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 放課後、ギルバートの姿は校舎の裏にあった。北側に面しているそこは、暗く、めったに人も寄り付かない。秘密の話をするのにはうってつけの場所だった。

 そんな彼の正面にはベルナールの姿。いつものおどおどとした態度は鳴りを潜め、彼は静かにギルバートを見つめている。


「今日はどうかしましたか?」


 最初に口を開いたのはギルバートだった。ベルナールは少し視線をさまよわせた後、か細い声を出す。


「……僕は、君の協力者になりに来ました」

「はい? 何のことですか?」

「今朝、僕のところにこんな情報が入ったんです」


 そういって彼が懐から出したのは、あの黒い封筒だった。


「それは?」

「うちで雇っている諜報員からの情報です」


 ベルナールは封筒から取り出した便せんに視線を落とす。


「要約すると、これにはこう書いてあります。『ギルバート・シルビィはコールソン家に復讐するため、協力者を探している』と」

「……」

「これを見ると、シルビィ家に行く前は相当意地悪もされてきたみたいですね」


 ベルナールの口角が上がる。眼鏡の奥にある目も細くなった。

 反対にギルバートの顔からは笑みが消える。


「ティッキーの読み通り、貴方はコールソン家のことを調べていた。しかし、ニコルではなく、ティッキーを貶める情報を集めていた。違いますか?」

「……さぁ?」

「コールソン家の次期当主にシルビィ家次期当主が復讐すれば角が立つ。けれど、平民に落ちるティッキーなら話は別だ」


 今までに見たこともない饒舌さで、彼はギルバートを追い詰める。


「けれど、貴方は一人で彼を追い詰めることはできない。なぜなら、動けば絶対に疑われる立場にいるからだ。だから、一緒に恨みを晴らしてくれる協力者を集めていた」


 ベルナールは自身の胸に手を置いた。その目は興奮のためか少し血走っている。


「僕なら貴方に協力できます。俺が今どういう状況にいるか、貴方ならわかってくれるでしょう? 僕もティッキーに復讐がしたいんです!!」


 ギルバートは鼻息荒いベルナールを冷めた瞳で見つめた後、やがてあきらめるようにゆっくりと息を吐いた。


「その情報を持ってきたことには一定の評価を示します」

「なら!」

「しかし、君を協力者にすることはできません」


 突き放すようなギルバートの言葉に、ベルナールは信じられない顔でわずかに後ずさる。


「どうしてですか?」

「君がティッキーを恨んでいるのも本当でしょうし、協力してくれる気持ちがあるのも本当でしょう。……しかし、君には覚悟が足りない」

「覚悟?」

「今まで金魚の糞に甘んじてきた上に、虫の一匹も殺したことがないような人間が、どうやって俺に協力するんですか? 俺がとんでもなく残忍な計画を練っていたらどうするつもりだったんですか?」


 まるで覚悟を問うようにギルバートはそう言う。その言葉に、ベルナールはしばらく黙った後、にたぁっとした薄気味悪い笑みを浮かべた。


「そんなことないですよ」

「というと?」

「三月にあった、女性が石で頭を殴られた事件は知っていますか?」

「えぇ」

「……あの事件の犯人は、僕です。気が付いたら石を持って、彼女に殴りかかっていました」


 ベルナールはギルバートに詰め寄る。


「あの時はいろいろあって殺せませんでしたが、次があるなら今度は確実に仕留めます。しかも相手があのティッキーなら、僕はどんなことでもできます!」


 目をこれどもかと開いた状態で、ベルナールはギルバートの胸元をつかんだ。


「僕の覚悟はわかったでしょう? さぁ、僕をパートナーに選んでください! あのティッキーから狡猾だといわれる貴方でしょうから、もうある程度情報を得てるんでしょう?」

「……」

「彼の悪事の証拠でもつかみましたか? それとも、やってもいない罪を擦り付ける算段でも? あ、あれでしょう! 彼が必ず一人になる日でもわかりましたか?」


 ギルバートは彼の手をぞんざいに振り払った。そうして、少し皺の寄ったシャツを直す。


「やっぱり、君は俺のパートナーに選べません」

「どうしてですか?」

「君は、ここでつかまるからです」


 その時、二人だったはずのその場に、突如としてセシリアが現れた。


「ていやぁ――!!」


 そして、手首についている宝具に触れたあと、そのままベルナールに触れる。その瞬間、ベルナールは丸い透明なガラスのようなものに覆われてしまう。


「なっ――!」

「不用意に触れないほうがいいよ! すごい勢いではじき返すから!」


 ガラスのような表面に触れたままセシリアはそう言う。彼女は本来ならば身体を守るはずの宝具を反転させて、ベルナールを捕まえる檻にしたのだ。

 ベルナールはセシリアを見つめながら声を震わせる。


「お前、どこから……」

「ここからだよ」


 そう言ったのはセシリアの背後からこれまた突如現れたジェイドだった。彼は気配まで消すことができる宝具で身体を覆い、セシリアと一緒に隠れたまま事の次第を見守っていたのだ。


「こっちにも人はいますよ」


 今度はギルバートの背後からそう聞こえてくる。すると、背景がゆがみ、今度はリーンとオスカー、それと固まった状態のモードレッドが出てきた。リーンの手首には一度は返したはずのジェイドの宝具が巻かれている。


「こういうの、簡単に信じちゃダメでしょ。おバカさんだなぁ」

「このぐらいなら、俺でも複製できそうだしな」


 今度は上から声がして、隣に立っている高い木から人が二人降りてきた。ダンテとヒューイである。その手には、先ほどベルナールが持っていたものと同じ黒い封筒が握られている。

 ギルバートは後ろに回していた手を正面に持ってくる。彼の手には、手のひら大の鉄製の箱が握られていた。ギルバートがその箱についているボタンを押すと、先ほどまでの二人の会話が流れ始める。


『三月にあった、女性が石で頭を殴られた事件は知っていますか?』

『えぇ』

『……あの事件の犯人は、僕です。気が付いたら石を持って、彼女に殴りかかっていました』


「――っ!」

「蓄音機です。今日のためにグレースに急ピッチでもう一回り小型にしてもらいました。といっても、手のひらにはまだ隠れませんが」


 ギルバートはスイッチを切ると、彼に向き直る。

 そして、今まで見せたことがない人をくったような笑顔を向けた。


「証拠がないのなら、自白させればいいだけの話なんですよ」

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