32

 グレースから話を聞いた翌日には、もうこの作戦は考えられていた。

 作戦の大本を考えたのはギルバード。そういうことなら、皆に手伝ってもらおうといったのはセシリアだった。

 エミリーを襲った人間が誰だかわかった。捕まえたいから協力してほしい。

 そう言うと、皆快く協力してくれた。

 そして、かつての仲間やツテから、ヒューイは黒い封筒の情報を聞き出てきた。その情報をもとに封筒を作ったのは、最近印刷会社を買収したジェイド。手紙の内容を作ったのはリーン。屋敷に侵入して、手紙をベルナールの部屋に差し込んだのはダンテだった。

 そのうえで、自白の証人になったのは王族であるオスカーである。

 ギルバートが証人になってもよかったのだが、ベルナールが捕まった場合、ティッキーを守るためにコールソン家から変な横やりが入るかもしれない。コールソン家とシルビィ家は同じ公爵家。横やりが入れば、譲らなくてはならないものが出てくる可能性もあった。妹を傷つけたベルナールが減刑にでもなれば、また違うキラーが現れることもありうる。 透明な殻に包まれたまま、ベルナールは唸る。その目はギルバートを睨みつけていた。


「じゃぁ、コールソン家に恨みを晴らしたいっていうのも……」

「嘘に決まってるじゃないですか。あの紙に書かれていたものは、すべて彼女の創作です。もちろん俺の過去も」

「読了、ありがとうございました」


 リーンは淑女の礼を取りながら、微笑を浮かべる。

 それを見て、ベルナールはわなわなと身体を震わせていた。顔は怒りで真っ赤になっており、セシリアが捕まえてなければ今にもリーン飛びかかってきそうなほどだった。


(とりあえず、何とかなった、かな)


 セシリアは抵抗をみせないベルナールを見ながら、ほっと胸をなでおろす。

 正直、成功するか半信半疑だった。彼がもう少し慎重に黒い封筒の真偽を確かめていたら、きっとこの作戦は成功していなかっただろう。


「……彼が、エミリーを?」


 肩の力を抜いた一同の後ろで震える声をだしたのは、半ば無理やりここまで連れてこられたモードレッドだった。彼は前にいたオスカーを押しのけ、セシリアが支えている透明な殻に食らいつく。そして、今までに見たことのない表情で、拳を叩きつけた。

 その形相にぎょっとする。


「セシル君! ここを開けてください!」

「えぇ!? だ、だめですよ! せっかく捕まえたのに――」

「私が逃がしはしません! 彼を、彼を殴らないと私の気は――」

「うるさいな」


 そう言って、騒ぐモードレッドの腹部を殴ったのはヒューイだった。あまりにも唐突な衝撃に、モードレッドは小さく呻くと、そのまま意識を飛ばしてしまう。


「ちょ――」

「ま、このままここで騒がれても面倒だしねー」


 狼狽えるセシリアにからからと笑うダンテ。

 確かに『目の前で、真犯人を捕まえる』という最低条件をこなした今、モードレッドはいてもいなくてもどっちでもいいが、彼らには躊躇というものがないのだろうか。

 気を失ったモードレッドをヒューイは肩に担いだ。体は小さいのに、大の大人を軽々と持ち上げるさまはちょっとすごい。


「俺は先生を保健室に運んでおくから」

「ヒューイ様が行かれるなら、私も!」


 かわいらしい声でそう言ったのはリーンだ。


「別に来なくてもいいんだぞ」

「あら、私が付いていきたいだけですわ」


 彼女はすぐさまジェイドに宝具を返すと、跳ねるような足取りで彼の後ろをついていく。

 彼らの背中を見送り、一同はベルナールに向き直った。彼は俯いたまま、ピクリとも動かない。


「あとは、それと一緒に彼を憲兵に突き出せば、一件落着だね」


 そう言ってダンテが指したのは、グレースの作った蓄音機だ。

 事の終わりを感じて、セシリアもほっと胸をなでおろす。その時だ――


「――やがって」

「え?」

「馬鹿にしやがって!」


 激高しながら、ベルナールは殻に爪を立てた。


「ちょっ!」


 大きな静電気のような音が響いて、彼の腕が弾かれる。しかし、彼は負けじと、また殻に爪を立てた。


「ちょ、なにしてるの!? 危ないって!」

「馬鹿にしやがって! 馬鹿にしやがって! 馬鹿にしやがって!」

「落ち着いてください」

「べ、ベルナール?」


 ギルバートはなだめに入り、ジェイドは慄きながら後ずさりをする。


「アイツも! お前らも! 全部、全部、全部! 俺の世界から消えればいいんだ!!」

「わぁお。悪役らしいセリフだねぇ」

「うるさい!!」


 飄々としたダンテの言葉を一蹴する。


「おい! 腕が使えなくなるぞ! ちょっとは冷静になれ!」

「うるさい!! うるさい!! うるさい!!」


 前はあんなに怯えていたオスカーの言葉までも彼は聞く耳を持たなかった。


「あぁあぁぁぁぁ!!」


 目が血走り、歯がむき出しになる。手のひらからは煙が上がり、肉の焼けるような匂いがした。髪の毛はふわりと持ち上がる。

 そして、立ち上る黒い靄――


「えぇ!? まって、まって!」

「ヴヴヴァアアァヴァ!!」

『障り』に侵され、獣のような唸り声を上げ始めたベルナールに、セシリアは焦る。

「セシル! 割れるぞ!」

「へ?」


 オスカーの声に慌てて殻を見れば、彼の指が食いこんでいた。そこから徐々にヒビは広がっていく。


「ま、待って!」


 殻を破られまいと、セシリアは宝具に力を籠める。すると――


「あぁああぁああああ!」


 絶叫とともに、彼の両腕が後方に弾かれた。そして、ゴキッという、生々しい骨の折れる音。


(しまっ――)


 慌てて力を緩める。すると、彼は使えなくなった両腕の代わりに今度は殻に頭突きをする。


「なっ!!」


『障り』の力も相まってか、薄くなった殻はその衝撃で割れてしまう。木っ端微塵だ。

 彼は倒れる勢いのまま一番近くにいたセシリアを害そうと、歯をむき出しにして迫ってくる。喉でも噛み千切るつもりだろうか。

 セシリアは目をぎゅっと瞑る。


「――っ!」

「セシルッ!」


 ギルバートの声がして、突き飛ばされた。

 尻餅をついた先でセシリアが見たのは、ベルナールに腕を噛まれたオスカーの姿だった。


「オスカー!!」

「オスカー!?」

「殿下っ!!」


 セシリア以外の三人が叫ぶ。

 オスカーは苦悶の表情を浮かべたまま、ベルナールの腹部に宝具の剣を突き刺した。その瞬間、黒い靄はするするとベルナールの身体から去っていく。


「――ぁ……」

『障り』が去ったベルナールの身体は、まるで糸が切れたマリオネットのように、その場に突っ伏してしまう。意識を失ったのだ。

「思いっきり噛みやがってっ――」

「オスカー!?」


 セシリアは膝をついたオスカーに駆け寄る。

 服の上からにも関わらず、ベルナールが噛んだ場所からは血がにじんでしまっていた。

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