14
『姉さんへ
林間学校、どうですか? 楽しんでますか?
粗暴でおっちょこちょいな姉さんを自然の中に放してしまって、俺は本当にすごく心配しています。
誰にも迷惑をかけていませんか?
馬鹿なことはしていませんか?
もし、誰かとと同室になったり(殿下だと最悪だけど)、男装がバレそうになった場合には、絶対に連絡してきてください。
誰が止めようが迎えに行きます。
ギルバート』
「うちの義弟は千里眼でも持っているのかな?」
「セシル、何か言ったか?」
「な、なんでもなーい!」
背後からかかかってきたオスカーの声に、セシリアは手紙を隠しながらそう返した。
ギルバートからの手紙を発見したのは、荷ほどきをしているときだった。
いつの間にか鞄の中に入っていたソレを再び広げながら、彼女は半笑いになる。
セシリアが林間学校に行くことを、ギルバートは最後まで反対していた。ヴルーヘル学院の林間学校は基本自由参加で、中には行かない生徒もいるような行事なのだ。
集団で宿泊だなんて相当危険なイベント、本当ならセシリアも欠席する予定だったのだが、最近急激に接近しはじめたリーンとジェイドの仲を見守るために、今回は参加するしかなかったのだ。
それに今年の参加者は多く、男子生徒も女生徒もほとんどが参加の意思を示していた。これでセシリアだけが休んでしまったら、逆に目立ってしまう。
しかしギルバートは、メリットよりデメリットの方が多いと、彼女が馬車に乗り込むまで林間学校行きを反対していた。
この手紙を鞄に入れたのは、彼のせめてもの抵抗なのだろう。
(お姉ちゃん想いよね。ギルってば)
手紙の中でもかわいらしくない物言いは健在だが、それでもきちんとした愛情を感じることが出来る文面だ。ゲームの中のセシリアはよくこんな可愛い存在を虐められたと、逆に関心さえしてしまう。
(でも、ここで連絡したらギルにまた心配かけちゃうよね! 私は私でこのピンチを乗り越えなくっちゃ!)
『姉さん、殿下と一緒の部屋だったのに、少しも疑われることなく隠し通せたなんてすごいよ! 見直した!』
このピンチを乗り越え、無事林間学校から帰ってきた後のギルバートの様子を想像し、セシリアは唇を引き上げた。
(いつも頼りないところばかり見せてるからね! ここは挽回しないと!)
ここにギルバートがいたら、確実にキレそうな思考回路でセシリアは頷く。
もはや彼女を止められるものは、今ここには居なかった。
「おい。荷ほどきは終わったか?」
「あ、うん」
オスカーの問いかけに、セシリアは笑顔を顔面に貼り付けたまま返す。敬語を使うと怒られるので、友人に話すような砕けた言葉を心がけているが、まだちょっと慣れない。
オスカーはギルバートにも砕けた話し方を要求しているのだが『絶対に嫌です』と頑なに譲ってくれないらしい。
「今から昼食の準備だそうだ。行くぞ」
「わかった」
セシリアはオスカーに続いて部屋を出た。
..◆◇◆
林間学校でのリーンとジェイドのイベントは、二人の交換日記が大きな鍵になる。
交換日記をはじめてしばらくしても、リーンは相変わらずジェイドと面と向かって仲良くすることに躊躇いがあった。
リーンだって本当はジェイドと仲良くしたい。しかし、過去周りに冷やかされたのと、自分と仲良くすることでジェイドが嫌な思いをするんじゃないかという想いから、彼女はその一歩を踏み出せないでいた。
そんなとき、ジェイドから交換日記で『今夜、一緒に宿舎を抜けだそう』と誘われた。リーンはそれに応え、待ち合わせ場所に向かう。
落ち合った二人は、夜空を見上げながら良い雰囲気で会話をする。ジェイドは意外にも博学で、彼の知る異国の星座の物語などを話して聞かせてくれるのだ。
友人であるはずの二人の距離は近く、恋人のソレとあまり変わらない。二人は時折頬を染めるようにしながら会話に花を咲かせていくのだ。
そんなとき、宿舎の方から悲鳴が聞こえてきた。二人が駆けつけると、宿舎は『障り』に侵されていたのだ。。
豹変する同級生に人を襲う野犬。
二人は急いで助けに向かうのだが、その戦いでジェイドがリーンを庇い、怪我をしてしまうのだ。
彼女はそのことを気に病み、彼の介抱を申し出る。
幸いなことに怪我はたいしたことはなかったのだが、ベッドに横たわるジェイドをリーンは献身的に世話をした。
そこでリーンは自分の気持ちに気づきはじめ、またジェイドも彼女を意識するようになるのだ。
(つまりこのイベントは、絶対に外せないってことよ――ねっ!)
