32
夜着姿のままカツラをかぶり、セシリアは物陰に身を潜ませた。
視線の先には三つのうごめく影がある。彼らは皆一様に黒い装束に体を包んでおり、その顔は黒い布で覆われていて見ることができなかった。
「やめてくださ――んんっ」
影の中心で誰かが叫ぶ声がした。しかしその声もすぐにぐぐもったものに変わってしまう。きっと布か何かで口を塞がれたのだ。
うごめく影の隙間から悲鳴を上げた人物が見えた。
セシリアは口元を覆う。
(あれは……リーン!?)
リーンは男たちに誘拐されかけていた。口元を押さえられ、麻袋に詰め込まれようとしている。
それは、まさしくダンテルートの一場面だった。
(なんで!? ダンテルートは潰れたはずじゃ……!!)
リーンがダンテの秘密を知ったことがきっかけで、彼は組織を抜ける決断をし、そのせいでリーンは組織に身を拐かされる。ダンテに対する報復のためだ。
しかし、彼女はその決定的な場面を見なかったはずである。
見たのは……
(私だ――!!)
何がどうなったかまではわからないが、リーンの役割をセシリアがしたことによって、この誘拐イベントが起こったというのは十分に考えられた。つまり、ダンテが組織を抜ける決断をするようなことをセシリアがしてしまったのだ。そして、なぜかそれがリーンのせいになった。こう考えれば、つじつまが合う。
そんなことを考えている間にも、リーンは麻袋に詰め込まれていく。
(どうしよう。……とりあえず、ギルを!!)
一人で突っ走るなと、ギルバートは毎回口を酸っぱくさせながらセシリアに言い聞かせていた。ここで彼女が一人で出て行こうものなら、きっと後で大目玉が待っている。
(でも……)
「きゃっ!」
リーンが転ける。彼女は必死に抵抗をしていた。
「待ちなさい!」
セシリアは声を張り上げる。
黒い影のような男たちとリーンがセシリアの方を見た。
(これは見過ごせない!!)
セシリアは四人に近づいた。そして、顔を上げる。
男たちは明らかに動揺していた。
(それに、このままリーンが連れ去られたら、否応なしに犯人はセシリアということになって、私は殺される)
それだけは避けなければならない。
「何者だ!」
焦ったように彼らは声を上げる。
セシリアはさらに一歩踏み出した。
(彼らの目的は二つ。ダンテへの報復と――)
声が震えないように強く下唇を噛む。
(身代金の要求!)
セシリアはカツラをとる。
透き通る金糸のような長い髪が月の光を反射させ、風にたなびいた。
セシリアは余裕綽々というような笑みを顔に貼り付ける。
怯むところを見せてはいけない。常に選択肢はこちらが用意するのだ。彼らはただ選ぶだけ。
「シルビィ公爵家令嬢、セシリア・シルビィです。その方は私の大切なお友達ですの。離していただけますか?」
凜とした声に、男たちがざわめく。リーンは目を見開いていた。
セシリアは彼らがあっけにとられている間に、麻袋から這い出してきたリーンの肩を押した。目で逃げるように合図をするとリーンは一つ頷いて走り出す。
「あっ!」
追おうとした彼らの前にセシリアは立ちはだかった。
確か彼らはダンテが所属する組織、ハイマートの見習い組員だ。見習いだけあって、リーンを逃がしてしまう辺りはお粗末である。これがダンテほどの手練れならば、リーンもセシリアも一緒に捕まっていた。
セシリアは自分の胸に手を当てる。
「あなたたちの目的の一つは身代金でしょう? 男爵家の令嬢よりも公爵家の令嬢の方が両親からふんだくれますわよ。何せ、私の両親は私を溺愛していますもの」
もう小さくなったリーンの影を、追うものはいなかった。
セシリアは震える身体をしゃんと伸ばし、不敵に笑う。
「さ、お決めになってくださいな。私と彼女、どちらを連れていくか。どちらの方があなたたちのボスは喜ぶでしょうね」
次の瞬間、一人の男に腹を殴られた。
交渉は成立ということだろう。
遠のく意識の中で、セシリアはリーンの無事を強く願った。
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