28
「私考えたんだ。もしかしたらこの世界は私の知ってるゲームの世界じゃないんじゃないかって……」
「そんなこと言ってる暇があったら、手を動かしたら?」
五月も終わりにさしかかったある日の放課後、無事仲直りしたギルバートとセシリアは二人仲良く食堂の円卓で向き合っていた。
互いの手元には参考書とノートが置かれている。
そう、二人は試験勉強の真っ最中だった。
「ちょっと!! ギル真面目に聞いてよ!!」
「そっちこそ、真面目に勉強してよ。俺に教えてもらわないと進まないって終わってるよ。俺一個下だからね」
「わかってるよ……」
セシリアはむぅっと頬を膨らませた。
別にセシリアは頭が悪い方ではない。思考回路は残念な方向に動きがちだが、地頭はそれなりに良いのだ。学院でも常に上位をキープしている。
しかし、それが良くなかった。最初の頃に張り切りすぎて成績を上げすぎたのだ。あまり成績を落とすと学園側から両親に連絡が行くので、今回も死に物狂いで上位を取らなければならないのである。
セシリアが男装して学院に通っていることは学院の中でも上の者しか知らず、担任は男子生徒としてセシリアに接している。つまり、もし家庭訪問なんかになった暁には両親に男装して学院に通っているのがバレてしまうということだった。
いかに娘に甘い両親だろうと、さすがに男装姿で学院に通うことは許さないだろう。
ちなみに、ギルバートは特に勉強をしているそぶりもないのに、学年で一位から三位までの間を常にうろうろしている。
「……で、さっきの話の続きは?」
「聞いてくれるの?」
「聞かないとあとでうるさいでしょ」
やはり、彼女の義弟は優しい。
セシリアは近くに誰もいないかを確認して、声を潜めた。
「ちょっと、私の知ってるゲームの世界から外れすぎてるんだと思うんだよね。ギルの性格が違うのはわかるんだけど、オスカーもジェイドも私が知ってる二人とちょっと違うし、キラーも現れないし。……一番違うのはリーンなのよね。私の知ってるリーンはあんなアグレッシブに動く子じゃなかった」
いつも天使のような微笑みを浮かべていて。可憐で、儚げで、守ってあげたくなる女の子。
それがリーン・ラザロアだ。
しかし、今のリーンは暴走トラックのような印象を受ける。したたかで、周りを巻き込んで、我が道を行く女の子、といった感じだ。
「でも、誰かとくっつけないといけないのは変わらないんでしょ? 今のところ、誰だったら可能性があるわけ?」
「えっとね」
セシリアはノートにつらつらと名前を書いていく。
ギルバート、オスカー、ジェイド、保健医のモードレッド、オスカーの友人ダンテ、双子のアインとツヴァイ。
「この中だったら、オスカーが一番有力じゃないかなぁ。本人にやる気があるわけだし……」
「うん。殿下は無理だと思う」
「へ?」
「敵に塩送るわけじゃないけど、無駄足は踏みたくないから言っておくね。殿下は無理」
「なんで!?」
「無理なものは無理」
「俺の話をしているのか?」
声がした方向に顔を向ければ、そこにはオスカーがいた。
そして、隣には見慣れない影がある。アレは――
(ダンテ!?)
ダンテ・ハンプトン。
緑と青を足したような明るい奇抜な髪の毛に、軽薄そうな笑み。首にはチョーカー、制服は着崩していて、どこからどう見ても真面目な生徒には見えない。
彼はハンプトン侯爵家の三男で、オスカーの友人である。
――今はまだ……
「何をしてるんだ?」
「見たらわかるじゃないですか。勉強ですよ。そろそろ中間試験があるので、その対策です」
オスカーの問いかけに、ギルバートはぞんざいな態度でそう返す。以前ならば、多少面倒でも顔に笑顔を貼り付けていたのに、今ではセシリアに対するような仏頂面だ。
普通の人ならば逆かも知れないが、それはオスカーに対するギルバートの心の壁が崩れてきたということだった。
しかし、それに反応したのはオスカーではなく、ダンテだった。
「なぁ、オスカー。俺たちも一緒にしようぜ」
「ん?」
「は?」
明らかに嫌そうな声を出してギルバートはダンテを見た。しかし、ダンテは止まらない。
「俺たちも今から勉強しようかって話をしてたんだよな?」
「まぁ、そうだが」
「だから、一緒にどうかな? 噂の王子様」
最後の問いかけはセシリアに向かってのものだった。
「えっと……うん。じゃぁ、一緒にしようか」
「やったね!」
正直、これ以上攻略対象にかかわりたくはなかったが、ここで断るのもおかしな話のような気がして、セシリアは頷いた。
すると、ダンテは隣の円卓を二人の円卓にぴったりと横付けした。そして、セシリアの隣に腰掛けてくる。
仕方ない、といった感じで、オスカーはギルバートの隣に腰掛けた。
「こうして見ると、本当に噂通りの美形だねー」
円卓に参考書とノートを出しながら、ダンテはまじまじとセシリアを眺めた。
奇異の視線を向けられたセシリアは曖昧に頷く。
「はぁ」
「通りで次期宰相と次期国王が手玉に取られるわけだよ!」
その瞬間、ギルバートとオスカーが盛大に咳き込みはじめる。二人とも同じように目の端を赤らめていた。
ダンテはセシリアに身を寄せた。
「でもさ……」
じっくりと上から下まで舐めるように見られる。品定めするような粘っこい視線に、セシリアは居心地が悪そうに身をよじった。
「どうして君みたいな綺麗な女の子が、男の格好なんかして学院に通ってるの?」
その台詞にセシリアの体温は一気に下がった。
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