セシリアは前世の記憶を思い出しながら、ジャガイモに向かって勢いよく包丁を振り下ろした。ガン、という音と共にまな板が跳ねる。しかし、ジャガイモは皮ぐらいしか切れていない。
「ちっ、外したか」
物騒なことを呟きながら、セシリアはまた包丁を振り上げる。
再び力一杯に振り下ろすと、今度はまな板が欠けて破片が飛んで来た。
セシリアはとっさに飛んできた破片を避けるが、僅かに頬をかすめてピリッと痛んだ。
「小癪な……!!」
袖で頬を拭う。するとそこには一筋の赤い線がついていた。血だ。
「根菜類の分際で、この私に傷をつけるとは……」
セシリアはカレーを作っていた。
「この私を傷つけたことを後悔させてやろう!」
カレーを作っているだけなのだ。
「おい」
再び振り上げた手を、今度は何者かに掴まれた。
振り返れば呆れ顔のオスカーがいる。
「お楽しみのところ悪いが、なんなんだソレは?」
「……何って、ジャガイモ切ってるだけだけど」
「遊んでいるわけではなくて?」
「わけではなくて」
次の瞬間、セシリアのまな板と包丁はオスカーに取り上げられた。
「えっ、何をっ!」
「お前、周りを見てみろ」
言われたとおりに周りを見てみれば、皆おびえた様子でセシリアの方を見ていた。いつもならキャーキャー言ってくるはずの女生徒まで顔を青くしてしまっている。
「え? なんで?」
「『なんで』って。般若の形相でジャガイモに向かってブツブツ言ってたら、誰だって怖いだろうが!」
「もしかして独り言……」
「あれ、独り言のつもりだったのか……」
オスカーは長息をついた。
「お前、料理苦手だったんだな。勉強もスポーツもできるって評判なのに……」
「あはは……料理だけはどうも……」
前世から、料理はあまり得意ではない。自慢ではないが、一度母に手料理を振る舞って、二度とキッチンに立たせてもらえなかった経験だってある。
料理に興味がないというわけでもないし、味音痴というわけでもない。
単純に彼女は手先が不器用なのである。
セシリアになってからも、料理長にお願いして一度だけ両親とギルに食事を作ったことがあった。しかし、その食事を食べた母親は卒倒し、父親はトイレに駆け込んでしまった。ギルバートだけは全部平らげてくれたが、その翌日には寝込んでしまった。
あれは本当に悪いことをしてしまったと反省している。
それ以来、キッチンには全く立っていない。
「いや、でも、ジャガイモ切るぐらいならできると思うんだけど……」
「ジャガイモの前にまな板か包丁がダメになる」
オスカーはセシリアに包丁もまな板も返してくれる気はなさそうである。
「それに、なんで料理をしていて、こんなところを怪我するんだ」
オスカーに頬をなでられ、ピリッとした痛みが走る。セシリアは顔をしかめた。
「痛っ――!」
「痛いのか?」
「……まぁ」
頬をなでられたときに、若干違和感があった。
もしかしたら木のとげが残っているのかもしれない。
オスカーはこめかみをひくつかせた後、セシリアの腕をむんずと掴む。
「ほら、いくぞ!」
そして、彼女を引きずるように歩き出した。
「へ? 行くってど、どこへ?」
「救護テントだ」
彼はぶすっとした表情でそれだけ言った。
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