翌日、ギルバートの用事で少し早めに学院についたセシリアは授業が始まるまでの朝の時間をぼーっと教室で過ごしていた。教室の中にはまだ誰もおらず、セシリアは窓の外をじっと見つめている。思い出されるのは昨日のモードレットとの会話だ。

 彼の妹はもしかしたら本当に神子候補なのかもしれない。彼のプロフィールに妹のことが書いてなかったのは、プレイヤーのことを驚かそうとする製作者側の意図だろう。乙女ゲームではままあることである。そしてきっと彼のルートでは、その妹のことを絡ませてストーリーが進んでいったに違いない。『妹を殺され、キラーに強い恨みを持っているモードレッドが、仇を取ろうと奮闘する話』とかならちょっと楽しそうだ。

 いや、現実で考えるならば決して楽しい話ではないのだが……


(どちらにせよ、確かめるには直接会って聞かないとダメなんだよね……)


 けれど、セシルがモードレッドの妹に会う方法は思いつかなかった。セシリアならまだ……とは思うが、のっぴきならない事情がでもできない限り、この学院ではセシリアの恰好はしない予定である。


「なに悩んでるの?」

「あ、……リーン!」


 ちょうど今来たのか鞄を机に置きつつ、彼女は話しかけてきた。口調が素なのは周りに人がいないからだろう。


「今日は早いわね」

「ギルが先生に呼び出されちゃってね。なんか家のことみたいなんだけど……」


 彼が家督を継ぐことが決まっているからか、もうセシリアよりもギルバートの方がシルビィ家に関しては詳しい。家の仕事も手伝っているらしいのだが、セシリアにはなにをしているのかちょっとわからなかった。

 リーンは心底興味なさげに「ふーん」と呟き、セシリアの前の席に腰かけた。


「それより、さっきはなにに悩んでたの?」

「悩んでるのわかる?」

「前世からの親友を舐めないでよね!」


 リーンは胸を叩く。その仕草は完全に一華のもので、セシリアは思わず噴き出した。そのまま彼女は、昨日あったことと三人目の神子候補について話をした。セシリアが話し終えると、リーンは顎をさすりながら「なるほどね」と呟く。


「それは確かに怪しいわねぇ」

「モードレッド先生の妹が、三人目の神子候補ってあり得ると思う?」

「あり得るんじゃない? 主人公たちの敵に親族殺された攻略キャラクターって、乙女ゲーム的には割と定番だと思うし!」

「そうだよね!」


 ここにギルバートがいたら『なに、オトメゲームってそんなに怖いゲームなの……』と顔をしかめる案件である。


「で、確かめたいんだけど、いい方法が思いつかなくて……」

「そんなのお見舞いに行けばいいじゃない!」


 リーンにからりとそう言われ、セシリアはため息をつきながら机に突っ伏した。


「そう簡単に言うけどさー。私、今男なんだよ? いきなり見知らぬ男がお見舞いに来たら、妹さんも怖がっちゃうでしょ。しかも彼女、襲われた経験があるんだよ? 行っても絶対警戒されて、話にならないって……」

「なによ。学院の『王子様』が情けないわねぇ。そこで、メロメロに落としてこその『王子様』じゃない!」

「兄である先生の前で?」

「まぁ、そこは命を差し出すぐらいの覚悟で」

「いやだよ! そんなことで命とか差し出せないよ!!」


 涙目である。彼が実は真性のシスコンだったらどうするつもりなのだ。


「それなら、私が一緒に行ってあげようか?」

「へ?」

「女生徒がいるならおかしくないでしょう? それに、妹さんの友人だっていえば大丈夫よ! まさかモードレッド先生も、妹の交友関係まで全部把握しているわけじゃないでしょうし!」

「協力してくれるの?」

「もちろん。前世からのよしみですもの」

「一華ちゃん……」


 思わず感動で声が緩んだ。まさか彼女が手伝ってくれるとは思わなかったのだ。こういっては何だが、彼女は自分の利益になることしかしない。親友のセシリアが困っていても相当なピンチでない限り、普通ならば動いてはくれないだろう。

 リーンはピンク色の髪の毛を手でもてあそぶ。


「今はリーンよ。……でも、その代わり……」

「え?」


 嫌な予感に声が引きつった。

 リーンはどこからともなくスケッチブックを取り出し、微笑んでみせる。


「私の方にも協力してくれるわよね?」


 弾けるようないい笑みだった。

 セシリアはそんな彼女にしばらく固まった後、暗い顔で頭を振った。


「いや、それならいいや……」

「ええ!? ちょ、ちょっと!」

「リーンだって、知ってるでしょ! この前、それやってギルに怒られたばかりなんだから! もうあんな風に姉弟げんかするのはごめんなの!」


 以前、セシリアは『ギルバートの悩みを聞いてもらう』という条件のもと、彼女のスケッチに協力したことがある。あの時はオスカーまで巻き込んで、相当恥ずかしい恰好ばかりさせられた。しかもそれをギルバートみられ、彼は激怒。姉弟始まって以来の喧嘩にまで発展してしまった。

 リーンは必死にセシルの身体を揺する。


「いいじゃない! あんな嫉妬丸出しの、姉を姉とも思ってない腹黒弟のことなんかほっときなさいよ!」

「ほっとけないよ! それにギルってば怒ったら相当怖いんだからね!」

「親友とどっちが大切なのよ!」

「一華ちゃんだって、私と同人誌を天秤にかけたら、同人誌取るでしょう!?」

「あたりまえじゃない!」

「そこで当たり前とか言っちゃう人には協力できないよ!」

「言ったわねー!」


 ぷくぅとほっぺを膨らましているさまは大変可愛らしい。本当に大変可愛らしいのだが、要求は邪悪である。リーンはしばらくむくれた後、スケッチブックを机の上に叩きつけた。


「じゃぁ、わかった! 今回はソロよ!」

「ソロ?」

「一人ってこと! 絡み絵じゃないの! 彼が怒ったのってオスカーと絡んでたからでしょ? 一人なら怒られないんじゃない?」

「それは、確かに……」

「なら、決定! 協力してあげるわ! その代わり、一人ってこと以外は従ってもらうから!」

「まぁ、それなら……いいよ?」


 立って絵のモデルぐらいになるなら怒られないだろう。それに、お見舞いに行くのに協力してもらいたいという気持ちも、もちろんあった。このままではセシリアの姿を出さなくてはいけなくなる。それは何としても避けたかった。


「それじゃ、先にお見舞いの方に行きましょう! 私、モードレッド先生に話聞いてみるから。予定は明日でいいわよね?」

「あ、うん!」


 そうセシリアが頷くと同時に教室の扉が開き、生徒が入ってきた。

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