31
それから数日後……
「ほら、ヒューイ様。あーん」
「ちょ、リーンやめろよ! 人前だろうが!」
「え? では、食べないのですか? 頑張って作ったのに……」
「そんな悲しそうな顔をするなよ。……食べてやるから」
「ほんとうですか!? はい、あーん!」
「なにあれ?」
「さぁ」
食堂でラブラブな雰囲気をまき散らしているのは、リーンと先日転入してきたばかりのヒューイだ。二人は相思相愛な空気の中、リーンの手作り弁当を二人でつついている。
ギルバートとセシリアは小さな円卓を二人で囲みながら、そんな二人の様子をげんなりとした顔で眺めていた。
「結局、あのイベントってリーンが来なくて、ダンテルートに入らなかったんだよね?」
「うん、そう。誘拐事件まで行かなくて本当に良かったよ」
「誘拐事件?」
またもや飛び出した物騒な単語に、ギルバートは首を捻った。
「あのままリーンがダンテルートに走ってたら、組織を抜けようとしたダンテへの報復にリーンが拐われちゃうんだよ」
リーンに好意を持っていると気づいたダンテはすぐさま暗殺組織を抜けようとする。しかし、そんな事を組織が簡単に許すはずもなく、リーンはダンテへの報復と身代金のために連れ去られてしまうのだ。
「そうなった場合、好感度が高かったらダンテが迎えに来てくれるんだけど、その前の選択肢で少しでも違う受け答えをしてるとリーンが殺されるか、二人とも死んじゃう話になるんだよねー」
ここは乙女ゲーム上級者でも一度はバットエンドを迎えてしまうところだ。しかも、好感度もルート分岐も見えないこの世界では難易度も跳ね上がる。
「そもそも、ダンテルートって制作者側が一回で攻略させる気がないのよねー。こちとら人生は一回きりだってのに!」
「ま、でも避けられたなら良かったよ。ダンテに女だってバレた件もなんとかしないといけないから、そればっかりに構ってられないしね」
「あ、それは必要なくなったかも」
「え、なんで?」
「なんでって……」
説明しようとして固まる。取引の件を口にすればギルバートが怒るのがわかったからだ。義姉想いの義弟はセシリアが少しでも危険なまねをするのを嫌うのである。
「なんで? まさか、何か……」
義姉の態度を不審に思いギルバートがそう口を開きかけたときだった。
「セシル!」
跳ねるような声が聞こえてきた。次いで、背後からの衝撃。思わず前のめりになったセシリアが後ろを向けば、そこには笑顔のダンテがいた。その後ろにはオスカーの姿もある。
「今お昼? 俺たちも一緒に良い?」
「別に良いけど……」
「良かった!」
いつぞやの時のように、ダンテは隣の円卓をギルバートとセシリアが囲むそれにくっつけ、彼女の隣に腰掛けた。この間わずか五秒である。あまりの早業にギルバートもオスカーも口が挟めなかった。
「セシルはパスタにしたんだ。俺もそれ迷ったんだよねー」
「……そうなんだ」
彼は不自然なまでに距離を詰めてくる。セシリアは怪訝な目を向けた。
「ダンテ。ちょっと、どういうこと?」
不審な目を向けるオスカーとギルバートを前に、セシリアはダンテにそう耳打ちした。
「え? 言ったでしょ。俺、セシルのこと気に入っちゃったんだって。俺みたいなのに取引を持ちかけるような女って初めてで。是非お近づきになりたいなぁって」
「……からかってるのね」
「違うよ。遊んでるの」
「同じでしょ」
はぁ、とため息を零した。
しかしながら取引は継続中のようで、ダンテはセシリアに何か危害を加える気はなさそうだった。
「実はさ、今朝、面白い遊びを思いついたんだ」
「面白い遊び? ――ひゃっ!」
不意に膝を撫でられ、身体が跳ねた。
睨み付けると、ダンテがおかしそうに笑っている。
ダンテの視線の先にはオスカーとギルバート。二人とも先ほどセシリアが上げた声に固まっているようだった。
ダンテはくつくつとのどを鳴らす。
「いやぁ、もうほんと面白い。なんであんな」
「なにがよ?」
「セシルはわからなくてもいいよ」
今度は肩から首のラインをなぞるように撫でられた。
「――っ! ダンテ! くすぐったい!」
「ごめん、ごめん」
謝る気ゼロの謝罪である。そんなこと言ってるそばから指先が脇腹に伸びてきた。
