20
その時、宿舎の方で悲鳴が上がった。
四人が急いで声のした方向へ向かうと、生徒達が宿舎から次々と飛び出てきた。
その奥には白目をむいた暴れ回る生徒と、野犬が数匹。
「『障り』か」
冷静なオスカーの言葉に、セシリアははっと顔を跳ね上げた。これはジェイドとリーンのイベントだ。
「先程のことはおいておいて、皆様を助けないと!」
リーンは焦ったようにそう言葉を口にした。
セシリアとしては先程のことも置いておける話ではないのだが、彼女が言っていることも間違いではない。
ひとまずは、『障り』で被害が出ないことが優先だろう。
(みんなは助けるけど、今回は邪魔しないようにしないと!)
プロローグや、オスカーとリーンの最初のイベントを邪魔してしまったことが頭をよぎる。頭に血が上ったり、焦ったりすると周りが見えなくなるのはセシリアの悪いくせだ。
「怪我した生徒はこっちに!」
背後でそう叫んでいるのは教師のモードレッドだ。彼は宝具の力を使い彼らの傷を治していた。実に保健医らしい力だ。
基本的に宝具を渡されていない神子候補には何の力もない。痣に触れると『障り』を祓うことが出来ると言うだけだ。しかし、宝具を渡された神子候補は何個だろうと騎士の力を引き出すことが出来る。故に、たくさんの宝具を託された神子候補はどんな騎士より強くなるのだ。
つまり、今のセシリアはギルバートの宝具を使うことが出来るということだった。
(確か、ギルの宝具は……)
「セシル!」
記憶を探ろうと意識を飛ばしていたのがいけなかったのだろう。セシリアはオスカーに呼ばれるまで、背後から飛びかかってくる野犬に気がつかなかった。彼女は驚いて蹈鞴を踏む。その時、指の先が宝具に触れた。
「ギャン!!」
パチン、と火花が散ったかと思うと、野犬がセシリアに触れる前に弾かれた。野犬はそのまま地面に身体を打ち付ける。すると、犬の身体から逃げるように黒い靄が立ち上り、消えた。
(思い出した。ギルの宝具って……)
オスカーとは真逆で、彼の宝具は防御に特化したものだった。展開されると、もうほとんど誰も術者を傷つけることは叶わない。術者に害をなそうとするすべてのものを自動で弾く宝具だ。
(それなら!)
セシリアはオスカーに詰め寄った。
「俺は逃げ遅れた人を脱出させるから、オスカーは『障り』をお願い。俺の宝具はさ、この通り障りを祓うのに向いてるってわけじゃないから……」
「それは別にかまわないが」
「ジェイドはリーンと一緒に動いてもらえる? もし、余裕があったらオスカーを手伝ってあげて」
「わかった」
「えぇ」
さりげにジェイドとリーンを一緒にさせることも忘れない。この後、彼はリーンをかばって怪我をして貰わないといけない。
(うぅ。でも、これってジェイドが怪我をするのを見過ごすことになるんだよね……)
良心の呵責に耐えるように、セシリアは胸元を掴んだ。必要なこととはわかっているし、たいした怪我じゃないというのもわかっているが、こうなると苦しい。
しかし、このイベントを阻止すれば、自分に待っているのは真っ暗な未来だ。
(ジェイドが怪我をするにしても、せめて浅い傷にしたい! ……そうだ!)
「オスカー!」
「……どうした?」
宿舎に向かおうとしていた彼を、セシリアは制服の裾を引っ張るようにして止めた。
「えっと、ジェイドの側に居てあげて。
「ん? ……あぁ」
「信じてるから!」
そう言いながら手を握れば、オスカーの顔はみるみる赤くなる。
「ま、任せておけ!」
「うん。頑張って!」
「わかった」
気恥ずかしそうに視線を逸らしながらオスカーは答えた。
これで少しでもジェイドの怪我が軽くなれば良い。
彼女はそんな思いでいっぱいだった。
「よっし! 私も頑張らないと!」
切り替えるように声を張る。
セシリアにはセシリアのやるべき事があるのだ。イベントとはいえ、傷つく人間は少ない方が良いだろう。
彼女はブレスレットに触れると、悲鳴の上がる宿舎に飛び込んだ。
..◆◇◆
事態が収拾の兆しを見せたのはそれから三十分後だった。
大方の『障り』は消え去り、外では生徒と先生がばらばらに座り、宿舎の方を見守っている。
セシリアが残っていた最後の一人と一緒に宿舎を出てすぐ、ジェイドとリーン、オスカーが宿舎から出てきた。『障り』を祓い終えたのだろう。
セシリアを見つけたリーンが駆け寄ってくる。
「セシル様、大丈夫でしたか?」
「うん。ありがとう、大丈夫だよ」
眉根を下げるリーンを安心させるようにセシリアは微笑んだ。彼女はたった一人で別行動をしていたセシリアを心配してくれていたようだった。
リーンに次いでオスカーも寄ってくる。その頬には泥がついていた。
「怪我はないみたいだな」
「えっと、そっちも……だね」
セシリアが見たのはジェイドだった。彼は傷一つなく、ピンピンしている。
彼女は首をひねった。
「何で怪我してないの?」
「まるで怪我してほしかったみたいな言い草だな」
「いや、オスカーは良いんだけど……」
そうは言ったが『ジェイドに怪我してほしかった』だなんて口が裂けても言えなかった。
