を覆い、涙を流した。
病院からの帰り、ダンテとセシリアは並んで歩いていた。
エミリーの主治医の話だと、落ちた筋肉を取り戻すために多少のリハビリは必要だろうが、それが終わって異常がないようならいつ退院してもいいらしい。とりあえず、明日からは脳や身体に異常がないか検査を始めるとのことだった。
「こんな方法があったなんて……」
目の前で起こった奇跡を思い出し、セシリアはそう呟く。ダンテはいつも通りの笑みを浮かべたまま、宝具を指で回していた。
「俺のコレは『相手を眠らせる宝具』じゃなくて、『眠りを操る宝具』だからね。まぁ、起こす方はこんなことぐらいにしか使えないけど、彼女の話を聞いてそれなら使えるかなって思って」
三日前、『エミリーちゃんの話聞いて、ちょっと思いついたことがあるから』と言っていたが、どうやらこのことだったらしい。
(そういえば最初のお見舞い、ダンテだけがいなかったのよね……)
あの日はちょうど見つからなくて声がかけられなかったが、もし一緒にきていたらもっと早い段階でエミリーは起きていたかもしれない。
(ま、どちらにせよベルナールは捕まえた方がよかっただろうし、結果オーライかな)
ベルナールは今憲兵に捕まり、貴族専用の牢獄に移されている。貴族社会のこの世界で、公爵子息の彼にどのような刑が下されるのかはわからないが、それでも、もう彼が爵位を継ぐのは難しくなっただろう。
確か兄弟がいたはずなので、ブルセ家からも出されるかもしれないが、それはそれでコールソン家とブルセ家の因縁から逃れることができてよかったのかもしれない。
もちろん勝手な考えだが。
(晴れて一件落着ね!)
セシリアは、久々に晴れやかな気分だった。ここ最近頭を悩ませていたことが一気に解決したのだ。そりゃ、気分もいい。
ちなみに、キラーの件は、モードレッドに話していなかった。
一番被害を負ったはずのリーンが『言う必要ないんじゃない? もうあんな目に合わないなら、私どうでもいいし!』なんて言っていたので、キラーの正体は秘密を知る者たちの胸の中にとどめることになった。
(オスカーの件は、ちゃんと考えないとだめだろうけどね……)
悩みごとの一つに、先日の告白のこともあった。しかし、当の本人がけろっとした顔でいつも通りに接してきているのだから、どうしようもない。答えを求められてもいないのに、蒸し返すなんてことはできなかった。それに、答えを求められても、どう答えていいのかわからない。
(それにしても、何か忘れてる気がするのよね……)
ダンテの隣を歩きながらセシリアは空を見上げる。
(キラーの件はなんとかなったし、エミリーさんも起きたでしょ? というか、どうして私はエミリーさんを起こそうとしたんだっけ……)
「――っ!」
はっとした顔で足を止める。そんな彼女に気が付き、ダンテは「セシル?」と振り返った。
「ごめん、ダンテ! 先に帰ってて!」
「へ?」
急に踵を返したセシルにダンテは素っ頓狂な声を上げる。
そんな彼にかまうことなく、セシルの足は一直線にグレースの研究所を目指すのだった。
「ってことで、グレースさん! 神子になってください!!」
「無理です」
頭を下げたセシルをグレースは一言ではねつけた。
あまりにもすっぱりと切られ、セシルはその場で踏鞴を踏んでしまう。
「ど、どうして……」
「私は、先生の声の収集に忙しいんです。シルビィ家から援助も出るそうなので、蓄音機もさらに改良しなくてはならなくなりましたし」
「いや、でも。ほら! 神子になったらモードレッド先生のそばにいたい放題だよ!」
『恋愛関係にならないといけないけど』
その言葉はかろうじて飲み込む。今ここでその壁を見せるメリットはない。
それに案外、この二人なら何もしなくてもうまくいくような気がするのだ。
モードレッドがグレースを見るときの表情は、妹であるエミリーを見るときよりも優しい。また逆も然りだ。
しかし、セシリアの言葉にグレースは首を振る。
「私は中の人に興味があるだけで、本体には興味がありませんから」
「えぇ!?」
「まぁ、少しも惹かれないと言ったら嘘になりますが、所詮は(声の)付属品ですし」
「言い方がひどい!!」
頬がひきつる。あんなに互いを大切に扱っておいて、なんなんだこいつらは。
(もしかして、鈍いの!? そうなの!?)
自分を棚に上げたまま、セシリアは慄く。
「ってことで、諦めなさい。セシリア」
急に部屋の奥から聞きなれた声がして、セシリアはグレースの背後を見た。すると、こちらに向かって手を振るリーンの姿がある。部屋に入ってすぐに頭を下げたものだから、今の今までその存在に気が付かなかった。
「え? リーン!?」
「グレースとね。ちょっとお話してたのよ」
グレースが転生者だということはリーンにも明かしていた。転生者同士、いつか引き合わせようと思っていたが、彼女にはそんなお節介などどうやら不要だったようである。
リーンは微笑みながらセシリアを指す。
「もう、あんたが神子になればいいじゃない!」
「そうですね。それが一番手っ取り早いと思います」
「無茶言わないでくれる!? 私は神子になったら死んじゃうんだよ! 二人とも知ってるでしょう?」
セシリアの叫びに二人は顔を見合わせる。
「そりゃまぁ、知ってるけどね? ねぇ?」
「たぶんなんとかなるんじゃないですか? 知りませんけど」
この二人、似てないようで性格の根本は似通っている。セシリアは頭を抱えた。
「二人とも他人事だと思って!!」
「他人事ですから」
「ねぇ?」
「二人とも当事者!!」
その悲痛な叫びは、研究所の外にまで届くようだった。
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