24
「それは嫉妬だな」
「嫉妬かぁ……」
セシリアはうーんと顎をさする。
確かにそれは考えていた。
リーンの書いた小説を見たとき、ギルバートは義姉を取られたように感じてしまったのだろうと。だから、あんな風に不機嫌になっているのだ、と。けれど――……
「でも、あそこまで怒るかなぁ」
想い慕っている相手ならいざ知らず、相手は義姉だ。仲が良いとは言っても、姉弟である。
「ま、それだけアイツの中でお前が大切なんだろう。ほら、今まで仲の良かった友人が、急に自分のいけ好かないやつと仲良くしてたら、嫌にならないか?」
「それは……」
確かに、その感情はわからなくもない。
男装するために社交界にあまり出ず、友人と呼べる友人がいないセシリアだが、それぐらいのことならわかる。前世の記憶もあるのでなおさらだ。
(私も一華ちゃんが、私とあまり仲良くない子と仲良くしてたらちょっとモヤモヤしてたっけ……)
セシリアの前世、ひよのの親友である一華は、コミュニケーション能力が半端なかった。ひよのもどちらかといえば友人は多い方だったが、彼女には到底叶わなかった。
「でも、オスカーとギルは仲いいでしょ?」
「まぁ、悪くはないが。すごく良いわけでもないぞ。アイツは俺に一線を引きたがるからな」
ギルバートはオスカーのことをいつまでたっても『殿下』と呼び、敬語を使う。オスカー本人がやめるように言っても、それは決して変えなかった。
そこには妙な意地が見て取れた。
(そんな独占欲高い子だとは思わなかったけどなぁ)
ギルバートは何に対しても基本的にドライだ。執着心もあまりないし、物に対して愛着もあまりない。
そんな彼が義姉に対してそこまでの執着を見せると言うことに違和感があった。
けれど、ほかに原因が思いつかないのだから、これで納得するしかないのだろう。
(独占欲って。ゲームの中のギルならわかるんだけどね。そういうイベントもあったし……)
今より根暗な性格で、誰にも心を開かない不登校児のギルバート。そんなギルバートを一族の恥と切り捨てるセシリア。
周りも内にこもってばかりの彼を出来損ないと決めつけ、騎士に選ばれたのは何かの間違いだと後ろ指を指すのだ。
しかし、主人公であるリーンだけは違った。
寮の部屋に閉じこもる彼に扉の外から声をかけ、彼を励ますのだ。時には差し入れをし、長い時間を一緒に過ごす。そうすることで彼の心は解れていき、リーンにだけ心を開いていくようになるのだ。
しかし、リーンに依存し始めたギルバートの心は脆く、『障り』に魅入られてしまう。そして、その独占欲から彼女に近づく男達を襲ってしまうのだ。
そんな彼を止めたのも、またリーンだった。
彼女は傷つきながらもギルバートの痣に触れ「心の優しいあなたに戻ってほしい」と懇願する。『障り』から解き放たれたギルバートは自分がしでかしてしまったことに後悔しながらも、もう彼女を決して傷つけない、自分が守り通すと心に決めるのだ。
(あのイベント、結構感動するのよねー。……ん? でも待てよ)
セシリアはそこではたと気がついた。
そして、焦ったように立ち上がった。
「ってことは、これを放置したらギルが『障り』に侵されちゃう!?」
「……お前は何を言ってるんだ?」
事態を飲み込めないオスカーは、あきれ顔でセシリアを見上げる。しかし、今のセシリアに彼にかまっている暇はなかった。
(どうしよう! このままじゃ……)
可愛い義弟のピンチに汗が噴き出る。ゲームの中のように『障り』に侵されたときに誰かがすぐ止めてくれれば良いが、現実はそううまくは進まないだろう。
それはこの数ヶ月間で痛いほど身に染みていた。
ギルバートは優しい人間だ。もし、自分が『障り』に侵され誰かを傷つけたとしたら、もう一生彼は自分を許せなくなるだろう。どうすればいいのだろうか。
「リーン?」
まるで神の啓示が降りてきたように彼女の顔が浮かんだ。
いつだって、彼の心を救ってきたのはリーンだった。ゲームの中でギルバートはリーンに『一目惚れだった』と言っていた。ならば、今のギルバートも心の中ではリーンを想っているのだろう。
彼女ならばあるいはギルバートの心を救えるかもしれない。
セシリアは急いで食器を片付け始める。
正面に座るオスカーは首をひねった。
「どこかに行くのか?」
「リーンのところ!」
そう答えた瞬間、無情にも昼休憩の終了を知らせる鐘が学園に鳴り響いた。
..◆◇◆
放課後、セシリアは美術室にいた。
正面にはリーン。隣にはなぜかついてきたオスカーがいる。
「で、どうでしょうか?」
「どうでしょうかと聞かれましても……」
土下座をしそうな勢いのセシリアにリーンは困ったように眉を寄せた。
「話をまとめますと、セシル様のご友人のギルバート様が最近悩み事を抱えているみたいだから、話を聞いてほしいってことですよね?」
「そ、そうなんだけど……」
「どうして私が?」
それは当然の問いだった。
お前の友人なのだから、お前が話を聞けば良いだろう。
セシリアだって同じ状況ならそう思う。
「ほら、リーンってば、何でも話を聞いてくれそうな雰囲気だからさ!」
取り繕うようにそう言う。苦し紛れの言い訳だが、リーンは「そう思っていただけてるのならば、ありがたいです」と深くは追求してこなかった。
「ギルバート様ですか。……私も協力したいのはやまやまなんですが……」
「ですが?」
「実は、新作の原稿に追われていまして」
彼女は何百枚もの紙の束を胸元に掲げた。もちろん、新作のモデルもオスカーとセシルだろう。
セシリアはげんなりと頬を痩けさせた。
「ジェイドがこのたび大きな印刷所を買収したらしいので、そこで刷って大々的に売りに入ろうかという話になっていて……。だから、よりよいものを作りたいのです」
話が大がかりになってきた。
もちろん、ゲームではこんなイベントはない。あったら公式に抗議してるところだ。主人公が攻略対象達の小説を書いて出版するって、どんな乙女ゲームだ。
(この子、本当に乙女ゲームの主人公だよね……)
思い通りに動いてくれる気配がない。本気でこの子が一番のイレギュラーだった。
しかし、ギルバートの心を救えるのは彼女しかいない。
「じゃぁ! 協力する!!」
「え?」
「作品を書くのに協力するよ! 資料集めとか、誤字見つけたりとか、そういうのなら俺でも出来ると思うから! だから、空いた時間でギルと……」
「まぁ! まぁ! まぁ! 本当ですか!?」
リーンは目を輝かせながらセシリアの手を取った。
あまりの反応の良さにセシリアは身を引いた。
「え、うん……」
「それならば、前払いという形で手伝っていただけませんか? そしたら、セシル様のお願いを叶えて見せます!」
「は、はぁ……」
勢いに気圧され曖昧に頷くセシリアの隣で、オスカーは「……馬鹿だな」とため息をついた。
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