25

 エミリーの病室でそのやり取りは行われた。


「こちらはグレース・マルティネス。敷地内にある研究所で音響について研究をしている子です」

「初めまして、グレースです」

「あ。初めまして!」


 差し出された手をセシリアは握り返す。

 モードレッドはグレースを指していた手のひらを、今度はセシリアに向けた。


「こちらはうちの学生で、セシル・アドミナ。君の一つ上の先輩にあたります」

「そうなんですね。よろしくお願いします、先輩」

「せ、先輩って! グレースは研究員じゃないんですか?」


 混乱したような顔でセシリアは眉を寄せる。


「グレースは研究員じゃないですよ。君たちと同じ学院の生徒です。ただ、彼女の思いつく物は素晴らしくてね、特別に研究所の出入りを許されてるんですよ」

「日中はほとんど研究所の方にいます」

「へえぇ」


 いわゆる天才という奴だろう。研究所の出入りだけでなく、彼女は学院での勉学も免除されているようだった。


「この国の電話って、数年前はもう少し音質が悪かったんですよ。それを彼女が改良して、今の音質にまで引き上げたらしいです。今は蓄音機の研究をしてるんでしたっけ?」

「はい。大型の物はもう存在しているので、今は出来るだけ小型のものを作っています」

「おおお。グレースさんって、すっごい人なんですね! でも、なんで『障り』の研究をしている先生が、音響の研究をしている彼女と知り合いに?」


 セシリアが素朴な疑問を向けると、モードレッドも同じように首を捻った。


「あれ? 私が『障り』の研究をしている事を、君に話しましたっけ?」

「あっ! い、いえ! ギルに聞いたんです!! シルビィ家のコテージに行かれたんですよねー! 俺も行ってみたかったなぁ!!」


 後半は棒読みになってしまったが、なんとか乗り切る。モードレッドが『障り』の研究をしていることを話したのは【セシル】ではなく【セシリア】だ。


「あぁ、そうですか。君たちは本当に仲がいいですよね」

「あはは……ありがとうございますー……」


 冷汗が頬を伝う。今のは本当にちょっと危なかった。


「で、なんでお知り合いに?」


 失言をごまかすように声を張る。すると、モードレッドはベッドで寝ているエミリーに視線を落とした。


「それはね。グレースがエミリーを助けてくれたからなんですよ」

「助けた?」

「えぇ、エミリーが何者かに襲われた時、駆け付けてくれたのがグレースだったです」


 エミリーが何者かに襲われたのは、まだ日も登っていない早朝だったという。たまたま新聞を取りに家の外に出てきたところを石で殴られたらしい。倒れたエミリーにもう一発食らわせようとしたところでグレースが駆けつけ、犯人は逃走。早い処置もあってか、エミリーは一命をとりとめたのだという。


「妹の命があるのはグレースのおかげなんです」

「そうなんですね」

(だから、モードレッド先生はこんなにグレースのことを信用してるのか……)


 グレースを見つけた時の顔の綻びを思い出しながら、セシリアは頷く。そして、何かに気が付いたように、はっとグレースの顔を見た。


(ということはつまり! グレースはキラーを目撃してるってこと?)


 小さく息をのんだ。思わぬところで思わぬ情報が手に入るかもしれない。

 セシリアは慎重に言葉を選ぶ。


「でも、犯人が捕まっていないのは怖いですよね。……どんな人だったかとか、見ていませんか?」

「それは……すみません」


 グレースは首を横に振った後、わずかに下唇を噛む。悔しいのだろう。

 そんな彼女の肩に、モードレッドは手を置いた。


「いいんですよ。捕まえたとしても、きっと相手は何も覚えていないでしょうしね」

「え、それはどういうことですか?」

「犯人は障りに侵された人間なんです。実は他にも目撃者がいて、相手の身体から黒い靄が出ていたとか、そういう証言をしていたらしいんですよ」

(え!? 犯人はキラーじゃない?)


 キラーが『障り』に侵されているという設定はなかったはずである。少なくとも、セシリアは知らない情報だ。


「もしかしたら、エミリーが目覚めないのも『障り』のせいかもしれませんね……」


 そう言いながら、モードレッドはエミリーの頭を優しく撫でた。



 ギルバートが合流したのはもうお見舞いも終わり、モードレッドやグレースとも解散した後だった。病院から寮までの帰り道、二人は肩を並べて歩く。話題はやはり、エミリーのことだった。


「つまり、エミリーを襲ったのはキラーじゃない可能性があるってこと?」

「うん、まだわかんないんだけどね。私もゲームを最後までクリアーしたわけじゃないから、未確認の情報も多いわけだし……」


 セシリアの話を聞きつつ、ギルバートは顎をさする。何か思うところがあるような表情だ。

 しばらくの逡巡ののち、彼は口を開く。


「ねぇ、一つ聞くんだけど。どうしてグレースさんはエミリーを助けられたの?」

「え?」

「不自然じゃない? 事件は早朝だったんでしょ? しかも、まだ太陽も登っていないような早朝。家が近所だってわけじゃなさそうだし、どうして彼女はそんな早朝に先生の家の付近を歩いていたんだろうね」

「確かに」


 考えてみればそうである。明言はしていなかったが話している感じからして、モードレッドとグレースはその事件で初体面を果たしている。たまたま彼の家に用事があって……というのは考えずらい。


「そのグレースって人、何か隠しているのかもね」


 ギルバートのその言葉に、セシリアの胸はひどくざわめくのだった。

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