23


 ギルバートを怒らせてしまったその日の昼休憩。セシリアは一人食堂にいた。

「どうしよう……」

 彼女はランチについてきたキッシュにフォークを刺しながら、その場に突っ伏す。いつもならばギルバートと一緒に食事をとるのだが、今朝あんなことがあったばかりなので、当然セシリアからは誘えなかった。ギルバートからも誘ってこないところをみると、やはり今日はもう会いたくないらしい。

 ちなみに、王子様! と熱を上げていた女生徒達は、彼女たちの中で何やら協定のようなものが出来たらしく、むやみやたらに近づいてくるようなことはなくなった。もちろん、熱い視線は感じるが、一人で食事をしているときに無理矢理相席を希望する猛者はいなくなっていた。なのでこうして、一人物思いにふけることが出来るのである。

 大変、ありがたい。

「リーンのこともなんとかしなきゃだし、でも、ギルも放っておけないし……」

 結局、林間学校でのジェイドとリーンのイベントが成功したかどうかわからなかった。ジェイドはリーンを庇って怪我はしなかったが、あれ以来二人の仲は更に良くなっていた。互いの秘密を共有し、むつみ合う姿は、端から見たら恋人同士にも見えるかもしれない。

 けれど、真実を知っているセシリアから見れば、アレが恋愛の類いなどではないことは明白だった。

「他のキャラクターとのイベントを避けてる様子はないけど、だからといって仲良くなろうって感じでもないのよね……」

 他のキャラクターもそうだが、一番思い通りに動いてくれないキャラクターが主人公リーンだ。乙女ゲームの主人公なのだから乙女脳なのかと思っていたのだが、実際はそうではなく、彼女は自身の恋愛にあまり興味がないようだった。それよりいまは、他人のかけ算に忙しいらしい。

 セシリアはキッシュを口に放り込んだ。

「とりあえず、ギルの方が先決よね!」

 セシリアにとってギルバートは大切な家族だった。自分のことはもちろん可愛いが、自分以上に大切にしたいと思える人間はギルバートだけだった。彼女にとってギルバートは守るべき義弟で、友達で、親友だった。

「そもそもギルは何で怒ったんだろう」

 オスカーと同室になったことも、一緒に寝たことも、言わなかったことは悪かったと思うが、女だとバレなかったのだからそれでいいだろう。

 セシリアはそう考えていた。だから、万が一そのことがバレても、呆れられて小言を言われる程度だと思っていたのに、彼は予想外に激高した。

 あんなに怒ったギルバートを見たのは久々である。

「セシルか。今日は一人なのか?」

 後ろからかかった声に振り返れば、そこにはオスカーがいた。

 リーンの書いた小説の効果も相まってか、セシリアとのツーショットを見た女生徒達がにわかにざわつき始める。黄色い声を上げるものもいた。

(みんな、想像力豊かだなぁ……)

 思わず半笑いを浮かべてしまう。

 オスカーももちろん小説の件は知っているのだが、気にはしていないようだった。

 彼はセシリアの許可を取ることなく、正面に腰掛ける。すると、すぐに給仕が彼に珈琲を持ってきた。

 食堂といっても、貴族ばかりが集まる学園の食堂だ。そこら辺のカフェやレストランよりサービスが行き届いているし、室内もおしゃれだ。

 オスカーは珈琲を一口すする。

「一人というのは珍しいな。ギルバートはどうしたんだ?」

「ちょっといろいろあって……。オスカーは?」

「今日は昼食を取る時間がなかったからな。紛らわしだ」

 そう言って、珈琲を掲げた。

「紛らわしって、空腹を紛らわせてるってこと? 昼休憩に国王様の手伝いも良いけど。そんなことばっかりしてると、身体悪くするよー」

「といっても、いずれしなくてはいけないことだからな。今からでもなれておいた方が、後々に良いだろう? 時間は有限だ」

「まぁ、そうかもしれないけどさー」

 セシリアはため息をつく。

 付き合い始めてわかったことだが、彼は学園での勉強の他に、国の仕事もこなしているようだった。もちろん持ち出せない資料も多いので、昼休憩になると一度寮に戻っているらしい。国王様から呼び出しがあることも多いので、午後から居なくなったり、一日中居ないこともしょっちゅうだった。

 学園の勉強はそれなりに大変なはずなのに、忙しいことである。

「じゃ、おなかすいてるでしょ! これでも食べなって!」

 たまたま手に持っていたパンを、セシリアはオスカーの口に押し込んだ。

「なっ――ぐ……」

「よく噛まないと消化に悪いよー」

「……」

 最初は抵抗していたオスカーだったが、次第にもごもごと口を動かし、結局全部食べてしまう。やはり空腹だったようだ。

 それを見届けて、セシリアは笑顔を浮かべた。

「腹が減っては戦はできぬってね!」

「……お前、これを王宮でやってみろ。怒られるだけじゃすまないからな……」

「え? なんで?」

「俺の食事には、一応毒味がつくんだ」

「あー……」

 忘れていたというような声を出す。

 基本的に学園で出す食事は厳しいチェックをクリアしたものばかりだ。毎日毒味役が食べて、毒がないかどうかチェックをしているし、食器やカトラトリーの管理も万全を期している。

 貴族の嫡子が多いこの学園で万が一にでも何か起こってはいけないからだ。

 更に、王太子であるオスカーには専属の毒味がついていた。次代の国王に何かあってはいけないという配慮だろう。彼が手元に持っている珈琲も、きっともう毒味が終わったあとのものだった。

 オスカー以外の人間に毒味役などついてはいないので、セシリアもすっかり失念していた。

「……本当に気をつけろよ」

「あはは……。うん。ごめん」

「ま、悪い気分ではなかったがな」

 そう言う彼の耳は、少し赤くなっていた。

 オスカーは周りを見渡す。

「ところで、なんでギルバートがいないんだ? そろそろ邪魔しに現れても良いはずなんだが……」

「邪魔しにって……」

「来るだろう。いつものアイツなら」

 さも当たり前のようにそういう。

 確かにセシリアとオスカーが話していると、いつもタイミング良くギルバートが割り込んでくる。

 セシリアとしてはたまたまタイミングが合っただけだと思っているのだが、どうやらオスカーはギルバートがわざと邪魔しに来ていると思っているらしい。

「もしかして、喧嘩でもしたのか?」

 図星を指されてぎくりとした。オスカーはそれを目敏く見つけ、目を眇めた。

「何があったんだ?」

 いつもより優しい響きに、セシリアは観念したように口を開いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る