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 須藤翔すどうかける。七色の声を持つとされるイケメン声優。その声の幅は、ダンディなおじさまから魔法少女アニメのマスコットキャラクターまで幅広く。また最近ではルックスを生かし、俳優としても活躍している人物である。女性人気もすさまじく、ファンクラブの人数はトップアイドル並。曲を出せば、その週のオリコン一位を必ず取るとまで言われていた。『ヴルーヘル学院の神子姫3』を含め数多くの乙女ゲームに出演しており、あまり声優に詳しくないひよのでも知っている声優の一人だった。


「翔様の声質は万人に好かれる高音のクリアボイスが基本なのですが、低音のハスキーボイスも安定して出すことができ、まさにオールラウンダー。『七色の声』と呼ばれるのにふさわしい声優です。また歌になると、チェストボイスからヘッドボイスへの切り替えが驚くほどスムーズで、違和感を全く感じさせません。さらに、そこにキャラクター性が乗ることにより、えもいわれぬ快感が呼び起され、オキシトシンやドーパミンがドバドバでて、――まぁ、要するにすごく幸せにしてくれます」



 その夜。グレースは自身に与えられている個室の研究室内で、須藤翔への愛をそう熱く語った。見た目は冷静を装っているが、熱くなったオタク特有の早口が、彼女のテンションを如実に物語っている。

 そんな彼女の熱量にセシリアは頬を引きつらせる。


「そ、そうなんだ」

「それだけではありません。翔様は声の幅だけではなく演技もすごいんです。たった一言の『そうか』に慈愛も悲哀も感傷も慕情もすべて含められるんですから。特に二年前に上映された映画の吹き替えでは――」


 どうやらまだ彼女の愛は止まらないらしい。



 グレース・マルティネスはやはり転生者だった。

 前世での名前は、弥谷皐月やたにさつき。皐月は音響機器メーカーに勤める研究者で、自他ともに認める声豚声優オタクだったらしい。須藤翔だけでなく他の声優の追っかけもしていたようで、『ヴルーヘル学院の神子姫3』もその関係でやっていたのだという。

(……で今は、前世の知識から小型の蓄音機を作って、先生須藤翔の声を収集していると……)

 まったく、能力の無駄遣いも甚だしいというものである。リーンとは別の意味で質が悪い。

 皐月だったころの最期の記憶は、セシリアと同じで燃える映画館らしい。どうやら一華とひよのが映画館で助けようとしていたOLが皐月だったようなのだ。同じ映画館で同時に死んだ三人が、同じ世界に転生する。こんな偶然、果たして本当にあるのだろうか。

 そんな彼女の心配をよそに、グレースのマシンガントークは未だ終わりが見えない。今度はどうやって彼女と須藤翔が出会ったかを語っていた。正直、興味はない。

 セシリアは背後の人物に視線を移す。そして、苦笑いを浮かべた。


(ギルも興味なさそうだなぁ……)


 部屋には彼女とグレースの他に、ギルバートがいた。一応話は聞いているようなのだが、その表情は辟易としている。確かにこのまま聞いていても何も進まないだろう。

 情報交換を申し出るために、セシリアは自身も転生者ということと『セシル=セシリア』ということをグレースに明かしていた。このままだとその秘密を明かした意味もなくなってしまう。


(どこかで話を切らないと……)

「あの……」

「ちょっといいですか?」


 ギルバートも同じように感じていたらしい。彼はセシリアが声を上げる前に、そう彼女の話をぶった切った。話を遮られたにもかかわらず、グレースは不満げな顔一つ見せずに「はい。なんでしょうか?」と返す。もしかしたらこんなことは日常茶飯事なのかもしれない。

 ギルバートは背を預けていた壁から身体を離した。


「貴女がエミリーを助けられたのは、前世の記憶があったからということで、間違いはないんですよね?」

「はい。そうです」

「姉さんは『ゲームの中で三番目の神子候補は死んだことだけ伝えられていて、どこでどのように殺されたかまでは情報がなかった』と言っていましたが、貴女はどうやって情報を掴み、エミリーを助けたのですか?」


 その言葉に、グレースは変な顔になった。そして、暫くの沈黙の後口を開く。


「何を勘違いしているのかはわかりませんが、貴方がたの言う『三番目の神子候補』が『アザレアの痣を持つ神子候補』だと仮定をするなら。三番目の神子候補はエミリーではありませんよ?」

「え?」

「神子候補は私です」

「えぇぇえぇえぇ!?」


 おののくセシリアを尻目に、グレースは自身の肩を指した。


「神子候補の証ならここに。見ますか?」

「え、えっと……」

「この服、ちょっと脱ぐのがめんどくさいのですが。……待っていてくださいね。んっしょ……」

「ちょ、まったぁあぁ!!」


 あまりにも自然に服を脱ぎ始める彼女をセシリアは止める。脱ぎかけた服を改めて着せ直し、思いっきり首を横に振った。


「ここで脱がない! 私はいいけどギルもいるから!」

「俺は別に、その人の裸になんて興味ないけど」

「ということらしいので、んっと……」

「だから待ってって! グレースさん落ち着こう! わかった! 信じるから落ち着こう!!」


 そういうセシリアが誰よりも落ち着きがない。服を脱ぐのは一度やめてもらい、彼女の言葉を信じたうえで話を進めることになった。

 セシリアはグレースに質問を飛ばす。


「えっと。グレースさんが神子候補ということはわかったわ。でもそれなら、エミリーさんはキラーに殺されかけたわけじゃないのよね?」

「はい。というか、どうしてモードレッド先生がエミリーを殺そうとするなんて話になるんですか?」

「いや、モードレッド先生じゃなくて、キラーね! 私たち、エミリーを神子候補だと思ってて。今あんな状態になっているのはてっきりキラーにやられたからだと……」

「だから、どうしてモードレッド先生がエミリーを殺すって話になるんですか? 妹だってご存じですよね?」

「えっと……」


 どうにも話がかみ合わない。グレースの話はまるでモードレッドがキラーだと言っているように聞こえる。


「もしかして、キラーの正体はモードレッド先生なんですか?」


 ギルバートの言葉にセシリアは驚きの顔で振り向いた。


「そんなわけないでしょ! いくら何でもその発想は――」

「はい。そうですが」

「え!?」


 すんなりとグレースが頷き、セシリアの目が見開いた。ギルバートはさほど驚くことなく「そうですか」と漏らしている。グレースは一人驚くセシリアを見据えた。


「あぁ、もしかしてセシリアさんはモードレッド先生を攻略してないんですか? CV.須藤翔なのに? CV.須藤翔なのに?」

「あ、いや。……はい、すみません」


 圧が強くてつい謝ってしまう。グレースは息をつくと、セシリアから身を引いた。


「いえ、謝ることはありません。これも布教しきれていない私たちファンのせいでしょう」

「……いや」

「でも、それならわかりました。貴女は彼のことについて何も知らないんですね」


 グレースは身を正す。瓶底眼鏡の奥で彼女の冷静な瞳が細くなった。


「キラーの正体は、モードレッド先生のもう一つの人格です」

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