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「きちゃった」
「『きちゃった』って……」
たじろぐような声を出しながら、セシリアは持っていた扇で顔を深く隠した。
それもそのはずだ。玄関ホールに立っていたのはリーンだけではなかった。彼女の後ろには、ジェイドとダンテ、そして、ヒューイがいる。あとはオスカーがいれば、いつものメンバー完成である。
ジェイドたちは公爵家の玄関ホールを見渡しながら感嘆の声を上げていた。通常ならば大広間を照らすようなシャンデリアが玄関にあるのだから当然だ。
「……リーンさん、少しこちらへ」
セシリアは手招きし、リーンをホールの端に誘った。そこで声を潜める。
「なんで、皆で来るかなぁ!? しかも、予定よりも早いし! 来るの三日後って約束だよね!?」
「えへへ。私ってせっかち屋さんだからー」
「だとしても!」
「『覚えてなさいよ』って言ったでしょう?」
リーンは笑う。つまりこれは、チャイナドレスの一件の意趣返しということだろうか。だとしたら、とんでもない角度の返しだ。鋭角過ぎてついていけない。
セシリアは頭を抱える。
「皆にはどう説明してつれてきたの?」
まずはそこを理解しないと始まらない。この中でセシリア=セシルだと知っているのは、ギルバートとリーンだけだ。ダンテは気づいているかもしれないが、確かめてはいないので知らないと思って対応した方が無難だろう。
「まさか、私がセシルだってバラしちゃったの!?」
「さすがにそこまでのことはしないわよ。セシリアのことは『古くからの友達』だって言ってあるわよ。それで、皆と話している時に『遊びに行く』って言ったら、『ついていきたい!』って言うから連れてきちゃった! 皆、公爵家の屋敷に興味津々みたいでねー」
不可抗力のように言っているが、『皆の前』で『遊びに行く』と言う時点で確信犯だろう。
セシリアは痛む頭を押さえる。ゆっくりしようと思った矢先にこれだ。ギルバートも先ほどから明らかに不機嫌オーラを出しているし、やってられない。
「もぉ……」
「大丈夫、大丈夫。夕方には帰るから! ちょっと驚かせたくて寄っただけだし! 私も一度屋敷に帰って、三日後に改めて来るわね!」
「それならいいけどさ……」
ギルバートとセシリアが屋敷に帰ってきたその日に来るということは、彼らも学院の寮からそのままこの屋敷まで来たということだろう。それぞれの屋敷まで帰ってから来ていたら、こんなに早くたどり着けるはずがない。確かに顔を出すだけならその方が手っ取り早いが、この行動力はどうにもいただけない。
「あらあら、まぁまぁ! 今日はお客様がたくさんなのね」
その時、二階へ続く階段からおっとりとした声が聞こえてきた。振り返れば、セシリアと同じハニーブロンドの髪の毛を靡かせた女性が、ゆっくりと階段を下りてくるところだった。
「セシリアのお客様? それともギルの?」
そこにいたのは、ルシンダ・シルビィ。セシリアとギルバートの母親である。
いかにも上流貴族の女性といった感じの彼女は、嬉しそうに頬を引き上げながら、一同の前に立った。
「ようこそ、シルビィ家に。どのような用事で来られたかわかりませんが、ゆっくりしていってくださいね」
その言葉にリーンは代表で腰を折る。
「お邪魔しております。ラザロア家息女、リーン・ラザロアでございます」
普段の彼女からは考えられないぐらい、綺麗な淑女の礼をとる。ルシンダはその自己紹介を聞いて、瞳を輝かせた。
「まぁ! 貴女がリーンさん? セシリアのお友達の?」
「あ、はい!」
「それでは、後ろの方々も?」
少女のように頬を染めながら、ルシンダはリーンの背後を覗き見る。
「いえ、この方たちは……」
「大勢で押しかけてしまいすみません。ジェイド・ベンジャミンです。セシリアさんとは面識はありませんが、ギルとは学院で仲良くさせてもらっています。今日はシルビィ家のお屋敷が見れるって聞いてついてきちゃいました!」
さすが商人の息子と言うべきか。人の好い笑顔で彼はリーンの言葉を引き継ぐ。
「では、ギルのお友達なのね? ということは、皆さんもお泊りになるの? リーンさんはお泊まりになるのよね?」
子供たちの友人が来たのがよほど嬉しいのか、彼女は満面の笑みでそう聞いてきた。
愛想のいいルシンダに、リーンもまた笑顔になる。
「あ、はい。でも、また改めて来させていただこうかと。今日は屋敷に帰る前に寄っただけですし」
「俺たちはリーンについてきただけなので」
泊まる予定はありませんと暗に言えば、ルシンダはリーンの手のひらをぎゅっと握りしめた。
「そんなこと言わずに、今すぐ泊まってらっしゃって! 着替えも食事も全部こちらが用意しますわ。ジェイドさんたちも」
「お母様!?」
リーンだけでなくジェイドたちまで誘おうとする母親に、セシリアはひっくり返った声を上げる。
「そうだ! この奥の湖畔にペンションがあるの。良かったらそこを使って。部屋数も十分あると思うし、使用人もつけるわ。もちろん護衛の兵士もね」
「ちょ、ちょっと、待って下さい!」
母親の暴走に、ギルバートもたまらず声を上げる。
「いきなりそんな話になったら、彼らのご両親も吃驚されると……」
「大丈夫よ。それぞれの家の方には私が連絡しておくわ。何かあればその時教えてくれるでしょう」
それを人は権力と呼ぶ。
公爵家からそんな連絡があれば、もうそれはただの事後報告だろう。異など唱えられるはずもない。
「若い男性とセシリア嬢が一緒にいることは、気にならないのですか?」
さすがにどうかと思ったのか、ダンテが片手をあげながらそう援護射撃をしてくれる。しかし、ルシンダには効果はないようだった。
「あら、ギルがいるんですもの。そういうことは全く心配してないわ。この子なら何が何でもそういうのからセシリアを守ってくれるでしょうし。ね、ギル?」
「……いや、まぁ。それはそうですが……」
気持ちを知っているからだろうか。全幅の信頼を向けるルシンダの瞳に、ギルバートはこめかみを押さえた。
一番煩そうな息子を押さえ、勝利を確信したルシンダは手を叩く。
「それじゃ、決まりね! これを気にギルだけでなく、セシリアとも仲良くなってくださいな!」
おっとりとしていながらも、その実、彼女は我を通すことには長けていた。
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