24


 二週間ほどの短い夏休みが終わり、セシリアたちはヴルーヘル学院に帰ってきた。


「で。エミリーさんを起こすためには、やっぱりモードレッド先生を攻略しないといけないと思うのよね!」

「……誰が?」

「わ、私が?」

「反対」


 ぴしゃりとそう言い放つのは隣に座るギルバートである。

 セシリアたちはいつものように昼休憩を利用し、温室で作戦会議をしていた。せっかく考えた作戦を否定され、彼女は狼狽える。


「な、なんで!?」

「なんでって言うか、そもそも無理でしょ? そのゲームでの『攻略』って、相手と恋愛関係になるって意味でしょ? 姉さん、今の自分の恰好わかってる?」


 そう指をさされ、セシリアは視線を落とす。セシリアが着ているのは当然男性物の制服だ。


「一応言っておくけど、モードレッド先生の恋愛対象は女性だよ? 前に、先生の元恋人の話で女生徒が騒いでたし」

「そ、そりゃわかってるけど! でも、リーン受けてくれなかったし……」


 セシリアだってこの作戦を考えついた時、一番にリーンに相談しに行った。けれど、『やーだ』の一言で無碍に追い返されてしまったのである。話もろくに聞いてもらえなかった。


「だからって、姉さんがやる必要はないでしょ? そもそも、そういうことをしないための男装じゃなかったの?」

「うっ!」


 痛いところを突かれて胸を押さえる。しかし、セシリアも負けてはいられない。モードレッドのルートは、おそらくエミリーのことがテーマになっていると思うからだ。

 モードレッドの妹で、第三の神子候補であるだろうエミリー。キラーに殺されているはずの彼女がなぜ死んでいないのかはわからないが、そのあたりを含めて情報を集めなくてはならない。

 なぜなら、今のセシリアの目的は『第三の神子候補エミリーに全てを任せて、自分は悠々自適にのほほんと日常を送ること』だからだ。

 セシリアはギルバートにぐっと身を寄せる。


「でも、先生に近づかないとエミリーさんの話聞けないと思うし!! 男の姿でも! 恋愛関係にならなくても! 仲良くなりさえすればいいんだよ! きっと! おそらく! たぶん!」