「ちょ、脇腹くすぐらないで! くすぐった――」
ガチャン、と食器がぶつかる音が響いた。
正面を見れば、目の前のギルバートとオスカーが同時に肉にフォークを突き刺している。
オスカーは立ち上がり、ダンテの首根っこを掴んだ。
「ダンテ、お前はそこだと食事に集中できなさそうだからな。代わってやろう」
「へ?」
「代わってやろう」
顔の上部に影を作ったような顔でそう繰り返されて、ダンテは目を瞬かせた。そして、ふっと笑う。
「もー。オスカーの頼みなら仕方がないなぁ。セシルの隣に座りたいんなら、そう言えば良いのにー!」
「なっ! 違――」
「はいはい。どうぞどうぞー」
ダンテは手を振りながらギルバートの隣に座り直した。
そして、セシリアの隣にはオスカーが座る。
ダンテはなおもおかしそうに腹を抱えて笑っていた。どうやら、オスカーとギルバートの反応がよほどお気に召したらしい。
セシルは隣が変わったことにほっと胸をなでおろした。オスカーの袖をくいくいと引く。
「オスカー、ありがと。助けてくれたんでしょ?」
「ま、まぁ、ダンテは俺が連れてきたようなものだしな」
「本当に助かった。ダンテちょっかいばかりかけてくるからさ」
セシリアがはにかんだ瞬間、オスカーの頬がにわかに染まった。
その光景に、ギルバートは無言でパンをちぎった。
「もしかして、妬いてる感じ?」
ダンテはギルバートを覗き込んだ。今度は彼の反応を楽しもうという腹らしい。
瞬間、ギルバートの方向から舌打ちが聞こえてくる。
隣のダンテは戦いた。
「セシル! お前の友達超怖いんだけど! 普通に舌打ちすんだけど!!」
機嫌が悪いのか、ギルバートはダンテの言葉を無視して食事を続けている。
「怖くないよ。ギルはとっても良い子だから怖いはずがないでしょ」
「お前達、本当に仲いいよな」
その言葉はオスカーのものだった。セシルは頷く。
「うん、そうだね。俺ギルのこと大好きだし!」
「セシル……」
ギルバートは若干感動したようにそう呟く。ダンテはそんなギルバートの脇腹を小突いた。
「何嬉しそうな顔してんの?」
「うるさいですよ。このクソ破廉恥野郎」
「セシル! コイツ今俺のこと「クソ破廉恥野郎」って!」
「え? ギルがそんな汚い言葉使うわけないよ」
「そうだぞ。コイツはなんだかんだ言って礼儀にはうるさい奴だからな。年上にそんな言葉を使うわけないだろう?」
「オスカーまで!?」
ダンテは引きつった声を上げる。
四人での食事はなんだかんだと言って楽しかった。
いつもの二人っきりの食事も楽しいのだが。社交界にほとんど出ず、友人の少なかったセシリアにとっては、前世ぶりに友人と過ごす賑やかな食事となった。
その日の夜、シャワーを浴びたセシリアは、寮の自室から窓の外を眺めていた。空には星が瞬き、頬を撫でる風は生暖かい。テストが終われば、楽しい夏休みが来る。
「あー、今日は楽しかったなぁ」
食事が終わったあと、四人でテスト勉強もした。先日のような緊張感はなく、今回のテスト勉強は実に有意義なものになった。
「ダンテはなんか知らないけど、なんとかなったし! テストもなんとかなりそうだし! 順調、順ちょ……ん?」
お花畑になっていた頭をはっと跳ね上げる。そしてある事実に気がつき、項垂れた。
「あーもぅ!! リーン誰とも恋愛させてないじゃん!! こんなことしてる場合じゃないじゃん!! テストは確かに重要だけどさー……もぉー」
誘拐事件が起こらなかったのは良かったが、それはダンテのフラグを完全に折ってしまった事を意味していた。恋を応援するどころか、今回は邪魔をしてしまった結果だ。
「ま、ゲーム通りに進むのならって話なんだけどね。でもこればっかりはゲーム通りに進んでほしいわ。じゃないとリーンも私も大変なだけだし……って、ん?」
物音がした気がして、セシリアは寮の下をのぞき込んだ。すると、すると向かい側の女子寮の方へ黒い影が蠢いているのが見て取れる。
「あれって、もしかして……」
嫌な予感に突き動かされるように、セシリアはベッドに放っていたカツラを手に取り、部屋を飛び出した。
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