18
翌日はオリエンテーションが組まれていた。
オリエンテーションの内容はスタンプラリーで。林の中のハイキングコースを自由にまわるというものだった。
ハイキングと言っても散歩の延長のような難易度で、貴族出身のヴルーヘル学院の生徒達も皆、スタンプラリーを楽しんでいた。
しかしその中で唯一、青い顔をした生徒がいた。
セシル・アドミナ、もとい、セシリアである。
(予期せぬ事態になった……)
セシリアは緩い勾配を登りながら、空を見上げる。
彼女が思い悩んでいるのは、昨夜の部屋を覗いていた人物についてだ。
(先生に言ってはみたものの、いつの間にか足跡消えてたし、どうしたらいいのかなぁ……)
足跡を見つけてすぐ、オスカーは一番部屋が近かった教員、モードレッドに事の次第を報告しに行ってくれた。しかし、モードレッドがそれを確認しに部屋へ来たときには、すでに足跡はなくなってしまっていたのだ。
オスカーとセシリアが足跡を見つけてから、わずか数分の出来事である。
(あんなにはっきりついていた足跡が綺麗さっぱり消えてるってことは、誰かが消したのかな? でも、人の気配は全くなかったし……)
もし誰かが消したと言うことなら、あの側に誰か居なくてはならない。しかし、それは不可能のように思えた。セシリアもオスカーも、窓の外は一度確認している。風が足跡を浚っていったとしか考えられなかった。
(昨日、風はそんなに強くなかったけどな……)
足跡のついていた窓の出っ張りは、建物を一周するようについており、犯人はどこかの部屋からそれを伝いセシリアとオスカーの部屋まで来たのだろう。
もし、部屋を覗いていた人物が、キラーならば、どうにかしないといけない。
「ふぁ……」
セシリアが思い悩んでいると、急に隣から間抜けなあくびの声が聞こえてきた。確かめれば、目をこするオスカーがいる。
「オスカー、眠そうだね。昨日寝れなかったの?」
「……まぁな」
含みのある声でそう言われて、セシルは首をひねった。
「もしかして、いびきうるさかった?」
「いや。……それよりも、さっきモードレッド先生に話を聞いてきたぞ。今の段階では、まだなにも出来ないらしい。一応職員会議でも話だけは出してくれたらしいが……」
明らかに話を逸らされた気もするが、セシリアは深く追求することなく「そっか」とだけ返した。
(多分、いびきがうるさかったんだ……)
頬が赤らむ。いびきがうるさいなんて、淑女としてあるまじき失態である。今は男だが、そんなものは関係ない。
今回のことを重く見たのか、オスカーも協力してくれていた。協力者は何人居てもいいので、その善意はありがたく受け取っておく。
「それよりも、覗いていた相手に心当たりはないのか?」
「うん、全く」
オスカーの問いにセシリアは首を横に振った。
本当はあることにはあるのだが、今ここで言っても信じてもらえない上に、言えばいらぬ混乱を招いてしまうだろう。
それに、ギルバート以外に前世の話を告げる気には、なかなかなれない。
「オスカーは? 心当たりないの?」
「俺もないな……。ダンテが林間学校に参加してたら悪ふざけでやりそうな気もしないが、アイツは今回不参加だしな……」
ダンテというのはオスカーの友人で攻略対象だ。少々やっかいな経歴と性格をしているので、あれと普通に友人をやっているオスカーは本当に尊敬してしまう。
「そっか」
「なんにせよ。冗談ですめばいい話だがな」
「そうだよね」
セシリアがそう返したとき、背後に人の気配を感じた。
振り返れば優しい笑みを浮かべるリーンがいる。
「先ほどからお二人で、何をひそひそと話されておられるのですか?」
「リーン!? いや、これは……」
「お二人とも、とっても仲がいいんですのね!」
「そう見えるか?」
片眉を上げてオスカーが応える。
なぜかちょっと嬉しそうだ。
リーンは優しい笑みのまま二人に歩み寄った。
「何か困っているようでしたら、私にもお話聞かせていただけませんか? お二方の力になりたいのです」
「だ、そうだぞ」
「それは……」
セシリアは視線を落とした。
確かに協力者は多い方が助かる。しかし、もし相手がキラーだった場合、リーンはそのターゲットになるのだ。危険な目には遭わせられない。
それに、彼女には今晩大事な用事がある。
ジェイドとの例のイベントだ。
セシリアの未来も乗っている大事なイベントをこんな騒ぎで潰してしまうわけにはいかなかった。
セシルはリーンの肩をぎゅっと持つ。
「ダメだよ。君を巻き込めない」
「でも!」
「これは、俺達の問題だからね。俺は君を危険な目に遭わせたくない」
いつもの王子様スマイルでそう言えば、リーンではなく、周りの女生徒が黄色い声を上げた。あまりにもテンションが上がりすぎたのか、くらくらと倒れてしまう者も居る。
「つまりお二方の秘密だから割り込むなと?」
「そう、だね」
二人の部屋を覗かれたのだから、『お二方の秘密』と言われればそうなってしまう。彼女は間違ったことはいっていない。しかし、彼女の言い方には何か違和感があった。
「お二方だけの秘密……。それならば立ち入ることは出来ませんね。もし何かあったらいつでも声をかけてくださいませ。協力させていただきます!」
しかし、その違和感を吹き飛ばすぐらいのいい笑みを浮かべて、彼女は腰を折った。女性のセシリアから見ても大変かわいらしい天使の笑みだ。まさに慈愛の塊である。
彼女はそれだけ言うと、二人から遠ざかっていってしまう。その先にはリーンの帰りを待ちわびたかのようなジェイドが居た。
落ち合った二人は何やら楽しそうに話している。
(やっぱりあの二人、仲いいな。……でも、こんなにおおっぴらに仲良くするのって、もう少し先の話じゃ……)
ゲームの中では、まだリーンは恥ずかしがって自分からジェイドには近づけない時期のはずだ。しかし、彼らは人目を気にすることなくイチャイチャと会話を続けている。
(ここら辺も少しずつ狂ってきてるのかな?)
ギルバートが根暗に育たなかったように、これもゲーム通りに進んでいないことなのかもしれない。
セシリアは去って行った二人を見ながらそんな風に考えていた。
「で、今日はどうする気だ? あののぞき魔を捕まえるつもりか?」
オスカーの声で現実に引き戻される。
彼の態度はいつもと変わらず、至って普通だ。
意外に器が大きい男である。
セシリアは頷いた。
「うん。そのつもり」
「でも、どうやって捕まえるんだ? 相手の顔もわからないのに……」
「それには俺に考えがある!」
オスカーは驚いた顔でセシリアを見下ろす。
彼女は自信満々に胸を叩いた。
「俺が囮になる!」
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