ジェイドとリーンがセシリアを見張っていたことといい、どこかこのイベントはおかしい。セシリアは悩ましげに顎を撫でた。
その時、背後で何かの唸る声が聞こえた。振り返った瞬間、何かが飛んでくる。セシリアは驚いて尻餅をついてしまった。
その黒い物体はリーンめがけて突進していく。
「リーン!!」
「きゃっ!」
黒い物体は『障り』に侵された野犬だった。
一番近くにたジェイドがリーンを庇う。
それはゲームで見たあの一場面、そのままだった。
「ジェイド!」
しかし、ゲームではなかった声が上がり、野犬に向かって剣が振り下ろされる。剣は野犬の肉を裂くことなく身体を通り、黒い靄だけを真っ二つにした。
野犬は気を失ったようにそのまま倒れ、動かなくなってしまう。ピクピクと耳が動いているので死んだわけではなさそうだった。
「ふぅ。討ち漏らしがあったか……」
オスカーはまるで血を払うかのように一振りして、剣を消す。
セシリアはその光景を一人唖然とした表情で見つめていた。
「……なんで……」
「ん?」
「な、なんで倒しちゃうの!?」
「はぁ?」
わけがわからないとばかりにオスカーの眉がひそむ。
「『障り』だぞ。倒すのは当たり前だろうが!」
「でも! でも!!」
目の前でフラグをへし折られたセシリアは、あわあわと口を動かす。リーンもジェイドも怪我がないのは良いことだ。もちろん、セシリアだって怪我をしてほしいとは思ってない。
けれど……
「でもー!!」
心のままに、イベントがー! とは叫べない。
「さっきは『信じてる』だの何だの言っていたくせに、なにを言ってるんだ」
「オスカー様、あれからすごく張り切ってらしたものね?」
「別に、そういうわけじゃない!」
リーンに話しかけられたのが嬉しかったのか、オスカーは頬を染めながらぷいっとそっぽを向く。
セシリアは先ほどのやりとりを思い出していた。
『えっと、ジェイドの側に居てあげて。
『ん? ……あぁ』
『信じてるから!』
(もしかして、私のアドバイスのせい!?)
セシリアは頭を抱えた。
悔しさと、空しさと、自分に対する怒りで、脳がもんどりかえりそうだった。
うつむきながら唸っていると、足下にノートが落ちてあるのを見つけた。
「これは……?」
何の気なしに手に取って、パラパラとめくってしまう。
そこには……
…………
セシルはその細腕でオスカーを拘束する。
媚薬の熱に浮かされたオスカーはたいした抵抗も出来ないまま、潤んだ瞳でセシルを見上げた。
彼は妖しくにやりと笑う。
「抵抗は無駄だよ。オスカー」
そのままセシルはオスカーを押し倒し……
…………
「うわぁぁあぁあぁ!!」
セシリアは勢いよくノートを閉じた。
落ちていたノートは劇物だった。
しかも、材料として自分が使われていた。相手はオスカー。
(しかも、私が攻め!?)
「セ、セシル! ちょっと! 恥ずかしいからやめて!!」
そのノートを奪ったのはあろうことかジェイドだった。恥ずかしそうに頬を染めて「見た?」なんて聞いてくる。
セシリアが頷くと「もー」なんて声を出しながらもじもじとした。乙女か。
ジェイドは頬を染めながら白状した。
「実は、二人を主人公に小説書いてて……」
「……」
「リーンは絵も描いてるんだよ」
「あれは、『漫画』というものですわ!」
この世界に生まれ落ちて、漫画という概念に初めて直撃する。
セシリアの思考回路は完全に混乱していた。
「ま、待って! 漫画って……」
「絵をつなぎ合わせて、お話を作る技術ですわ」
「それは知ってるんだけど」
「あら……ご存じなのですか?」
リーンの意味深な間に気づくことなく、セシリアは話を続ける。
「ちょっと、改めて聞いて良い? 二人がノートを交換していた目的は?」
「二人で創作活動をしていましたの!」
悪びれることもなくリーンはそう言い、笑う。
そのまぶしい笑顔に、くらくらした。
「じゃぁ、さっき二人で俺を見ていたのは?」
「取材ですわ!」
ダイレクトアタックに精神が崩壊しそうになる。
しかも宝具まで使って
口を挟んだのはジェイドだった。
「セシル、ごめんね。でも、俺の本命はギルセシだから!」
「どこを謝ってるんだよ……」
思わず真顔である。巻き込まれた義弟を哀れに思い、目元を覆った。
「そんなこと言ったら、私はオスセシの方が好みですわ! セシオスもセシル様の腹黒さが強調されてて、おいしいですけど、私の中ではセシル様は永遠の受け!」
「俺は受けでも攻めでもない!」
「ボク、ちょっとリバは受け付けないんだよね。前々から思ってたんだけど、リーンは解釈違い起こしてると思うんだけど」
「本人目の前にして、解釈もなにもないわ!!」
盛大に突っ込んでも、二人の熱い舌戦はとどまることを知らない。
ちなみに、オスカーは話しについて行けないようで一人で首をひねっている。
「ちょっと、最後に一つ聞いても良い?」
「はい。なんでしょう?」
「なにかな?」
セシリアは深呼吸をした。
「二人の関係は?」
「趣味仲間ですわ!」
「創作仲間だよ!」
揃った二人の声に、セシリアは倒れてしまいそうになった。
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