「で、なんでこんな大人数になっちゃったの?」


 翌日、リーンと待ち合わせをしていた病院前で、セシリアはそう呟いた。目の前にいるのはリーン、オスカー、ギルバート、ジェイド、ヒューイの五人である。セシリアを合わせれば六人にもなる大所帯だ。


「ヒューイとジェイドは私が誘いましたの。オスカー様とギルバート様は偶然すぐそこでお会いしまして……」


 余所行きの顔で、リーンはそう微笑む。セシリアも大概だが、彼女も大概自分を偽っている。ちょっと感心してしまうぐらいだ。


「それにしても、多くない?」

「大丈夫です。先生に許可は取りましたわ。むしろ多い方が妹も喜ぶだろうと……」

「それならいいけど……」


 大勢で病室に押しかけてしまうことに一抹の不安があったが、モードレッドが許可を出したということは大丈夫だろう。胸をなでおろすセシリアにオスカーは近づいた。


「悪いな。邪魔をしてしまったみたいで」

「そんなことないよ! ごめん、さっきのは言い方悪かったよね」

 頭を下げるセシリアにオスカーは首を振った。

「いや。お前が心配してしまうのも無理はない。ただ、先生には普段から世話になっているし、この機会に妹さんにも挨拶が出来たらと思ってな」


 そう言いながら、彼は表情を崩した。

 こういう義理堅いところは、この世界のオスカー特有のものだ。ゲームでの彼は、こんな風に誰かと関わろうとはしなかった。少なくともヒロインのリーンと友人のダンテ以外、彼が誰かを気に掛けるということはなかったはずである。

 この変化はセシリアにとって、大変喜ばしいものだった。


(こっちのオスカーは親しみやすいしね!)


 ゲームではいつだってセシリアを牢獄送りにしてきた彼と、こんな風に接することができるようになったのは、ひとえに彼の性格の変化のおかげだ。


「というか、オスカー久しぶりだね! 最近あんまり学院来てなかったでしょ?」

「あぁ、ハイマートの件の事後処理やらなんやらでな」


 ハイマートの件というのは、セシリアの誘拐事件のことである。彼女は申し訳なさそうな顔で頬を掻いた。


「そっか。なんか、俺のせいでごめんね」

「いや、お前のせいでは――」

「でも、最近会えてなかったから、偶然でもなんでも会えてうれしいよ!」


 素直な気持ちをそう吐露すれば、彼の頬はにわかに染まった。


「……そうか」

「うん!」


 オスカーは目尻を下げながら、セシリアの頭に手を伸ばす。しかし、その手が彼女に触れる前に、ギルバートが制してしまった。ギルバートはオスカーの手首を捕まえながら、黒い笑みを浮かべる。


「わーい。俺も殿下に会えて嬉しいです」

「……お前とはしょっちゅう会っていたよな?」


 オスカーの引いた表情に、ギルバートの表情も消える。


「俺、殿下とは毎日会っていたいんですよ……」

「それは、そんな表情で言う台詞じゃないだろう!」

「え? もしかして殿下は俺に、満面の笑顔で猫なで声を出してほしかったんですか?」

「やめろ! 想像させるな! 気持ちが悪い!!」

「大丈夫です。俺も想像だけで最高に気持ちが悪いですから。吐き気をもよおします」


 オスカーの腕を掴んだまま、ギルバートは口元に手を当てる。それを見て、オスカーは頬を引きつらせていた。

 そんな二人の様子をセシリアは少し離れたところで見守る。


「二人とも、相変わらず仲いいなぁ」

「あれが?」


 たまたま隣に立っていたヒューイが信じられないという顔をする。彼の隣にいるリーンもジェイドも苦笑を浮かべていた。


「皆さま、じゃれてないで参りましょう! モードレッド先生がお待ちです!」


 リーンの号令で、一行は病院を目指した。



「あぁ、よく来てくれましたね」


 教えてもらった病院前で、モードレッドは待っていた。彼は柔和な表情のまま六人を迎える。

 そんな彼の前に、代表者であるリーンは一歩踏み出した。


「モードレッド先生、今日はお時間を取っていただきありがとうございます。それとすみません。私、セシル様に教えていただくまでエミリーが入院しているだなんて全く知らなくて、こんなに遅くなってしまいました」


 悲しげな表情で、リーンは目を伏せる。どうやらモードレッドの妹は『エミリー』という名らしい。どうやって調べたのかはわからないが、大した探知能力だ。

 彼女の設定では『リーンはセシルに話を聞いて、しばらく会ってなかった友人が入院していることを知った』ということになっているようだった。それなら確かにこの場にセシルがいるのも不自然ではない。


