23 閑話休題【オスカーの夏休み】


『姉さんがセシルだって、今頃気が付いたんですか? まったく、殿下は鈍いですよね』


 セシリアがセシルなのではないかと気づいた翌日。オスカーが問い詰めると、ギルバートはそうあっさり白状した。コテージの玄関ホールで二人は声を潜めて話し合う。他のメンバーはのんきに雑談をしていた。


『もともと、隠し通せるとは思っていませんでしたからね。姉さんはこのままでいけると思っているようですけど。ま、俺はそんなに楽観的な方ではないので』

『お前、セシリアは公爵令嬢なんだぞ!? そんな――』

『わかってますよ。そんなこと』


 なんてことない表情でそう宣う彼が気に入らない。そして――


『それでも、これは姉さんの望みですから』


 そうやって、自分だけ事情を知っているように振舞うのも気に入らなかった。これではまるで自分だけ蚊帳の外みたいじゃないか。

 オスカーは唸るような声を出す。


『何のためにあんなことしてるんだ?』

『それは言えません』

『お前っ!』

『言っても理解できないと思います』


 馬鹿にされたような物言いに腹が立った。理由を言えないならまだしも、理解できないと言われたら、さすがにカチンとくる。


『もういい。それなら!』


 ギルバートがダメなら、本人に聞くまでだ。そう足を踏み出したオスカーをギルバートは腕を掴んで止めた。


『本人には言わない方がいいですよ。多分、殿下に気づかれたと知ったら、姉さん国外逃亡ぐらいはするでしょうし』

『は? 国外逃亡!?』

『それぐらい殿下には知られたくないことってことですよ』

『俺に、知られたくない? 男装をしている事を、か?』

『はい。だから殿下はあきらめて「知らないふり」をしていてくださいね。ま、俺は姉さんについていくだけなので、国外逃亡でも構わないんですけど』


 意味が分からない。馬鹿にされたという怒りは吹き飛び、今度は混乱が頭を支配した。

 とりあえずわかっているのは、自分が黙っていなければセシリアはこの国から逃げてしまうということ。そして、彼の表情を見る限り、それは嘘ではないということ。


『じゃ、「知らないふり」頑張ってくださいね』


 ギルバートがそう微笑んだと同時に、セシリアとリーンが階段から降りてきた。



 それが三日前の出来事。



「あぁ、くそっ!」


 オスカーは王宮にある執務室でガシガシと頭を掻いた。いきなり大きな声を上げたオスカーに、先ほど書類を持ってきた騎士が飛び上がる。


「殿下、どうかなさいましたか!? まさか、書類に不備が?」

「いや、大丈夫だ。悪い」


 オスカーは顔を青くする騎士に詫びを入れ、手元にある書類にもう一度目を落とした。

 書類は軍部の追加予算案だ。現在、オスカーには軍部が任されていた。書類上のトップはまだ国王だが、実質の管理は彼がしている。と言っても、軍をどう動かすか、どういう設備を作るか等は、現場の人間や有識者と共に決めているので、まだ『勉強させてもらっている身』という感じだ。

 オスカーは仕事をこなしつつ、頭の隅でセシリアのことを考える。


(つまり、あの時も、あの時も、あの時も。相手はセシルではなく、セシリアだったということか!?)


 怖いからと、同じ布団で眠ったセシルも、

 絵のポーズを取るために、自分の胸に手を這わすセシルも、

 リーンから逃げるために、異国の服で自分の上に乗っかってきたセシルも、

 全部、全部、全部、ではなかった。彼女・・だった。

 そう実感した瞬間、つい先日感じた彼女の柔らかい身体を思い出して、オスカーは机に突っ伏した。


「あぁっ、もうっ!!」

「で、殿下!? 大丈夫ですか!?」

「アイツは一体、何をやってるんだ!! 本当に馬鹿だろう!!」

「わ、私、何かしたでしょうか!?」


 オスカーの奇行に騎士が狼狽える。しかし、そんな可哀想な騎士に構っているだけの心の余裕は今の彼にはなかった。

 オスカーは額を押さえながら下唇を噛みしめる。


「『知らないふり』って。一体、どんな顔して会えばいいんだ……」


 オスカーはまた頭をガシガシと掻きむしった。


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