16


「誰かに見られてる気がする……」

 セシリアは部屋の天井を見上げながらそう呟いた。割り当てられた二段ベッドの上の段で、仰向けに寝転がりながら、彼女は思考を巡らせる。

 オスカーと救護テントに居たときからわずかに感じていた視線。そのときは気のせいかと思ったけれど、みんなで夕食を食べていたときに、セシリアは突き刺さる視線に『誰かに見られている』と確信した。

「誰が見てるんだろう……」

 夕食時は周りに人がいすぎて誰の視線なのか見当がつかなかった。

 セシリアは身を起こすと、下で大浴場に行く準備をしているオスカーを見下げた。

「ねぇ、オスカー」

「なんだ?」

 うっとうしそうな顔で振り返る。今声をかけてほしくなかったのだろうか。

 セシリアは、そんなことなどお構いなしといった感じで話しかけた。

「なんか、誰かに見られている気がするんだけど……」

「俺は見てないぞ!?」

 脊髄反射の勢いでそう言われ、セシリアは固まる。

 彼の頬がにわかに赤いのはなぜだろうか。

「それはわかってるよ」

「そ、そうか……」

 彼は視線を逸らしながら、タオルを乱暴に詰めた。

「私のこと見てる人、誰か見なかった? 特に夕食時なんだけど。オスカー隣だったよね?」

「いや、気がつかなかったが……」

「そっか」

(もしかしたらキラーが、私のことを狙ってるとか?)

 キラーの目的はわからないが、奴が神子候補を殺そうとしているのは確かだ。

 まだこの世界では誰も犠牲になっていないようだが、アザレアの痣を持つ神子候補を殺し損ねたキラーがセシリアの男装にいち早く気づき、殺しに来たという話も捨てきれない。

(ゲームではそういうイベントなかったけど、ここまで狂ってきてるんだから、わからないわよね……)

 新聞に取り上げられていないだけで、三人目の神子候補もすでに殺されているかもしれないのだ。

 少し怖くなったセシリアははしごを降りて、オスカーのそばに寄る。

 彼は後ろを向いたままだ。

「それよりもお前、風呂はどうするんだ? 早く入らないと大浴場入れなくなるぞ」

「オスカーって結構庶民的だよね」

「は?」

 オスカーは怪訝な顔で振り返った。

「王子様は大浴場なんかに入らないと思っていた」

「こんな機会じゃなければ誰だって入らないだろう?」

「まぁ、みんな貴族だからそうだよね」

 貴族の社会ではなかなかやらないことをするのが、林間学校だ。料理や掃除、誰かと一緒に風呂、なんていうのは貴族社会では一般的ではない。

(私はみんなで大きなお風呂、大好きだけどね)

 けれど、今の身の上ではそれは叶わない。

「俺はパス! 部屋のシャワーを浴びるよ!」

「そうか」

「あ、もしかして一緒に入りたかった?」

 彼はもしかしたら『裸の付き合い』を好む人なのかもしれない。他意はなく、単純にそう思い聞いてみれば、彼は突如咳き込み出した。

「そ、そ、そんなわけないだろうが!!」

「そんなに、必死に否定しなくても……」

「だいいち、俺にはセシリアが居るんだぞ! お前なんかに……お前なんかに……」

(何でそこで私が出てくるんだろう)

 ゆでだこのように真っ赤に染まり、彼はぷるぷると震えている。

 ちょっと言ってることがいまいちわからない。

「俺はもう行くぞ……」

 疲れ切った顔でオスカーは呟く。

 セシリアは一つ頷いた。

 その時、窓ガラスが、ガン、と不自然に音を立てた。

「えっ!」

 慌てて振り返るとこちらを見ている黒い人影と目が合った。彼もしくは彼女は、血走った目をセシリアの方に向けている。

「きゃぁあぁあぁ!!」

 全身から血の気が引き、後ろを見向いていたオスカーの腰部分にタックルをかますようにして抱きついた。

「なっ!」

 オスカーはセシリアがタックルしてきた勢いのままドアに頭を打ち付けた。とんでもなく痛そうな音が室内に響く。「おいっ! セシル!!」

「お、オスカー! い、いま、覗いている人が!!」

 セシリアはオスカーの腰に捕まったまま窓を指さした。

「はぁ? どこにだ? 人影なんてどこにもないぞ」

「え?」

 恐る恐る振り返る。オスカーが言ったように、そこには誰も居なかった。

「え? ……いない?」

「それに、ここは三階だ。どうやって登ってくるって言うんだ」

 セシリアは窓を開け放ち、辺りを見た。もう外は暗く、見通せないが、見えうる限りにおいてそこには誰も居なかった。

「そんな……」

 セシリアの心細そうな声を聞き、不憫に思ったのだろう。オスカーも窓の方まで調べに来てくれる。

 そして、何かを見つけたのか身体をびくつかせた。

「おい、セシル」

「なに?」

「お前がいくらハチャメチャな野郎だからって、ここから外を出入りなんかしないはずだよな?」

「するわけないでしょ」

「ここを見てみろ」

 オスカーが窓の下にある出っ張りを指さした。

「え?」

 そこには信じられないぐらいはっきりと、何者かの足跡が残っていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る