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「こんなことでいいの?」
「うん」
ソファーに座るセシリア膝の上にはギルバートの頭があった。足はひじ掛けの方に投げ出されており、彼はじっとセシリアの顔を見上げながら、落ちてくるハニーブロンドの髪をもてあそぶ。
「最近、疲れてたからさ。癒されたくて」
「そういえば、ここのところしょっちゅう先生に呼び出されてたわよね?」
「うん。前の家のことでね」
前の家、というのはギルバートの生家であるコールソン家のことだ。コールソン家はシルビィ家の遠縁で、代々大臣などの国の役職を輩出してきた優秀な家である。しかしそれ故に選民思想が強く、彼らは自分たち以外の人間を見下しているきらいがあった。現当主夫婦はさらにその傾向が強く、ほとんどの貴族の子供が通うヴルーヘル学院にも『よくない虫がつくかもしれない』と息子たちを通わせていなかった。
「コールソン家がどうかしたの?」
「なんか、いろいろあるみたいでね」
ギルバートはそれ以上告げず、視線を下げた。落ち込んでいる感じではないものの、本当に辟易しているという感じだ。
(なにかあったのかしら……)
出自のせいか、ギルバートはコールソン家をあまりよく思っていない節がある。連絡も断っているようだし、生家の話もしたがらないので今まで触れてこなかったが、もしかしたらセシリアの知らないところで彼は密かにいろいろな苦労をしているのかもしれない。
彼女は労うようにギルバートの額を撫でる。すると彼は嬉しそうに目を細めた。
(ギルもまだまだ子供なのね)
いつも大人びている彼が自分に甘えてきてくれるのが嬉しくて、セシリアの顔にも笑みが浮ぶ。
「ねぇさっき、姉さんの夏休みを全部俺にくれるって言ってたけど、あれってほんと?」
ギルバートは自分の額を撫でていたセシリアの手を取りながら、そう聞いてくる。セシリアは笑顔で頷いた。
「うん! あ、でも、用事がある日以外になるかな!」
「用事って?」
「えっと。ハンス兄に稽古つけてもらう予定があるのと、ドニーに勉強を見てもらう約束もしてるでしょ。あとは、ベッキーとレナに料理を教わって、エルと一緒に草むしり。それと……」
セシリアは指を折りながら夏休みの予定を上げていく。ハンスというのはシルビィ家の兵士で、ドニーというのはシルビィ家家令の息子だ。ベッキーとレナは侍女。エルというのは庭師の青年である。社交界に出れず友人が作れなかったセシリアにとって、彼らは使用人以上に良き友人でもあった。
「それって俺に割ける時間ある?」
「あるわよ! ……たぶん」
セシリアの曖昧な返事に、ギルバートは彼女の手に指を絡ませてきた。
「それさ、全部断って」
「え?」
「わがまま聞いてくれるっていうなら、全部断ってよ」
ギルバートはセシリアの手を引いて自分の口元に持っていく。わずかに当たる唇の感触に、思わず頬が熱くなった。
「独り占めさせてくれるんでしょ?」
甘えるような声が耳をくすぐる。手を引こうにも、彼は一向に離してくれる気配がない。
(さ、さすが乙女ゲームの攻略対象! この色香、半端ない!!)
火照った頬をあいている方の手で仰ぐ。姉に甘えるだけでこの色香なら、恋心を向けられたヒロインはさぞ大変だったに違いない。
(なんか、最近のギルは甘えん坊だなぁ)
少し前ならば『面倒を見てあげる』と言ったところで、鼻で笑われて終わりだっただろう。素直に甘えてもらえるのは大変嬉しいのだが、こういう事をされると、どうにもどぎまぎしてしまう。
顔を仰ぐセシリアを見ながら、ギルバートは呟く。
「……なんか、二週間もあればなんとかなるような気がしてきた」
「なにが?」
「なんだろうね」
余裕の笑みでそう言われ、セシリアは首をかしげる。
彼がなにを考えているか、それは昔からよくわからない。
「あぁ、でも! リーンの予定は断れないからね?」
「リーン?」
思い出したかのような声に、ギルバートは目を瞬かせた。
「うん! リーンね、二、三日うちの屋敷に泊まることになってるの! お泊り会するんだ! 楽しみだなぁ」
ほくほくとした笑みを浮かべるセシリアに、ギルバートは目を半眼にさせた。
「ねぇ、リーンに正体がバレたっていうのは聞いたけどさ。ちょっと最近、仲良すぎない?」
「え!?」
声が不自然に跳ねあがる。
「そ、そーかなー……」
「そうだよ。なにか、隠し事してない?」
「カクシゴトナンテシテナイヨ」
「なに隠してるの?」
先ほどまでの穏やかな雰囲気はなくなり、剣呑な空気がギルバートから立ち上る。
起き上がった彼に詰め寄られ、セシリアは視線をそらした。
「協力してって言う割に、姉さんは肝心なところ俺に黙ってるよね? それじゃ、助けてあげたくても助けてあげられないんだけど」
「えっと、でも……」
「『前世』って言うから、いろいろ気を使ってそっちから情報出してくれるの待ってたけど。そろそろ俺も限界。あんまり隠し事するようなら、俺にだって考えがあるからね」
そむけた顔に視線が突き刺さる。逃げたくても左右に腕があって逃げられない。見上げれば、珍しく青筋が浮かんでいる彼の顔がある。
怖い。
その時、部屋の扉がノックされた。突然現れた助け舟にセシリアは「は、はーい!」と声を上げる。入ってきたのは、侍女のレナだった。
「セシリア様、おと――っ!」
レナは二人の状況を見るや否や固まってしまう。そして、頬をにわかに染め上げた後、両手で顔を隠し「し、失礼しました!」とその場を後にしようとした。せっかく来た助け舟が回れ右をして、セシリアは焦る。
「ちょ、ちょっと待って!」
「へ?」
「私に何か用なんでしょ? なに?」
「こ、この状況で話せと?」
頬を染め上げたまま、レナは視線を泳がせた。
「だ、だめなの?」
「だめではありませんが、その、私ベッキーさんほど経験豊かではないので、あの……」
レナは頬を染めながら、ちらちらと二人に視線をやる。
「セシリア様がどこに嫁がれてもついていく所存ではありますし! そういうお世話だって心得てはいるのですが、ちょっと、あの、まだ心の準備が……」
「何かあったの?」
遅々として進まない彼女の話をギルバートは促す。
「あの、セシリア様のご友人を名乗られる方がお尋ねに」
「は? 誰?」
「ラザロア男爵家の御令嬢で、リーンと名乗られておられますが……」
セシリアはその言葉に大きく目を見開いた。
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