 セシリアの真剣な瞳に、ギルバートが呆れたようにため息をつく。


「ま、そこまで言うのならフォローはするけどさ。……というか、キラーのことはもういいの?」

「いいわけないでしょ!」


 なぜかセシリアは胸を張る。


「だけど、キラーのこととかもう考えたって仕方がないじゃない? 正体もわからないし、目的もよくわからないし! そもそも、私が狙われるかもわからないし!」

「怖がって俺のベッドにもぐりこんできたくせに」

「そ、それは! だってリーンがおどかすからー!」


 申し訳なさそうに視線を下げる。ベッドにもぐりこんだ翌朝、セシリアはギルバートにかつてないほどの剣幕で怒られた。ちょっとしたトラウマである。


「でも、もう悩んでも仕方ないことは悩まなくてもいいかなって。リーンのことも、私ができることはないわけだし!」


 リーンが攫われて以来、彼女の側には常にヒューイがいる。これではきっとキラーも手を出しにくいに違いない。

 セシリアは胸元に拳を作る。


「だから、私はモードレッド先生に近づいて、エミリーを起こす! そのうえで全部投げる! これを目標にするわ! キラーは、出てきたらその時々で対処する!」

「そう。……わかった」


 ギルバートは興味なさげに一つ頷く。納得はしていないが了承はした。おそらく、そういうことだろう。


「で、何からしたらいいと思う?」


 かぶりついてきたセシリアにギルバートは眉を寄せた。


「そういうのは姉さんの方が詳しいんじゃないの? 『攻略』ってのをするためにゲームでは何をしてたわけ?」

「えっと、そうだなぁ。出来る限り一緒にいて、好感度を上げるっていうのが基本だけど。あとは、その人が行きそうなところにあらかじめ先回りしておくとか……」

「それなら、今日の放課後二人でお見舞いに行ってみる?」

「え? エミリーさんの?」


 セシリアは目を瞬かせる。


「うん、モードレッド先生にも声かけてさ。『もしよかったらまた来てあげてください』って先生も言ってたしね」

「そうね! 私もエミリーさんの調子も気になってたし!」


 モードレッドの攻略よりもエミリーの調子を見に行くのがメインになりそうな勢いで、セシリアは手を叩く。それを見て、ギルバートもふっと表情を緩める。


「それじゃ、放課後に」

「うん! 約束ね!」


 セシリアが頷くと同時に、昼休憩終了を知らせる鐘が鳴り響いた。



「……約束って言ったのに……」


 放課後、セシリアの姿は病院の前にあった。手には花束。そして隣には……誰もいなかった。

 ギルバートは先生にまた呼び出しを食らっていた。理由は彼の実兄、ティッキーである。彼はまだギルバートの協力を諦めていないらしい。しかも今回は、学院にまで電話してきたというのだ。

 この世界の電話はライフラインではなく、公共物といった扱いに近い。公共の建物や上位の貴族の家庭には設置してあるが、一般の家庭にはまだ浸透していないのが実情だ。なのでまだ遠方にいる人とのやり取りは、手紙が主流である。

 今まではティッキーも手紙をよこしていたのだが、梃子でも動かないギルバートを動かすため今回は電話を使用したらしい。


「ってことは、長くなりそうよねー」


『片づけたら向かうから、先に行っておいて』


 ギルバートはそう言っていたが。諦めの悪いティッキーのことだ、早々に片付くわけがないだろう。


「ギルも大変そうよねー」


 セシリアは花束を抱え直し、一人で病院の門をくぐる。


「えっと、エミリーさんの部屋ってどこだったっけ?」


 建物に入り、受付を見る。そこには人はいなかった。どうやら出払っているらしい。


「先生は先に行って待ってるって話だし、どうするかなぁ」


 二階だったことと個室だったことは覚えている。ただ、何個目の部屋かまでは覚えていなかった。セシリアは記憶を手繰り寄せながら階段を上る。こうなったら不躾かもしれないが一つ一つ当たってみるしかないだろう。

 セシリアが階段を上りきったその時、脇から人が出てきた。突然のことだったので、セシリアはよけきれずぶつかってしまう。


「きゃっ!」

「わわっ!」


 二人とも花束を持っていたようで、花束同士がぶつかった。そして、同時に尻餅をつく。


「いつつ……」

「あっ。ごめんね」


 セシリアはすぐさま起き上がり、ぶつかった相手に駆け寄った。


「怪我はなかった? 大丈夫?」

「あ、はい」


 ぶつかった相手は女性だった。厚い瓶底眼鏡に足元まである白衣。癖のある髪の毛に低い身長。年齢はセシリアよりも下に見える。

 その姿にセシリアは目を見開いた。


「あ! あの時の!!」

「はい? どこかでお会いしましたか?」


 首をかしげる。彼女が覚えていないのも無理ない。セシリアと彼女は一度すれ違っただけなのだ。エミリーのお見舞いに初めて行った日、妙な既視感と共に二人はすれ違った。それだけの関係だ。

 セシリアは「えっと……」と言葉を濁しながら彼女の花束を床から拾い上げる。その花束には『Emily』というカードが入っていた。


「もしかして、貴女もエミリーさんのお見舞いに――」

「そんなところで何をしてるんですか?」


 声のした方を見れば、部屋から半分身体を出した状態のモードレッドがそこにいた。きっとあの部屋がエミリーの病室なのだろう。彼の視線はセシリアから隣の女性へ移る。そして、顔を綻ばせた。


「グレースも来てくれたんですね。ありがとうございます」

「いえ」


 グレースと呼ばれた女性は、モードレッドの声に応えるように、柔らかく微笑んだ。

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