19
夜、夕食を終えたセシリアは林の中に一人ぽつんとたたずんでいた。その場所は昼間のスタンプラリーで通ったハイキングコースの一角である。
人があまり立ち入らず、開けていて見通しが良い。宿舎からもほどよく近く、何よりリーンとジェイドのイベントを邪魔しない場所。
昼間に通ったときから目処をつけていた場所である。
そこに彼女は仁王立ちになって相手を待っていた。
(相手が私の命を狙っている人間なら、私が一人のところを狙うはずよね!)
むざむざ命を差し出してやる気はないので、オスカーには遠くから見守って貰っている。
作戦は単純だ。セシリアが一人で囮になり、殺人鬼を待つ。そして、相手が襲ってきたところを二人で締め上げるのだ。ゲームの中で殺人鬼は一人という話だったので、オスカーとセシリアの二人がかりならば捕まえられるだろうという算段だ。
また、ゲームでは殺人鬼が騎士を襲う事はなかったはずなので、今隠れているオスカーの身が狙われることはないだろう。
(本当はジェイドとのイベントをちゃんと見守るはずだったけど、こうなったら仕方ないわよね)
見る限り、リーンとジェイドは相思相愛だ。セシリアが見ていなくても、きっとなんとかなるだろう。むしろ見守る方がお邪魔かもしれない。
セシリアは覚悟を決め、ふんと鼻を鳴らす。
「いつでも来なさい! その顔拝んでやるわ!」
そう意気込んだのは良いものの、それから待てど暮らせど誰もやってこなかった。突き刺さるような、あの強い視線も感じない。
風が葉を揺らす音だけがその場にこだましていた。
「気のせいだったかな……」
一時間ほど待ってもなにも起こらず、セシリアは力なく肩を落とした。
誰かに来て貰いたいわけではないが、来ないなら来ないでちょっと肩すかしを食らったような気分になってしまう。
「もう今日は来ないんじゃないか?」
焦れたようにオスカーも木の陰から出てくる。
彼は首をならしながら「待ちくたびれた」と口にした。
「ごめん。なんか、なにも起こらなくて……」
「こういうことは杞憂の方が良いんだから、お前が謝ることじゃない」
しゅん、と下がった頭にそう優しい声を落とす。
セシリアは顔を上げた。
「オスカーって優しいよね。ありがとう」
セシリアが表情を崩しながら笑うと、オスカーの頬がほんのり赤く染まる。
「別に! 俺はお前だから優しくしてるわけじゃないぞ! 俺は誰にだって優しいんだ!!」
「それ自分で言い出したらおしまいじゃない?」
「うるさい!」
オスカーの口が尖る。
セシリアにはもうこの表情がなにを示しているかわかるようになっていた。彼は照れているのだ。
(なんだか可愛く思えてきたなぁ)
数日前までは完全に苦手の部類に入っていたオスカーだが、この林間学校を通じて、少しだけ理解が出来るようになっていた。
その時だ。カランカラン、と、鉄の缶同士がぶつかる音が響いた。
これは厨房で出たゴミの缶と紐を組み合わせて作った即席の警報装置に、誰かがかかった音だった。セシリアがここで覗いていた犯人を待つと決めたときに、あらかじめここらへん一帯に張り巡らせておいたものである。
「どこだ!?」
明らかな人の気配にオスカーの声も緊張している。すると、後方の腰の高さほどの木がガサガサと揺れた。
「そこかっ!」
オスカーは宝具に手を当てる。すると、銀の腕輪はあっという間に質量と形を変え、ひと振りの剣になった。
はじめて宝具が展開するところを見て、セシリアは「おぉ!」と声を上げてしまった。ゲームではない演出だ。
オスカーは剣を投げる。
剣は直線上にある木々に刺さることなく一直線に進んでいく。
彼の宝具の特徴は『何でも切れる』というところだ。木だろうが、鉄だろうが、ダイヤモンドだろうが、彼の剣の前には豆腐同然になってしまう。それ故に、切らなくてもいいものは一切、切らないという特徴も持つ。
つまり、彼の放った剣は森の木々に無用な傷を与えることなく。目的のものだけを刺した。
「ぎゃぁあぁ!」
悲鳴がした方に行けば、そこにはリーンとジェイドが居た。その側の木にはオスカーの剣が刺さっている。しかしその刀身は半分ほどに欠けていた。否、欠けているように見えた。
オスカーが刺したのは。ジェイドの宝具だった。
彼の宝具は隠伏に特化したもので、被るだけで気配と存在を消してしまうというマントだった。
そのマントが剣の刀身にかかり、半分欠けたような形に見えていたのだ。
オスカーとセシリアは尻餅をつく二人に近づいた。
「何で二人が?」
「お前達が犯人だったのか?」
「あはは……」
二人は身を寄せ合いながら、苦笑いを浮かべていた。
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