29
「女?」
ダンテの発言に、一番に反応したのはオスカーだった。彼はセシリアに視線を移す。
観察するようなその視線に、セシリアは狼狽えた。
「えぇっと……」
「何言って――」
「何言ってるんだ? コイツは女顔なだけで、れっきとした男だぞ」
ギルバートがフォローを入れる前に、オスカーがそう返した。その返しが意外だったのか、ダンテは目を見開く。
「え? でもどこからどう見たって……」
「確かに、女顔だがな。ただ、コイツも結構気にしてるんだから、あんまり言ってやるな」
ダンテはオスカーとセシリアを交互に見る。そして、表情の固まったギルバートにも視線を移し「ふーん」と呟いた。
「……なるほどね」
その頷きに戦慄が走る。
しかし、ダンテはそれ以上セシリアのことを追求する事なく、目の前のノートを開いた。
「ま、オスカーがそう言うんなら、そうなんだろうな! ごめんね、セシル。勘違いしていたみたい。気に触った?」
「……ううん。大丈夫だよ」
青い顔でそれだけ返した。
それから四人は勉強を始めたが、セシリアとギルバートの表情は強ばったままだった。
..◆◇◆
「絶対バレた!! ダンテに絶対バレた!!」
「まぁ、あの反応は確実だよね」
その日、二人は急遽寮の談話室で作戦会議をしていた。
本当ならば人目もあるのでセシリアかギルバートの部屋で作戦会議をしたかったのだが、ギルバートがどうしても嫌だというので、人が少ない談話室にきたのだった。
ギルバート曰く『出来れば姉さんとベッドがあるようなところで二人っきりになりたくない』らしい。
我慢が出来ないお年頃なのだとも言っていたが、全くもってセシリアには意味がわからなかった。きっと思春期特有の何かなのだろうと勝手に理解をしている。
談話室に人はいなかった。中間試験間近のこの時期に、のんびりと話し込んでいるような余裕のある生徒はあまりいないらしい。
セシリアは暗い顔で呟く。
「どうにかして、口封じをしないと……」
「物騒な思考回路だね」
「リーンの恋愛もどうにかしないといけないのに、どうしてこうも問題が次々と起こるかなぁ」
「テストもやばいしね」
「ああぁー!!」
ギルバートの突っ込みにセシリアは頭を抱えた。
問題は常に山積みである。
「そういえば、ダンテも騎士だから攻略対象なんだよね? ダンテとリーンはどうなの? 良い感じじゃないの?」
「うーん。ダンテかぁ」
渋るような声にギルバートは首をかしげる。
「何か問題でもあるの? リーンがルート進めてないとか?」
「そういうわけじゃないし、むしろ仲良くしてる感じではあるんだけど……」
「けど?」
「ダンテは……ちょっと難易度が高くてね」
ダンテ・ハンプトン。本名不明。
今はハンプトン家の三男を名乗っているが、その身分は嘘であり、実は隣国からオスカーに差し向けられた暗殺者だった。彼の使命は王太子であるオスカーに取り入り、彼を暗殺すること。
しかし、現在ダンテは純粋にオスカーの友人として側にいることを選んでいた。暗殺者としての責務より、オスカーとの友情を取った結果だ。
なので彼のルートは基本的に、オスカーとの友情を取るか、故郷での使命を取るか揺れ動く葛藤が描かれる。
リーンはとあるイベントからダンテがオスカーを殺しに来た暗殺者だと知り、彼に命を狙われることになる。しかし、ダンテはリーンを殺せない。殺すチャンスはいくらでも回ってくるのに、いつも途中でやめてしまうのだ。
どうして殺せないのか、自問自答をする日々を送るダンテ。そして彼は一つの結論にたどり着くのだ。
自分はリーンのことを好きなのだと。
そこから彼は暗殺家業から完全に足を洗うと決めるのだが……
「ってイベントなんだけど……」
「よし。一回お説教しようか」
「なんで!?」
マジでキレる五秒前の義弟を前に、セシリアはひっくり返った声を上げた。
「なんでって、当たり前でしょ! なんでそんな危険人物放置してるの! 他の人に言えないのはわかるけど、せめて俺には教えといてよ!!」
「いや、だって。ダンテルートに進まないとそんな話一切ないし。ギルに言って、万が一ダンテが捕まっても可哀想じゃない?」
「可哀想じゃない!」
ぴしゃりとそう言われ、セシリアは首をすくめた。
「ま、いろいろ思うところはあるけど、それはわかった。とりあえず理解した。で、なんで難易度が高いって話になるの?」
「えっと、ダンテルートは結構選択肢がシビアで、普通なら選択肢を間違えたら好感度が下がるだけなんだけど、ダンテのルートでは死ぬんだよね」
「は?」
「いや、だから、ダンテに殺されて死んじゃうんだよね。リーンが」
「……」
「で、リーンが死ぬと、大体犯人がセシリアって事になって、セシリアも死ぬ。投獄先で死んだり、処刑されたり……」
ギルバートは両手で顔を覆った。長いため息がひたすらに怖い。
「なんでそのゲーム、そんな生きるか死ぬかなの?」
「最近の乙女ゲームは、結構生きるか死ぬかって話多いよ?」
「……知らないよ」
ギルは顔を上げる。表情はげんなりとしているが、なんとか彼は彼の中で状況の整理が出来たようだった。
セシリアはいつの間にか寄っていた眉間の皺を揉む。
「だから、リーンには出来るだけダンテルートに進んでほしくないんだよね。選択肢間違えたら、私も一緒に死んじゃうし……」
「そうだね。ダンテルートはなんとしても阻止しよう」
深く頷く。
「分岐としては、リーンがダンテの秘密を知るかどうかになってくるんだけど……」
「そのきっかけは?」
「好感度がある程度高まってくると、ヒューイっていうダンテの弟分が転入してくるの。で、ヒューイがダンテに暗殺家業に戻るように詰め寄るシーンをリーンがたまたま見ちゃうんだよね」
リーンは木陰に身を隠していたのでヒューイには気づかれないのだが、ダンテには気づかれてしまう。そしてそれからダンテに脅される生活が始まるのだ。
「つまり、そのヒューイって奴が転入してきたら危険信号ってこと?」
「うん。そういうこと」
相変わらずギルバートは理解力がある。
彼は難しそうな顔でこめかみを押さえた。
「女だってバレた件に関しても、何かしら対策を立てないといけないし。ちょっと頭が痛いね」
「……ごめんね?」
「姉さんが謝ることじゃないでしょ」
「うん。……でも多分リーンはダンテに興味ないと思うよ。そんなそぶり今まで全然見せなかったし!」
ギルバートを励ますようにセシリアはそう言った。
――しかし、
「転入してきた、ヒューイ・クランベルです。どうぞよろしくお願いします」
翌日、セシリアのクラスにヒューイが転入してきたのである。
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