「いいんですよ、こういうのは来てくれたことに意味があるんです。きっとエミリーも喜んでくれます」


 そうしてモードレッドは先導して歩き出す。病室まで案内してくれるのだろう。

 一行の一番後ろで、セシリアはリーンに耳打ちした。


「ねぇ、本当にエミリーさんと友達だって嘘ついたの?」

「そうよ」

「それって大丈夫!? いきなり知らない人が入ってきたら、エミリーさんだってビックリしちゃうよ? すぐ知り合いじゃないってバレちゃうんじゃない?」

「それは大丈夫よ! こういうのは相手が口を開く前に『あー! すっごく久しぶりー! 覚えてる? 私、リーンよ! 何年ぶりかしら!』とか言えば、大体の人間は狼狽えながらも『……うん』って答えるから」

「相変わらずコミュ強だよね……」

「うふふ、ありがとう」


 それからしばらく歩き、モードレッドの足はある病室の前で止まった。


「ここです」


 そう言って、彼は病室の扉を開けた。奥にはベッドが一台しかない。どうやら個室のようだ。


「こちらです」


 そう促されるまま、一行は部屋に足を踏み入れる。そうして、ベッドに近づいた。

 ベッドの中でエミリーは寝ていた。これだけの大人数が入ってきたにもかかわらず、彼女の瞼は固く閉じられたまま、開く気配をみせない。


「エミリーさん、寝ているみたいですね」

「お見舞いは後にした方がいいんじゃないか?」


 ジェイドに続き、ヒューイがそう言う。モードレッドは彼女の布団をかけ直しながら、悲し気に視線を下げた。


「待っていても起きませんよ」

「え?」

「エミリーはあの日からずっと眠ったままなんです」


 彼の言葉にその場にいた誰もが息をのんだ。


「それって……」

「身体はもういいはずなんです。脳にも異常はない。ただ、眠ったまま起きてくれないんですよ」


 モードレットは慈しむように妹の額を撫でる。


「よほど、襲われたときのことが怖かったんでしょうね。たまにうなされるように声を上げることもあるんです。でも、目だけは一向に開かない」


 彼は妹から視線を上げる。そして、悲し気に眉を寄せたまま、微笑んだ。


「私も早く起きた顔が見たいんですけどね」


 その少しだけ泣きそうな表情に、一同は何も言えなかった。



「妹さんのことを調べてるときにね、たまたま知ったんだけど。モードレッド先生、ご両親が早くに亡くなっていて、エミリーさんしかご家族いないみたいなの」


 リーンがそう言ったのは、病院からの帰りだった。二人は列の一番後ろを、少し離れた状態でついて歩く。


「そう、なんだ」

「だから、余計にショックでしょうね。妹を溺愛していたって噂もあったぐらいだから」


 その言葉にセシリアは一行を見送るモードレッドの姿を思い出す。


『すみません、こんな姿で。でも、もしよかったらまた来てあげてください。今日は心なしか少し楽しそうにしていましたから』


 そう言う彼は、いつもと変わらず穏やかな表情を浮かべていた。しかし、その変わらなさが、余計に痛々しさを誘う。


「たとえエミリーが神子候補だとしても、あの状態の彼女に全てを投げるのは無理があるわね」

「……そうだね」


 正直、そんなことを言える状態ではない。彼女が無事目覚めれば何か進展は見込めるかもしれないが、今の状態ではかけらもそんなことは考えられなかった。ただ、悲し気に目を伏せるモードレッドが頭を占拠して離れない。

 その時だ、一行は一人の女性とすれ違った。大きな瓶底眼鏡をかけたくせっ毛の女性である。彼女は白衣をなびかせながら、先ほど一行が出てきた病院の方へ歩いていく。


(あれ?)

「どうしたの?」


 立ち止まり、振り返ったセシリアを見て、リーンも足を止める。


「いや、なんか……」

(どこかで見たような気が……)


 しかし、はっきりとは思い出せない。おそらくゲームでの記憶なのだろうが、どこで見たのか、誰のルートで見たのかはまったくわからなかった。


(でも、妙に……)


 気になる。


「大丈夫? 何か気になる事でもあった?」

「あ。ううん、大丈夫。気のせいだったみたい!」


 リーンの問いかけにセシリアは首を振り、踵を返す。ここまではっきりとした記憶がないのだ。見たことがあるにしても単なるモブキャラだったに違いない。それならば覚えてなくても何の支障もないはずだ。


(リーンも反応しなかったしね!)

「ごめん、行こう」


 少し先の彼らに追いつこうと、セシリアは駆け足になった。

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