2
(で、どこを探せばいいんだろう……)
その日の放課後、セシリアは学園内を歩き回っていた。
ヴルーヘル学院の敷地は広大だ。現代で言うところの大学のような役割もこなしているので、同じ敷地内に研究所や研究課程の学生が通う別棟もある。また、貴族の学校だからか、薬品等の研究もしているからか、各種医療機関もそろっており、セシリアもまだ学院の端から端までは歩いたことがなかったのだ。
(初等部と中等部が別にあるからまだこの程度で済んでるけど、それでもこれは広すぎるわね……)
初等部と中等部の施設はまたこことは別にある。しかし、そこは平民も貴族の子と同様に受け入れているので、一般的な貴族は中等部までの学力は家庭教師で補い、高等部からこのヴルーヘル学院に通わせるのが一般的だった。
ヴルーヘル学院は五年制で、一年から三年までは教養課程、四年と五年は研究課程と分けられていた。ほとんどの生徒が教養課程までで学院を卒業するのだが、専門的な研究をしたい者は研究課程へと進むことができる。さらにはその上の研究者の道も選ぼうと思えば選ぶことができた。先生や生徒の中には研究をしつつ学院に通うものもいるという噂である。
(そういえば、モードレッド先生のルートもそういう話だったなー)
保健医のモードレッドだが、彼は実は『障り』の研究をしている研究者の顔を持つ。神子候補であるヒロインは、モードレッドの頼みでその研究を手伝うことになるのだが……
(結局、モードレッド先生のルートって、エンディングどうなったんだろう)
実はセシリアの前世であるひよのは、モードレッドを攻略していなかったのだ。正確に言えば、攻略途中で彼女は死んだのである。恋愛ルートに入ったところまではやったのだが、その直後にあの火事に見舞われた。
(心残りっていったら、心残りなんだよね。どんな話だったのかなー……)
彼のルートはネット界隈でも面白いと評判だった。
それと、モードレッドとは別の理由だが、双子のアインとツヴァイもセシリアは攻略していなかった。こちらの理由はひとえに二人のキャラクターが生理的に受け付けなかったというのがある。要するに、ちょっと気持ちが悪かったのだ。
(こう考えると、知らない情報も多いなぁ)
途中までは共通ルートなので、それぞれのキャラの性格はちゃんと把握しているし、プロフィールもわかっている。ただ、クリアしてないキャラの恋愛イベントや、その後に現れる予定のトゥルールートの内容までは把握していなかった。
(SNSで回ってくる感想とかもブロックしちゃってたし。こんなことになるならネタバレでもなんでもちゃんとみておけば良かったなぁ)
これはリーンも同じだったようで、彼女に至ってはメインキャラであるオスカーと、ダンテのルートしか攻略していなかった。ダンテルートはヒューイ目当てに三桁は攻略したというところが彼女らしい。なので、初めてセシルを見た時にも『キャラ表にはいなかったけど、他キャラのルートで出てくるキャラかなー』なんてのんきに考えていたそうだ。
(まぁ、やってなくてもわかることは、セシリアはどのルートでも死ぬってことなんだけどね……)
なんせセシリアは公式に『どのルートでも絶対に死にます』と言わしめたキャラクターだ。さらによく利用していた攻略サイトでも赤字で同じように書かれていた。お墨付きである。
「そんなところで何をしているんですか?」
ふとかかった声に顔を上げる。するとそこにはモードレッドがいた。
「あ、モードレッド先生」
「こちらは研究棟の敷地ですよ? 何か用事でも?」
「あ、いや。ちょっと探し物を……」
「探し物?」
モードレッドは怪訝な顔をする。きっと不審に思っているのだろう。用事もなさそうな学生がこんなところを放課後にうろうろしているのだからしょうがない。研究棟は国の大事な研究も取り扱っているのだ。
「先生は何してるんですか?」
セシリアは話をそらすために笑顔でそう聞いた。
「私ですか? 私は今からちょっとお見舞いに……」
「お見舞い?」
「はい。実は、妹があそこに入院しているんですよ」
そう言って指したのは、学院の中にある病院だ。重篤な患者も受け付けられる、国内で一、二を争う大きな病院である。
(モードレッド先生、妹いたんだ……)
知らなかった情報である。彼に妹がいることも、その妹が入院していることも、ゲーム中には出てこなかった。少なくとも、ひよのがプレイしたところまででそんな話は、出てこなかった。
「妹さん、どこか悪いんですか?」
「少し頭を打ってしまって」
「頭、ですか」
モードレッドは柔和な表情のまま、少し視線を下げた。
「実は、妹は何者かに襲われたようなんです」
「え!?」
「まだ犯人は捕まっていませんが、妹を助けてくれた人が『逃げていった人を見た』と証言しているので、おそらくそれが犯人なのだろうと……」
「それって――!」
どこかで聞いた話である。セシリアは頭に浮かんだ可能性を確かめるために口を開いた。
「もしかして、妹さんはこの学院の生徒だったりしますか?」
「えぇ、そうですよ。私と妹は歳が離れているのでちょうど君たちの一つ下になります」
「いつから入院されてるんですか?」
「三月からなので、もう三、四か月ほどになりますね」
「三月!?」
「それがどうかしましたか?」
セシリアは大きく目を見開いた。
(ゲームの中でアザレアの神子が死んだのと同じ月!? やっぱり――)
どうしてアザレアの痣を持つ神子候補が死んだという情報がないのか。死んでいないのなら、どうして選定の儀で名乗り出なかったのか。モードレッドの妹がその神子候補ならば、簡単に理由は付く。
(キラーに襲われたけれど、怪我だけで済んだってこと!?)
セシリアはぐっとモードレッドに詰め寄った。
「あの! 妹さんってあざ――」
そこまで言って、セシリアは固まった。今、自分は男なのだ。セシリアの姿の時ならまだしも、男性であるセシルが『妹さんって痣ありますか?』なんて聞いたら怪しまれるし、セクハラもいいところだろう。
「あざ?」
「あざ、あざ、あざらし! そう! あざらし好きですか?」
「はぁ。あざらし、ですか?」
モードレッドはあからさまに困惑したような表情になった。それもそうだ。言っているセシリアだって意味が分からない。
「わかりませんね、本人に聞いてみないと。……それがどうかしたんですか?」
「いや! 俺、あざらしが好きなんで、妹さんと趣味合うかなぁ……って思いまして」
苦しすぎるすげ替えである。当然だが、別段あざらしは好きでも嫌いでもない。
少し訝しげな顔をしていたモードレッドだが、時刻を告げる鐘の音に見舞いの件を思い出したようだった。赤く染まった空を見上げ、彼は止まっていた歩を再び進めはじめる。
「それではこれで。君も早く寮に帰った方がいいですよ」
「あ、はーい……」
セシリアは苦笑いを浮かべたままモードレッドを見送るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます